【中村屋酒店の兄弟】

『中村屋酒店の兄弟』藤原季節さん、長尾卓磨さんインタビュー

―お2人は最初から俳優を目指していらっしゃったんですか?

藤原 僕は物心ついた時から俳優になりたいと思っていました。映画が好きだったんですよ。ジャッキー・チェンに憧れて、絶対俳優になるぞと決めていたので高校卒業後上京しました。

―じゃあ夢を叶えられたんですね。

藤原 まあまだ途中ではありますけれども。一応。
長尾 子どものころ、「先祖が上杉謙信だよ」と聞いて、戦国武将になりたかったんです。現代社会では無理だなと思って、馬に乗って刀振り回すにはこの中に入ればいいのかなって。それが中井貴一さん主演の「武田信玄」(1988年大河ドラマ)。仕事としては大学卒業してから広告代理店に入って、遠回りしました。

―俳優じゃなく”武将”が始まり!だからお城巡りがお好きなんですね。なりたかった武将役は?

長尾 『信虎』(2021/金子修介監督)で上杉景勝(長尾顕景)役をやらせていただきました。やってみたいのは、やはり上杉謙信(長尾景虎)役です。
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―役をいただいたときと、演じ終わってから印象の違いはありましたか?

藤原 役をいただいたときは、兄弟との関係性で役を見ているというよりは「和馬」という役にフォーカスして見ていたんです。東京と実家を行き来して居場所を探している青年を演じるんだな、って。演じ終わったときに、長尾さんっていうお兄ちゃんと共演して「兄と一緒にいるときの自分」っていうのは、ある意味弟という役割だったり、仮面をかぶった弟という人間を演じようとしている青年でもあるなと思って。それが自分が働いている、東京でやってきたこととかが兄にバレたりして、そういう身ぐるみ剥がされていくというか正体がバレていくところの変化だったり、関係性においての青年にフォーカスを合わせて見れるようになった。それが演じる前と後では違いました。

長尾 僕も最初の印象では「何を勝手なこと言ってるんだ」と弟に対してあったんですけど、季節くんが、会った瞬間から可愛くて、どんどん可愛くなってきて、なんかずっと横顔を見ていたような感覚がありました。
監督が常々「優しく、もっともっと優しく接してください。怖いほど優しく。全て表面上は優しく」と言っていて。終わったときは、今、季節くんが言ってくれたみたいに、「兄という役割を自分で作っている」「兄としての役割を急に演じなくてはいけないと思いこんだ人間」なんじゃないかなと、同じようなことを考えました。

―優しい、いいお兄ちゃんでした。

藤原 その「優しい、いいお兄ちゃん」っていうのは、弟の前で見せるお兄ちゃんの顔で、本当のところは何もわからない。そういう裏側も見える映画になっていればいいなと思います。

―お兄ちゃんが一瞬怖く見えるところがありますね。お母さんの介護をずっと1人で背負ってきて、数年後に帰ってきた何もしなかった弟に対しての葛藤があると思いました。

藤原 そう見ていただけると嬉しいです。

―お母さんの言う「ありがとう」が他人に対しての「ありがとう」で、そこがお兄ちゃんには辛いだろうと思いました。お2人は、お若いので介護の経験はないでしょう?

長尾 祖父母はいますが、そこまでの介護はしていないです。
藤原 僕も未経験です。

―長尾さん、ご兄弟はいらっしゃいますか?

長尾 いません。ひとりっ子です。

―藤原さんは妹さんがいらっしゃるんですよね。

藤原 はい、そうです。姉もいます。

―女の子の間の男の子って特権階級みたいなものです(笑)。優遇されますよね。

長尾・藤原 (笑)そうですね。
藤原 たしかに、優遇という言い方はあれなんですけど、母からは可愛がってもらってたんじゃないかな、と思います。

―「しかたがないなぁ」と思いつつ弟は可愛い。お兄ちゃんは弟が生まれたとたん「お兄ちゃん」でいなくちゃいけなくて、それなのに…という辛さもあります。短い中にいろんなことが詰まっていて、監督さんがお若いのにこのお話、と驚きました。

藤原 僕もそう思いました。
長尾 うん。

―今振り返ってみて、印象に残っているシーンは?

藤原 最後に兄が弟に言う言葉ですね。封筒の。
あの台詞に白磯君が言いたかった兄弟の距離間というものが、全部詰まっているように思います。弟が東京で何をしてきたかということを知って、兄が問い詰めることもできた。でもそれを全部飲み込んで、あの台詞に全てを込めるっていうのがやりたかったことなんじゃないかな。
そのとき自分が演じていた和馬の表情も印象的だなと、自分自身思いました。

―まばたき多くなっていました。

藤原 (笑)

―お兄ちゃんはいかがでしょうか?

長尾 僕はその前夜の2人でタバコを吸うところ。弟がどういう時間を過ごして店の前に出てきたのか、言葉を用意していたのか、しなかったのかという2人の関係。兄ははじめ、次の日に行くことがわかっているのかいないのか。2人のあいだにたゆたう時間、とても印象的でしたね。

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―この映画で耳に残ったのが、2人が呼ぶ「母ちゃん」なんです。いいな、と思いました。お2人差支えなかったら、お母さんを何と呼んでいらっしゃるか教えてください。

藤原 僕は「かあちゃん」って呼んでますね。

―映画と同じですね。長尾さんは?

長尾 ○○子。さん付けするか、しないか。

―名前を呼ぶんですか?

藤原 長尾さんらしいですね。
長尾 そうかな? 十代から両親は名前で呼んでいます。

―それは、ご両親に言われたわけじゃなくて、自分で?

長尾 はい、自分で。家に来る友達もみんなそう呼んでいました。

―母親という役割より○○子さんが前に出ているって、すごく個人的というか欧米っぽいです。

長尾 反抗期のころで、所詮他人だろうっていうのもあって。その方が人として敬意をもって接することができるだろう、と。お袋っていうのもなんかちょっと。

藤原 父親のことを「親父」って呼べないな、呼んでみたいな、とかありますけど。「所詮他人だろう」っていうのは言い方を変えれば、他人として認識している。「母」ってあてはめちゃうとどうしても甘えが出てきちゃいますが、一人の他人だと認識することで敬意を持てる側面もあると思います。

―個人として尊重しているって感じがしますね。クールだ!とっても(笑)。

藤原 原田芳雄さんも自分の息子に下の名前で呼ばせてたって。
長尾 そうなんだ。

―監督が俳優を選ぶように、俳優も作品を選びますね。そのときに決め手になるものはなんですか?

藤原 やっぱり最初に脚本。その次に過去の作品。スタッフ、で最後にキャストですね。

―自分のほかに誰が出るかということですね。自分の役柄についてこだわりはありますか?

藤原 それよりも、その役柄がその作品にどういった影響を及ぼしているかとか、作品のことをまずは考えて、小さい役でもそれに参加すべきだなと思ったら参加します。

―例えば快楽殺人犯の役とか、自分はちょっとと思うことは?

藤原 新しい感情とか、新しい自分に出逢えるチャンスがあるなら僕は飛び込みたい、と思っています。

―おお、チャレンジャーです! 長尾さんは?

長尾 監督含め、撮りたい方々が…なんとなくこういうと生意気かもしれないですけど、今の世の中に対してどう思っているかということが感じられると嬉しいですね。参加する身としては。自分が生きている環境、取り巻いている世界に対して、どういうものを持って表現したいかを、監督、脚本から感じ取れると参加させてもらえる意義を感じる気がします。

―監督さんにもよると思いますが、たとえば自分の役作りでたくさんディスカッションしたいほうですか? 任されたいほうですか?

長尾 どっちでも(笑)。
藤原 長尾さん結構、「向こうが望むなら僕はするし」という、なんかいい意味での受け入れというか、懐の深さがある人だなと現場で思いました。

―受け入れる間口広いんですね。かなり広いんですか?

長尾 それで季節くんをとまどわせてしまったかも(笑)。
藤原 最初とまどいました。

―広いと嬉しくないですか?ストライクゾーン広くて、どんなのも受け止めてくれる。

藤原 多少イラっとすることとか、これは言わなきゃっていうことも長尾さんは絶対言わない。全部受け止める。この人何考えてるんだろうと、最初思いましたね。

長尾(笑)

―映画の中村兄弟みたいですね。

藤原 そうですね。スタッフが映画を撮ったことのないチームだったので、最初はやり方がわからない中でしたが、3,4日経つと長尾さんや僕が望んでいた動き方に自然となっていきました。お芝居の中で起きたことを撮る。最初は「撮る」ことが目的なんですけど、僕たち2人の中で起きたことを撮ろうという流れに変わっていったんです。まずお芝居を見てから、何を撮るか考えよう、みんなでって。それは長尾さんが初日から黙っていたことで、自然発生的に起きていったことでしたね。

―呼び水。黙って。

長尾 そんなたいそうなもんじゃない(笑)。

―ご本人はそんなに意識しないでやっていたんでしょうか?

長尾 しないと言ったらウソになるかと思うんですけど。なんか見ないようにしようと思って(笑)、変な言い方だけど。

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―では最後にこの映画のテーマのひとつでもある「消えてほしくないもの」はなんですか?パッと思いついたことを。

藤原 パッと思いつくもの。手書きの手紙とか捨てられないです。新しくいろんなものが生まれていって、人の体温の残っている直筆の手紙は減っていくのかもしれないですけど、消えてほしくないなと思いますね。

―お母さんからの手紙はとってあるんですか?

藤原 ずーっと全部とってあります。捨てられないです。

―10年分?! お返事は出しています?

藤原 出してませんね。

―親って手紙すごく待っているんですよ。

藤原 そうですよね、書いてみます。やっぱりメールとかと違いますよね。

―違いますよー。お母さんを思って時間かけて書くんですから。
ハガキでいいですし、何と書いてあったって親は嬉しいものです。

藤原 はい、わかりました。

―長尾さんの消えてほしくないものは?

長尾 僕は「家族との思い出」ですかね。ぱっと思い浮かぶのは。どこかに行ったとか忘れてることって意外とたくさんあるなと思って。

―思い出は自分だけのものですものね。形のあるものでは何か?

長尾 その辺の再開発で、好きだった古くからの料理屋さんとかがなくなるのはとっても悲しい。
藤原 「家族との思い出」ってハッとしますね。全部消えていくものじゃないですか。
長尾 うんうん。
藤原 なんか切ないですね。それは。

―この映画で、お母さんが忘れていってしまうのにも繫がりますよね。和馬とお兄ちゃんにも。

藤原 それをわかったうえで「家族の思い出」って着想する長尾さんにぐっとくるものがあります。
長尾(笑)

―素敵なお答えをいただけました。ありがとうございました。

【阅读 悦读 跃读 乐读——蚌埠田家炳中学“智慧大阅读工程”读书分享会】@安徽省教育厅

苏轼有言:“腹有诗书气自华,读书万卷始通神”。 知识是人类进步的阶梯,阅读则是了解人生和获取知识的重要手段和最好途径。根据市教育局关于《蚌埠市中小学(幼儿园)“大阅读工程”实施方案》精神,推动“书香校园”“书香家庭”和“书香城市”建设。为推进蚌埠田家炳中学“书香校园”建设,着力打造“智慧大阅读工程”阅读品牌, 2022年2月25日下午,蚌埠田家炳中学在报告厅举行了“阅读 悦读 跃读 乐读” ——“智慧大阅读工程”之读书分享会活动。

钱堃老师首先分享了她最近读的书籍《重症监护室的故事》。

推荐理由:这是一本关于生命、爱和责任的书籍,作者是重症监护室的主任医师,作者通过他的亲身经历,叙写了一个个具有生命力的故事,重症监护室的医疗团队倾尽所能,帮助病人度过生命的至暗时刻。许多病人最终康复出院,另一些不幸离世的病人也没有被忘记,正是他们的故事改变了我们对死亡的理解,也让我们更明白生命究竟意味着什么。

接着,同学们依次上台分享推荐书籍。他们以饱满的热情、生动的语言,深深打动了聆听比赛的师生。

书名:《追寻生命的意义》

姓名:陈笑冉

班级:高一(8)班

推荐理由:生命的意义在每个人、每一天、每一刻都是不同的,所以重要的不是是生命之意义的普遍性,而是在特定时刻每个人特殊的生命意义……

你不应该追问抽象的生命意义。每个人都有自己独特的使命。这个使命是他人无法替代的,并且你的生命也不可能重来一次。

《杀死一只知更鸟》

姓名:刘衡

班级:高二(7)班

推荐理由:生活里每个人或多或少都会有批判别人的时候,但是却很少有站在当事人角度上的批判,《杀死一只知更鸟》用孩子的视角对当时现实生活的种种弊病进行抨击,故事中小镇的人被世俗的偏见蒙蔽了双眼,遮住良心,是非不分,颠倒黑白,把无辜的人送上了断头台。人,生而平等。愿所有的傲慢都无所遁形,愿所有的偏见都能被洗清,愿所有的种族歧视都可以被淡化;愿我们不再杀死任何一只为人们歌唱的知更鸟,让知更鸟的歌声在公平、平等的晴空下更悦耳!

书名:《活着》

姓名:周露露

班级:高二(6)班

推荐理由:从大福大贵到赤贫如洗,物质生活巨大的变迁,经历了多次运动所带来的不幸,一次次目睹妻儿老小先他而去。主人公福贵的一生,恰恰是中国动荡不安的时代背景下,一位最底层农民,无奈地忍受社会所安排的一切。《活着》展现了一个又一个人死亡的过程,掀起了一波又一波苦难的波浪。活着本身很艰难,延续生命就得艰难的活着,正因为异常艰难,活着才具有深刻的含义。没有比活着更美好的事,也没有比活着更艰难的事。

书名:《雾都孤儿》

姓名:王婷婷

班级:高一(5)班

推荐理由:《雾都孤儿》是狄更斯的第二部长篇小说,这位年仅二十五岁的小说家真实的表现了当时伦敦贫民窟的悲惨。他抱着一个崇高的道德意图:抗议社会的不公,并唤起社会舆论,推行改革,使处于水深火热中的贫民得到救助,正因为如此,狄更斯历来被我国及前苏联学者界定为“英国文学上批判现实主义的创始人和最伟大的代表”。

当我想到一个九岁的孤儿——奥利弗,在伦敦被迫加入罪恶累累、堕落不堪的小偷、强盗、亡命之徒的行列之中,但他并未放弃,在他的心中仍向往这一个美好的生活,多次在好心人的帮助下,终于过上了自己所想过的生活,我觉得奥利弗很勇敢、很坚强。我们可曾想过,在世界上,还有许多孩子,正承受着巨大的痛苦,正和饥饿、寒冷、疾病作战;正面对失去亲人,漂泊流浪的生活。他们需要别人的帮助,但更需要不屈的精神,勇敢的精神。

书名:《玩偶之家》

姓名:乔宇

班级:高二(4)班

推荐理由:《玩偶之家》通过女主人公娜拉和丈夫海尔茂之间由相亲相爱转变为决裂的过程,探讨了资产阶级的婚姻问题,暴露男权社会与女性解放的矛盾冲突,进而想资产阶级社会的宗教,法律,道德提出挑战,鼓励人们尤其是妇女为挣脱传统观念的束缚,为争取自由平等而斗争,作品从家庭夫妇之间的矛盾冲突来揭示,对娜拉和海尔茂的不同性格,淋漓尽致的表达在作品之中。

书名:《遇见未知的自己》

姓名:宫玉萱

班级 :高一(3)班

推荐理由:我们应该学会倾听自己内心的声音,感受生命的重心,有强烈的方向感,因为真正的幸福,来源于对生命深刻的认识和理解。我们要有技巧,就能够使自己在恰当的时候,陷入沉思,感受孤独;又可以在恰当的时候,打开心怀,投入生活,变得真正的喜悦、和平。

书名:《呐喊》

姓名:朱子若

班级:高三(5)班

推荐理由:在鲁迅的《呐喊》里,人格的曙光,人权的晨辉,人性的朝霞,在那个腐化堕落时代发出了属于自己的光芒。但同时,黑暗压迫着愚昧的人们,邪恶在压迫着觉醒的善良。鲁迅描绘了这个善与恶最终决战的时代,描绘了在那个时代中的种种悲剧。这些悲剧的起源,从他的作品中便可看出端倪。作者从学洋务、学医、走科学救国之路,到推崇文艺,把文艺作为改变国民精神的武器,表现了他爱国主义思想和求索救国道路的精神历程。

书名:《大卫•科波菲尔》

姓名:周梅旋

班级:高二(1)班

推荐理由:作者通过在文中塑造一个比较上层的人物一生的经历,从而婉转的表现了人物在上层社会和下层社会的不同生活,借助科波菲尔的形象侧面烘托了作者对当时上层社会的憎恶和对下层百姓的凄苦无限同情,从而使我更像身临其境的同作者产生了无限的共鸣。

书名:《边城》

姓名:郭阳

班级:高二(3)班

推荐理由:小说以20世纪30年代川湘交界的边城小镇茶峒为背景,以抒情诗和小品文的优美笔触描绘了湘西地区特有的风土人情,借船家少女翠翠的纯爱故事,展现出了人性的善良美好。翠翠是纯真的女孩儿,傩送是正直的男孩儿。而也正是翠翠的纯真刺伤了那些深爱她的人,正是傩送的正直使他无法正视自己内心的愧疚。作者在营造这种温婉的意象之后,又亲手将其打破,成就了一个永远追不回的美好。读完这本书,虽然深深为茶峒明澈的风光吸引,为人们质朴洁净而感动。但却同时也感受到一种彻骨的凉薄。

"我一辈子走过许多地方的路,行过许多地方的桥,看过许多次数的云,喝过许多种类的酒,却只爱过一个当最好年纪的人"这是沈从文写给妻子张兆和的情书,也据说他的妻子就是书中女主角翠翠的原型。在最容易倾心的年华遇见了正当最好年纪的人。不仅是作者沈从文,也是翠翠,也希望是我们。

优秀的文学作品总是借助于各种方式,表达了人类社会的一些共同的基本准则,如正直、勇敢、忠诚、互助等,表达了人类最美好的感情以及对美和理想的永恒的追求。让阅读成为全民族的一种社会风气,让书香飘进生命中的每一天,让读书成为每一个家庭闲暇时间的“消费”方式,让阅读成为一种家风传承下去。

最终比赛结果:

一等奖 周梅旋 陈笑冉 乔宇 王雪婷 周露露

二等奖 刘衡 朱泽东 周镇涛 朱子若 刘欣然 宫玉萱

黄漫漫 王婷婷 丁婉婷 张小月 胡梦梦 许冉冉 (蚌埠田家炳中学)

【#两个渐冻症儿子先后离世捐角膜救助5人# 单亲母亲:曾获很多爱心者帮助】2月9日,17岁渐冻症男孩王卫康离世后如愿捐献出了眼角膜,7年前,他的哥哥王嘉宝也以同样的病症离世并捐献眼角膜,兄弟二人让五位患者重获光明。而在他们的背后,是一位默默付出27年的单亲妈妈,而她,也是一位遗体器官捐献志愿者。

两个儿子离世后捐献眼角膜让5人重获光明

今年47岁的毕玉在电话的另一端数次哽咽,王嘉宝是毕玉的大儿子。他出生时就有唇腭裂,3岁那年又被确诊为进行性肌营养不良症(俗称渐冻症),10岁就已不能走路。出生后已经做过两次全麻手术的他令毕玉万分心疼。因此,当年仅十二三岁的嘉宝拿着遥控器平静地提出自己将来想要捐献眼角膜时,毕玉的第一反应就是不同意。

“他喜欢看科教和法制类的节目,就是从那里得知可以捐献眼角膜的事情。”毕玉说,她从没听说过捐献眼角膜这回事,只觉得那样会让孩子更受罪,但自那之后,嘉宝仍隔三差五就跟毕玉提起想要捐献眼角膜,后来,是嘉宝在论坛上发表的一篇文章让事情出现了转机。毕玉说,嘉宝没上过学,那篇文章也没有分段落,但那句“与其化为灰烬,不如留下光明在人间”却深深地打动了她。

这之后,毕玉主动向当地红十字会咨询了解,在嘉宝签署眼角膜捐献志愿书的同一天,她也成为了人体器官捐献志愿者。

2015年1月,19岁的王嘉宝因心率衰竭离世,离世那天距离他20岁生日仅有56天。但是他却以另外一种方式“活”了下来,他捐赠的眼角膜让3个眼疾患者重见了光明。

嘉宝无法医治后,毕玉带着希望与丈夫又生下了第二个孩子,取名王卫康。卫康比嘉宝小10岁,可毕玉怎么都想不通,为何厄运会频频找上门。毕玉记得,卫康刚会走路时就感觉像他哥哥,“就是鸭子步,一拽一拽的,腿没力气,蹲下后站不起来,也不会跑。”即使有了心理预判,毕玉仍心存侥幸,直到卫康5岁时,也被诊断为和哥哥一样的病。

卫康稍大些后,有一次,毕玉试着问他“你怎么看哥哥想要捐献眼角膜的这个想法”,没想到卫康很自然地说,“挺好的,我也想跟我哥一样。”就这样,卫康也在眼角膜捐献表上签下了名字。
9天前,王卫康因心衰救治无效离世。2月18日,大庆眼库的工作人员刘丽辉告诉北京青年报记者,当时她接到卫康正在急救的电话时心里非常不舒服,到现在回想起来依然揪心。“毕玉很坚强,2015 年她的大儿子嘉宝走了之后,她就只有卫康了,但如今卫康也离开了,感觉她的精神支柱一下子就塌了”,刘丽辉回忆,来到医院后,毕玉的双眼已哭得红肿,在路上毕玉一直哭喊着“孩子你走了,让妈妈怎么办。”刘丽辉说,当年哥哥嘉宝的眼角膜捐献也是在大庆眼科医院进行的,兄弟二人共让五名患者重见了光明。

单亲妈妈悉心照顾两个渐冻儿子27年

一路走来,毕玉在艰难中挣扎着生存,用爱化作温暖解冻生命。据她讲述,小儿子卫康确诊后,丈夫开始天天在家酗酒,两人也经常吵架。那时候,曾有人劝毕玉“把爷仨扔下,你自己离开吧。”而毕玉也曾无数次打包好行李,但她却始终无法迈出家门。“我是两个孩子的妈妈,我实在不舍得”,此后不久,毕玉和丈夫协议离婚,丈夫离开了这个家,毕玉也成了单亲妈妈。

大草原上留有毕玉当时无助的身影,“我跪在地上哭。”结束了一场内心宣泄,毕玉在心里告诉自己,既然无法改变现实,就只能改变自己,让自己强大起来,才能照顾好两个孩子。

而两度经历丧子之痛让毕玉茫然无措,她现在经常走神,讲述的过程中也需要数次停顿歇息。她说,2月8日晚10点左右她才下直播,那时候儿子在一旁还很正常,可早上6点,卫康突然喊肚子疼。毕玉马上叫了急救车,可没想到,去医院的时候还是两个人,10日凌晨走出医院的却只剩下毕玉自己。“卫康被婆家人拉去了殡仪馆,凌晨3点,我抱着送卫康来医院时的那床被子走出住院部,明晃晃的路灯下只有我一个人了。”毕玉说。

她到现在还是无法相信,卫康会离开得这么突然。今年8月中旬开始,卫康一直教妈妈怎么操作直播带货,毕玉觉得自己什么都不会,没有才艺,也没有颜值,可卫康坚持让她对着屏幕讲故事就好,还经常提醒她“妈,到点儿了,该直播了。”毕玉说,平台货架上的商品都是卫康帮忙操作的,平时跟商家的沟通也是他搞定的,“他曾说过‘妈妈你一定要按时直播,等我走了你也要播’,可能是他知道自己身体不好了,临走前想给我留一个出路。”毕玉说,虽然让她直播带货是儿子的遗愿,但她目前无法打开直播平台,只要看到货架上儿子选的那些商品,她就会止不住地流泪。

毕玉说,如果大儿子嘉宝还活着,他今年已经27岁了。2月18日,毕玉告诉北青报记者,她有时会感觉,两个孩子都还在。“平时晚上每隔半小时我就要给孩子翻身,现在儿子走了,晚上我还是动不动就想着要帮他翻身。”27年来,毕玉晚上从没睡过一个整觉,但儿子离开后,她却久久难以入眠。她说,照顾儿子的这27年已经让自己和社会脱节了,她不知道下一步该怎么走,“哪怕再伺候他们20年我也愿意……”

社会的关爱让“渐冻”家庭“解冻”

毕玉记得,在她生活过得最苦的时候,社会爱心人士和妇联的帮助让她重拾希望。

她提到,大庆爱心传递志愿者协会会长白先生曾多次带领志愿者登门为这个家庭送去温暖,“志愿者们经常带着米、面和挂面上门来关心慰问我们,有时还帮着包饺子,感觉社会没有抛弃我们。”在爱的鼓励下,毕玉也加入了志愿者团队。“那时候感觉自己有一身使不完的劲儿,就想着帮助别人。”

毕玉还认识很多同病相怜的家庭,在社会爱心人士与困难家庭之间,她充当了一个联络人的角色,“并不是谁有钱才能做志愿者,虽然我财力有限,但我深知,有时只要一句鼓励的话就能温暖一个家庭。”毕玉说。

大庆市妇联的工作人员表示,毕玉一直是妇联人心中的牵挂和惦念。妇联的工作人员曾帮助毕玉出谋划策,让她包饺子在微信朋友圈卖。每逢春节、端午、中秋等节日,志愿者们都会带上大包小裹到毕玉家里,有时是米面油,有时是衣服和鞋子,有时是卫康爱吃的零食。

在各方的关怀帮助下,这个家终于有了起色。但回想起大儿子嘉宝,毕玉仍满心遗憾,“那时候由于经济条件受限,没给孩子吃到想吃的,但是卫康就不一样了,虾很贵,但我现在能经常买给他吃,一点遗憾也没有。”

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文/北京青年报记者 王婧懿


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