「椅子的故事」
本日は、晴れ。
今日は、Mステです。
リアルタイムの僕たち6人とみんながやっと会えるね。
今回の【僕らは まだ】の演出では、
ジャン・プルーヴェの椅子を使用して歌唱します。
プルーヴェは結核のために学業を途中で断念し、16歳で鉄鋼職人としてのキャリアをスタートさせます。その為、学校という場所に特別な思いを馳せていました。
スタンダードチェアは1934年にデザインを開始し、晩年の80年代まで完成を求めた代表作です。その多くがフレームと脚が金属、座面と背もたれが木材を用いたものでした。
機能と構造の美しさを兼ね備えた、どこにでもありそうだけれど誰も作ることができない時代を造った椅子です。
学生が後ろ脚に重心を傾けて椅子に座る姿を見たことがこの椅子を作るきっかけとなりました。実際に大学などの数多くの公共施設でこの椅子が採用されました。
プルーヴェのウッドスタンダードは、今年が誕生からちょうど70年の年です。
1941年、戦争による金属不足によりウッドスタンダードをデザインする。プルーヴェは木に関しては専門分野ではありませんでしたが、自らが代表を務めるアトリエのメンバーの生活を守るため、試行錯誤を重ねて完成。
日本を代表する建築家の1人でもある坂倉準三は、ル・コルビュジエのアトリエ在籍時代に知り合ったプルーヴェのスタンダードチェアを元に、日本における『スタンダードチェア』をデザインします。それが『小椅子』と言われる椅子で、現在も山形の天童木工で製作されています。
小椅子は50年代から日本で数多くの公共施設や住宅、企業で採用されており、戦後の日本デザイン史で最も有名な椅子のひとつですが、実はプルーヴェのスタンダードチェアが元になっています。
ここまで長々と説明していますが、家具に全く興味のない人に簡単に説明しますと、
(プルーヴェのこの椅子は坂倉準三の椅子の元になったので、プルーヴェは戦後の日本のデザインに影響を与えたフランス人と言っても過言ではないです。そんな歴史ある偉大な人の椅子ということです(笑)。)
話を戻します。
この椅子は、プルーヴェが戦時中の鉄不足の中で、アトリエのメンバーに給料を払うために、専門分野ではない木で試行錯誤して完成させた椅子です。
プルーヴェはアトリエのメンバーの生活のために木製の椅子を作りました。
僕たちは、ファンのみんなに喜んでもらう為に試行錯誤してきた四半世紀。
自身の為ではなく、人の為にという想いに共通点があり、そこに想いを重ねて、この椅子を使用した演出で歌唱します。
経年変化を重ねたビンテージ家具と、95年から26年に渡り活動して来た僕たちV6を重ね合わせることで、僕たちのこれまでの歴史と26年間の想いを表現出来たらと思っています。
スタンダードチェアは前の顔と横の顔では、全く異なる2面性を持ち、その2つのフォルムが一脚を織りなしている。
それは、トニセン、カミセン、2つのグループで構成された僕たちV6に重なる。
16歳でV6の活動を始めた僕とプルーヴェのスタートラインが重なる。
そして、プルーヴェがウッドスタンダードを制作していた時の年齢が41歳なので、これから新しいスタートを切っていく自分の年齢とも重なり、そんな偶然からもプルーヴェのウッドスタンダードチェアが今回のコンセプトにぴったりだなと感じて選びました。
プルーヴェが1943年にデザインを開始してからの晩年の80年代まで完成を追い求めていたこのスタンダードチェア。
半世紀にわたり、スチール、木、アルミなど、時流に適合した素材を模索し続けて作られた椅子はある意味、『未完成の椅子』です。
【僕らは まだ】のテーマとも重なる未完成であること。
僕たちも常に新しい素材を自分たちに取り入れて、模索し続けて完成を追い求めここまでやって来ました。
調べれば調べる程、改めて、プルーヴェとの重なりが多くて自分でも本当にびっくりしています。
半世紀以上にわたり、歴史あるバトンを引き継いできた椅子。
我が家から連れて来ちゃいました(笑)。
医療従事者、関係者の皆様、昼夜問わず最前線で戦い続け、日々、患者さんに真摯に向き合い、寄り添いご尽力くださりありがとうございます。
リスクのある中、働く全ての職業の皆様、生活を支えてくださる全ての皆様、ありがとうございます。
p.s.
僕の大好きな椅子と、僕の大好きな人たちと共に、大好きなみんなへ、今の想いを乗せて、僕たちそのものを届けます。
今日も1日、一緒に頑張ろうね。
あとでね。
☆健☆
本日は、晴れ。
今日は、Mステです。
リアルタイムの僕たち6人とみんながやっと会えるね。
今回の【僕らは まだ】の演出では、
ジャン・プルーヴェの椅子を使用して歌唱します。
プルーヴェは結核のために学業を途中で断念し、16歳で鉄鋼職人としてのキャリアをスタートさせます。その為、学校という場所に特別な思いを馳せていました。
スタンダードチェアは1934年にデザインを開始し、晩年の80年代まで完成を求めた代表作です。その多くがフレームと脚が金属、座面と背もたれが木材を用いたものでした。
機能と構造の美しさを兼ね備えた、どこにでもありそうだけれど誰も作ることができない時代を造った椅子です。
学生が後ろ脚に重心を傾けて椅子に座る姿を見たことがこの椅子を作るきっかけとなりました。実際に大学などの数多くの公共施設でこの椅子が採用されました。
プルーヴェのウッドスタンダードは、今年が誕生からちょうど70年の年です。
1941年、戦争による金属不足によりウッドスタンダードをデザインする。プルーヴェは木に関しては専門分野ではありませんでしたが、自らが代表を務めるアトリエのメンバーの生活を守るため、試行錯誤を重ねて完成。
日本を代表する建築家の1人でもある坂倉準三は、ル・コルビュジエのアトリエ在籍時代に知り合ったプルーヴェのスタンダードチェアを元に、日本における『スタンダードチェア』をデザインします。それが『小椅子』と言われる椅子で、現在も山形の天童木工で製作されています。
小椅子は50年代から日本で数多くの公共施設や住宅、企業で採用されており、戦後の日本デザイン史で最も有名な椅子のひとつですが、実はプルーヴェのスタンダードチェアが元になっています。
ここまで長々と説明していますが、家具に全く興味のない人に簡単に説明しますと、
(プルーヴェのこの椅子は坂倉準三の椅子の元になったので、プルーヴェは戦後の日本のデザインに影響を与えたフランス人と言っても過言ではないです。そんな歴史ある偉大な人の椅子ということです(笑)。)
話を戻します。
この椅子は、プルーヴェが戦時中の鉄不足の中で、アトリエのメンバーに給料を払うために、専門分野ではない木で試行錯誤して完成させた椅子です。
プルーヴェはアトリエのメンバーの生活のために木製の椅子を作りました。
僕たちは、ファンのみんなに喜んでもらう為に試行錯誤してきた四半世紀。
自身の為ではなく、人の為にという想いに共通点があり、そこに想いを重ねて、この椅子を使用した演出で歌唱します。
経年変化を重ねたビンテージ家具と、95年から26年に渡り活動して来た僕たちV6を重ね合わせることで、僕たちのこれまでの歴史と26年間の想いを表現出来たらと思っています。
スタンダードチェアは前の顔と横の顔では、全く異なる2面性を持ち、その2つのフォルムが一脚を織りなしている。
それは、トニセン、カミセン、2つのグループで構成された僕たちV6に重なる。
16歳でV6の活動を始めた僕とプルーヴェのスタートラインが重なる。
そして、プルーヴェがウッドスタンダードを制作していた時の年齢が41歳なので、これから新しいスタートを切っていく自分の年齢とも重なり、そんな偶然からもプルーヴェのウッドスタンダードチェアが今回のコンセプトにぴったりだなと感じて選びました。
プルーヴェが1943年にデザインを開始してからの晩年の80年代まで完成を追い求めていたこのスタンダードチェア。
半世紀にわたり、スチール、木、アルミなど、時流に適合した素材を模索し続けて作られた椅子はある意味、『未完成の椅子』です。
【僕らは まだ】のテーマとも重なる未完成であること。
僕たちも常に新しい素材を自分たちに取り入れて、模索し続けて完成を追い求めここまでやって来ました。
調べれば調べる程、改めて、プルーヴェとの重なりが多くて自分でも本当にびっくりしています。
半世紀以上にわたり、歴史あるバトンを引き継いできた椅子。
我が家から連れて来ちゃいました(笑)。
医療従事者、関係者の皆様、昼夜問わず最前線で戦い続け、日々、患者さんに真摯に向き合い、寄り添いご尽力くださりありがとうございます。
リスクのある中、働く全ての職業の皆様、生活を支えてくださる全ての皆様、ありがとうございます。
p.s.
僕の大好きな椅子と、僕の大好きな人たちと共に、大好きなみんなへ、今の想いを乗せて、僕たちそのものを届けます。
今日も1日、一緒に頑張ろうね。
あとでね。
☆健☆
【WEB】20210429 Real Sound interview
#中川大志#、10代から現在までを振り返る 主演作『#FUNNYBUNNY#』は「現時点での集大成」
映画『FUNNY BUNNY』が4月29日より全国の劇場で公開、auスマートパスプレミアムにて配信される。『ステップ』『虹色デイズ』『荒川アンダー ザ ブリッジ』などの飯塚健監督が手がけ、のちに監督自らの手によって小説化もされた、2012年上演の同名舞台を映画化した。
リアルサウンド映画部では、自称小説家の主人公・剣持聡を演じた主演の中川大志にインタビュー。これまで多くの作品でタッグを組んできた飯塚監督と出会った当時を振り返りながら、「これまでの集大成」と語る本作での挑戦と自信を明かしてくれた。【インタビューの最後には、サイン入りチェキプレゼント企画&コメント動画あり】
「映画は自分が死んだ後も一生残っていくもの」
ーー本作で中川さんが演じた剣持は、今までの中川さんのイメージにはないワイルドなキャラクターです。
中川大志(以下、中川):そうですね。かなりエネルギーを使うキャラクターでもあったので、終わった後は本当に抜け殻状態でした。とにかく、疲れる役でした(笑)。だけど、それだけ剣持を演じきったことに達成感がありますし、完成したものを観たときに飯塚監督の世界観が詰まった、すごくかっこいい映画だと純粋に感じられたことが何より嬉しいです。いろいろなメッセージが込められている作品ですが、純粋にエンタメとしても楽しめると思います。自信を持って「観てほしい」と言える映画です。
ーー役作りはどのように進めましたか?
中川:まず、原作に出会ったのが何年も前のことなんです。飯塚監督と初めて出会ってちょっとしたくらいの頃にふと渡されたんです。そのときは映画化の話は全くなかったし、まさか僕が剣持を演じるなんて思いもせずに読んでいました。読み進める中で、剣持にはこうあってほしいという自分の中での“剣持像”が勝手に出来上がっていたことが、演じる上でプレッシャーにはなりましたね。自分にない要素が多いキャラクターでもありますし。ただ、そういう部分を実際にいそうな人物として落とし込む必要がありました。日常生活のちょっとした所作も心がけて、時間をかけて作っていきました。
ーー見方を変えれば、悪役とも取れるキャラクターですよね。
中川:そうですね。一方で、人や物事に命をかけてぶつかっていける勇気と、そんな状況でも楽しめるユーモアもある。そういう剣持独自の思想やキャラクターに説得力を持たせられなかったら、この映画は成り立たないと思うんです。お客さんが剣持についてこれないと“ただの痛いやつ”になってしまう。そこは、自分の中でも大事にしていたことです。どうやったら剣持の言葉に重みを出せるのか考えたときに、やっぱり剣持が背負っている過去や痛みのようなものを自分も背負わないといけないと気づきました。自分が痛みを分かっているからこそ人の痛みに寄り添えるし、過酷な現実を見ているからこそ、手を差し伸べるだけが優しさじゃないということも分かっている。そんな剣持が背負っているものと同じぐらいの痛みが自分にはあるのかを考えて、自分の過去の実体験や記憶を堀り返して演じました。
ーーそれは辛い作業でもありますよね。
中川:辛いです。あまり思い出したくない(笑)。普段は考えたくないことにも向き合わないといけないですし。ただ、それを乗り越えられないとこの映画が完成しないと分かっていたので、やり切りましたね。映画は自分が死んだ後も一生残っていくものだから、そのことを考えたら、撮影の間だけでも一生懸命自分の痛みに向き合うことは、決しておかしなことではないと思いますし。「痛いのは一瞬だけだから」と思っていました。すごく難しいことにチャレンジしなきゃいけないという覚悟は、映画のお話をいただいた段階からしていましたね。
「今の自分ができるだけのことはやった」
ーー作品のテイストも、ほかの作品と少し異なっていて、どこか戯曲・ミュージカルのような印象も受けました。
中川:そういった感想をいただくことは多いんですよね。でも、僕らとしては、現場で演じていたときはそういう感覚はあまりなくて。監督ともそのことについて話していて気づいたことなのですが、図書館という最初の舞台設定が大きいかもしれないです。足音だったり、本のページをめくる音だったり、一つ一つがよく響く場所だから、お客さんが没入しやすいのかもしれない。
ーー確かに同じシチュエーションでの撮影がほとんどです。
中川:毎晩図書館に行っていましたから(笑)。宮城県にあるのですが、撮影でお借りした図書館が本当に素敵だったんですよ。実際の日中の営業が終わったあとに、スタッフさんたちが撮影の準備をして、朝まで撮影したら、僕らは昼に寝て、また夜から撮影するというルーティンでしたね。「早くここから脱出したい」と思ったこともあったんですが(笑)、その疲労感もある意味演技に反映されてリアリティが増したかもしれないです。順撮りで進行していたから、僕らも役に入り込みやすい環境でした。
ーー本作では、岡山天音さん演じる漆原聡とはバディのような関係です。
中川:漆原が天音くんでよかったと心から思っています。図書館での最後のシーンは、リハーサルを何回もしたりせずに、本番までエネルギーを温存して2人で演じました。あの場面は『FUNNY BUNNY』の象徴的なシーンだと思いますし、自分もすごく思い入れがあります。
ーー本作を観たあとにどんな気持ちで観客の方々に劇場を後にしてほしいですか?
中川:剣持は「世界を救うのは想像力なんだよ」と言っていますが、今の時代だからこそより重く響くメッセージに感じます。調べればなんでも出てきて、顔を見ずにやり取りする機会もいっぱいあると思うんですよ。そういうたくさんの情報が溢れかえっている中にいることで、全てを分かった気になってしまうのってやっぱり怖いことですよね。今、目の前にあるものを疑ったり、自分が発した言葉が他の人にとってどんな意味を持つのか、別の角度から見てみたりするのがすごく大事だと思いますし、この映画がそういうきっかけになれたら嬉しいですね。
ーー中川さんは、飯塚監督とはこれまでも『全員、片思い』や『虹色デイズ』など多くの作品でタッグを組んできました。飯塚監督と出会った当時から今までの道のりをどのように振り返りますか?
中川:飯塚さんと初めて出会ったのはドラマのオーディションのときで、自分は何十人何百人といる中の1人だったんです。第一印象は「めちゃくちゃ怖そう」なんですが(笑)、今では一番一緒にお仕事をしている監督です。これだけお仕事できるということはもちろん嬉しいことですが、回が重なるほどにプレッシャーにもなります。やっぱりその都度、自分の成長を見せたいですし。そんな中で、この『FUNNY BUNNY』は現時点での集大成だと思っています。今までの飯塚さんとの関係性がなかったらたぶんできなかったことだとも感じます。これだけ濃厚な作品なのですが、飯塚さんとは現場では役や演技に関しては、ほとんど話していないんですよ。それだけ同じ“剣持像”や作品のテーマを共有できているという感覚が自分にはありましたし、飯塚さんもそうだったのかもしれません。10代から20代になった今の自分ができるだけのことはやったという達成感が今はあります。だから、この先はこれを超えるものを生み出し続けないといけないということなので、僕ももっといろんな現場を経験して大きくなって、また監督と映画を作りたいですね。
https://t.cn/A6cEiJeE
▼中川大志 チェキプレゼント▼
中川大志のチェキを2名様にプレゼント。応募要項は以下のとおり。
【応募方法】
リアルサウンド映画部の公式Twitterをフォロー&該当ツイートをRTいただいた方の中から抽選でプレゼントいたします。当選者の方には、リアルサウンド映画部の公式TwitterアカウントよりDMをお送りさせていただきます。
※当選後、住所の送付が可能な方のみご応募ください。個人情報につきましては、プレゼントの発送以外には使用いたしません。
※複数のお申し込みが発覚した場合、ご応募は無効とさせていただく場合がございます。
※営利目的の転売は固くお断りいたします。発見した場合は然るべき対応をとらせていただきます。
<リアルサウンド映画部 公式Twitter>
https://t.cn/AirGjLBh
<応募締切>
5月12日(水)
#中川大志#、10代から現在までを振り返る 主演作『#FUNNYBUNNY#』は「現時点での集大成」
映画『FUNNY BUNNY』が4月29日より全国の劇場で公開、auスマートパスプレミアムにて配信される。『ステップ』『虹色デイズ』『荒川アンダー ザ ブリッジ』などの飯塚健監督が手がけ、のちに監督自らの手によって小説化もされた、2012年上演の同名舞台を映画化した。
リアルサウンド映画部では、自称小説家の主人公・剣持聡を演じた主演の中川大志にインタビュー。これまで多くの作品でタッグを組んできた飯塚監督と出会った当時を振り返りながら、「これまでの集大成」と語る本作での挑戦と自信を明かしてくれた。【インタビューの最後には、サイン入りチェキプレゼント企画&コメント動画あり】
「映画は自分が死んだ後も一生残っていくもの」
ーー本作で中川さんが演じた剣持は、今までの中川さんのイメージにはないワイルドなキャラクターです。
中川大志(以下、中川):そうですね。かなりエネルギーを使うキャラクターでもあったので、終わった後は本当に抜け殻状態でした。とにかく、疲れる役でした(笑)。だけど、それだけ剣持を演じきったことに達成感がありますし、完成したものを観たときに飯塚監督の世界観が詰まった、すごくかっこいい映画だと純粋に感じられたことが何より嬉しいです。いろいろなメッセージが込められている作品ですが、純粋にエンタメとしても楽しめると思います。自信を持って「観てほしい」と言える映画です。
ーー役作りはどのように進めましたか?
中川:まず、原作に出会ったのが何年も前のことなんです。飯塚監督と初めて出会ってちょっとしたくらいの頃にふと渡されたんです。そのときは映画化の話は全くなかったし、まさか僕が剣持を演じるなんて思いもせずに読んでいました。読み進める中で、剣持にはこうあってほしいという自分の中での“剣持像”が勝手に出来上がっていたことが、演じる上でプレッシャーにはなりましたね。自分にない要素が多いキャラクターでもありますし。ただ、そういう部分を実際にいそうな人物として落とし込む必要がありました。日常生活のちょっとした所作も心がけて、時間をかけて作っていきました。
ーー見方を変えれば、悪役とも取れるキャラクターですよね。
中川:そうですね。一方で、人や物事に命をかけてぶつかっていける勇気と、そんな状況でも楽しめるユーモアもある。そういう剣持独自の思想やキャラクターに説得力を持たせられなかったら、この映画は成り立たないと思うんです。お客さんが剣持についてこれないと“ただの痛いやつ”になってしまう。そこは、自分の中でも大事にしていたことです。どうやったら剣持の言葉に重みを出せるのか考えたときに、やっぱり剣持が背負っている過去や痛みのようなものを自分も背負わないといけないと気づきました。自分が痛みを分かっているからこそ人の痛みに寄り添えるし、過酷な現実を見ているからこそ、手を差し伸べるだけが優しさじゃないということも分かっている。そんな剣持が背負っているものと同じぐらいの痛みが自分にはあるのかを考えて、自分の過去の実体験や記憶を堀り返して演じました。
ーーそれは辛い作業でもありますよね。
中川:辛いです。あまり思い出したくない(笑)。普段は考えたくないことにも向き合わないといけないですし。ただ、それを乗り越えられないとこの映画が完成しないと分かっていたので、やり切りましたね。映画は自分が死んだ後も一生残っていくものだから、そのことを考えたら、撮影の間だけでも一生懸命自分の痛みに向き合うことは、決しておかしなことではないと思いますし。「痛いのは一瞬だけだから」と思っていました。すごく難しいことにチャレンジしなきゃいけないという覚悟は、映画のお話をいただいた段階からしていましたね。
「今の自分ができるだけのことはやった」
ーー作品のテイストも、ほかの作品と少し異なっていて、どこか戯曲・ミュージカルのような印象も受けました。
中川:そういった感想をいただくことは多いんですよね。でも、僕らとしては、現場で演じていたときはそういう感覚はあまりなくて。監督ともそのことについて話していて気づいたことなのですが、図書館という最初の舞台設定が大きいかもしれないです。足音だったり、本のページをめくる音だったり、一つ一つがよく響く場所だから、お客さんが没入しやすいのかもしれない。
ーー確かに同じシチュエーションでの撮影がほとんどです。
中川:毎晩図書館に行っていましたから(笑)。宮城県にあるのですが、撮影でお借りした図書館が本当に素敵だったんですよ。実際の日中の営業が終わったあとに、スタッフさんたちが撮影の準備をして、朝まで撮影したら、僕らは昼に寝て、また夜から撮影するというルーティンでしたね。「早くここから脱出したい」と思ったこともあったんですが(笑)、その疲労感もある意味演技に反映されてリアリティが増したかもしれないです。順撮りで進行していたから、僕らも役に入り込みやすい環境でした。
ーー本作では、岡山天音さん演じる漆原聡とはバディのような関係です。
中川:漆原が天音くんでよかったと心から思っています。図書館での最後のシーンは、リハーサルを何回もしたりせずに、本番までエネルギーを温存して2人で演じました。あの場面は『FUNNY BUNNY』の象徴的なシーンだと思いますし、自分もすごく思い入れがあります。
ーー本作を観たあとにどんな気持ちで観客の方々に劇場を後にしてほしいですか?
中川:剣持は「世界を救うのは想像力なんだよ」と言っていますが、今の時代だからこそより重く響くメッセージに感じます。調べればなんでも出てきて、顔を見ずにやり取りする機会もいっぱいあると思うんですよ。そういうたくさんの情報が溢れかえっている中にいることで、全てを分かった気になってしまうのってやっぱり怖いことですよね。今、目の前にあるものを疑ったり、自分が発した言葉が他の人にとってどんな意味を持つのか、別の角度から見てみたりするのがすごく大事だと思いますし、この映画がそういうきっかけになれたら嬉しいですね。
ーー中川さんは、飯塚監督とはこれまでも『全員、片思い』や『虹色デイズ』など多くの作品でタッグを組んできました。飯塚監督と出会った当時から今までの道のりをどのように振り返りますか?
中川:飯塚さんと初めて出会ったのはドラマのオーディションのときで、自分は何十人何百人といる中の1人だったんです。第一印象は「めちゃくちゃ怖そう」なんですが(笑)、今では一番一緒にお仕事をしている監督です。これだけお仕事できるということはもちろん嬉しいことですが、回が重なるほどにプレッシャーにもなります。やっぱりその都度、自分の成長を見せたいですし。そんな中で、この『FUNNY BUNNY』は現時点での集大成だと思っています。今までの飯塚さんとの関係性がなかったらたぶんできなかったことだとも感じます。これだけ濃厚な作品なのですが、飯塚さんとは現場では役や演技に関しては、ほとんど話していないんですよ。それだけ同じ“剣持像”や作品のテーマを共有できているという感覚が自分にはありましたし、飯塚さんもそうだったのかもしれません。10代から20代になった今の自分ができるだけのことはやったという達成感が今はあります。だから、この先はこれを超えるものを生み出し続けないといけないということなので、僕ももっといろんな現場を経験して大きくなって、また監督と映画を作りたいですね。
https://t.cn/A6cEiJeE
▼中川大志 チェキプレゼント▼
中川大志のチェキを2名様にプレゼント。応募要項は以下のとおり。
【応募方法】
リアルサウンド映画部の公式Twitterをフォロー&該当ツイートをRTいただいた方の中から抽選でプレゼントいたします。当選者の方には、リアルサウンド映画部の公式TwitterアカウントよりDMをお送りさせていただきます。
※当選後、住所の送付が可能な方のみご応募ください。個人情報につきましては、プレゼントの発送以外には使用いたしません。
※複数のお申し込みが発覚した場合、ご応募は無効とさせていただく場合がございます。
※営利目的の転売は固くお断りいたします。発見した場合は然るべき対応をとらせていただきます。
<リアルサウンド映画部 公式Twitter>
https://t.cn/AirGjLBh
<応募締切>
5月12日(水)
#高杉真宙[超话]#
独立間近の高杉真宙、意識は変わらず「裸一貫で頑張らなきゃいけない」
2021.04.03 13:15
俳優の高杉真宙が3日、都内で開催されたファーストフォトエッセイ『僕の一部。』刊行記念イベント・フォトエッセイお渡し会に出席した。
本作は、大の漫画好きである高杉が、読者の悩みに漫画を紹介するという形で執筆した不定期連載「漫画喫茶・タカスギへようこそ」に書き下ろしを加えたもの。また写真は「漫画喫茶の店主の1日」をテーマに撮影している。
囲み取材に応じた高杉は「自分が3年間書いてきたものが、こうやって本に改めてなると、『しっかりとやってきたんだな』っていう実感が湧いたというか」とコメント。「今までは1か月に1回だったりとか、何か月に1回というスピードで書いていたので、こうやってまとめられたっていうのは、嬉しいですね」とも。
内容については「お悩み一つに対して、一つの漫画をおすすめするっていうのが、今回のエッセイの課題」と紹介し「こんなにたくさんの漫画というか、作家さん、皆さんに協力していただいて、できたんだなと思うと、ちょっと感動しました」と感謝の気持ちを語った。
そもそも、漫画にはまったきっかけを聞かれると「漫画しかなかったんですよ」と発言し「ずっとアニメしか見てこなかったんですけど、ケーブルテレビとかでずっと見ていたので、アニメしかずっと点いてなかったんですけど、上京した時に、そういうものがなくて」と回想。
「中学生とかなので、お金がなかったので、ゲームを買ったりとかできなくて。週一の楽しみで、週刊(漫画)誌を読み始めたりとか。そういうところから、漫画にどんどんのめり込んでいったり」と言い「アニメの原作を読むようになって、漫画にはまっていったり」とも。
その後、新年度を迎えたことに話が及ぶと「自分にとって、またたくさんのチャレンジが待っているんじゃないかなと思いますし、これからいろいろと頑張っていかなきゃなと思っているんですけど、去年も今年も、あんまり気持ち的には変わらないですね。頑張っていこうと思っています」と発言。
所属事務所「スウィートパワー」を4月11日をもって退所することを発表した際のコメントに絡め「裸一貫でやらなきゃいけないですね?」と振られた高杉は「裸一貫で頑張らなきゃいけないですね」と笑顔。
自信があるか問われると「やっぱり、自信はないとだめだとは思っていますけど、でもそれは過度なものではなく、緊張をしつつ、新しくいろいろと頑張っていかなきゃいけないことはたくさんあると思っていて。それは別に、これまでの人生でもあまり変わることはないかなと思っています」と現在の心境を明かした。
また執筆の機会があれば、どんな内容にしたいか問われると、「悩んでいるんです」としたうえで「引きこもりなんですよ。本当に外に出ないんですけど、もうちょっと色々と落ち着いたら、一人旅とかいいなあと思っているので」とコメント。
今回のエッセイでも、一人旅が題材の漫画を紹介したとしたうえで「それを読んで、『一人旅、興味あるなあ』と思ったので。一人旅のエッセイみたいなものとか、書いてみたいなと思ってはいます。まだちょっと、現実的じゃないですけど。僕が一人旅をするって、まだ想像できていない。そういうのもいいなあと思ったんですよね」と発言。行きたい場所を聞かれると「とりあえず、日本の素晴らしいところから見ていきたいなって僕は思っています。景色が素敵な場所、いろいろあるので。そういうところから見て回りたい」と続けていた。
エッセイにちなみ、現在の悩みを質問されると「『外に出られない』ですね」と返答。「家の中にずっと魅力があるんですよ。家の中に、僕は興味があって。外に、もうちょっと視野を向けていきたいなと思ってて。難しいですね。皆さん、外で何されるんですかね?本当にわからなくて(笑)」と発言。
「外出して、いろいろな方と出会って、自分の世界だけじゃなくて、いろいろな方の世界と関わって、広がっていくこともあると思うんですよ。そういうことも、もうちょっとできるようになりたいなと、思ってはいるんですよ」と言い「今年で25歳なので。もう少し自分の世界から(笑)、もうちょっと飛び出してもいいんじゃないかなって」と続けた。
そんな高杉は、所有している漫画の数を質問されると「ちょっとずつ減らしているんですよ」としたうえで「1500(冊)くらいだと思います」と返答。「いつか家を、漫画喫茶くらいな感じに。本で埋め尽くされたいので」と展望を明かしたが「そろそろ引っ越したりとかするのも大変になった」と照れ笑い。出演してみたい漫画の実写映画を聞かれると、「それは皆さんにお任せしたい」と具体的なタイトルは挙げず「ぜひ、どんな漫画でも、お待ちしております」と白い歯を見せていた。(modelpress編集部)
独立間近の高杉真宙、意識は変わらず「裸一貫で頑張らなきゃいけない」
2021.04.03 13:15
俳優の高杉真宙が3日、都内で開催されたファーストフォトエッセイ『僕の一部。』刊行記念イベント・フォトエッセイお渡し会に出席した。
本作は、大の漫画好きである高杉が、読者の悩みに漫画を紹介するという形で執筆した不定期連載「漫画喫茶・タカスギへようこそ」に書き下ろしを加えたもの。また写真は「漫画喫茶の店主の1日」をテーマに撮影している。
囲み取材に応じた高杉は「自分が3年間書いてきたものが、こうやって本に改めてなると、『しっかりとやってきたんだな』っていう実感が湧いたというか」とコメント。「今までは1か月に1回だったりとか、何か月に1回というスピードで書いていたので、こうやってまとめられたっていうのは、嬉しいですね」とも。
内容については「お悩み一つに対して、一つの漫画をおすすめするっていうのが、今回のエッセイの課題」と紹介し「こんなにたくさんの漫画というか、作家さん、皆さんに協力していただいて、できたんだなと思うと、ちょっと感動しました」と感謝の気持ちを語った。
そもそも、漫画にはまったきっかけを聞かれると「漫画しかなかったんですよ」と発言し「ずっとアニメしか見てこなかったんですけど、ケーブルテレビとかでずっと見ていたので、アニメしかずっと点いてなかったんですけど、上京した時に、そういうものがなくて」と回想。
「中学生とかなので、お金がなかったので、ゲームを買ったりとかできなくて。週一の楽しみで、週刊(漫画)誌を読み始めたりとか。そういうところから、漫画にどんどんのめり込んでいったり」と言い「アニメの原作を読むようになって、漫画にはまっていったり」とも。
その後、新年度を迎えたことに話が及ぶと「自分にとって、またたくさんのチャレンジが待っているんじゃないかなと思いますし、これからいろいろと頑張っていかなきゃなと思っているんですけど、去年も今年も、あんまり気持ち的には変わらないですね。頑張っていこうと思っています」と発言。
所属事務所「スウィートパワー」を4月11日をもって退所することを発表した際のコメントに絡め「裸一貫でやらなきゃいけないですね?」と振られた高杉は「裸一貫で頑張らなきゃいけないですね」と笑顔。
自信があるか問われると「やっぱり、自信はないとだめだとは思っていますけど、でもそれは過度なものではなく、緊張をしつつ、新しくいろいろと頑張っていかなきゃいけないことはたくさんあると思っていて。それは別に、これまでの人生でもあまり変わることはないかなと思っています」と現在の心境を明かした。
また執筆の機会があれば、どんな内容にしたいか問われると、「悩んでいるんです」としたうえで「引きこもりなんですよ。本当に外に出ないんですけど、もうちょっと色々と落ち着いたら、一人旅とかいいなあと思っているので」とコメント。
今回のエッセイでも、一人旅が題材の漫画を紹介したとしたうえで「それを読んで、『一人旅、興味あるなあ』と思ったので。一人旅のエッセイみたいなものとか、書いてみたいなと思ってはいます。まだちょっと、現実的じゃないですけど。僕が一人旅をするって、まだ想像できていない。そういうのもいいなあと思ったんですよね」と発言。行きたい場所を聞かれると「とりあえず、日本の素晴らしいところから見ていきたいなって僕は思っています。景色が素敵な場所、いろいろあるので。そういうところから見て回りたい」と続けていた。
エッセイにちなみ、現在の悩みを質問されると「『外に出られない』ですね」と返答。「家の中にずっと魅力があるんですよ。家の中に、僕は興味があって。外に、もうちょっと視野を向けていきたいなと思ってて。難しいですね。皆さん、外で何されるんですかね?本当にわからなくて(笑)」と発言。
「外出して、いろいろな方と出会って、自分の世界だけじゃなくて、いろいろな方の世界と関わって、広がっていくこともあると思うんですよ。そういうことも、もうちょっとできるようになりたいなと、思ってはいるんですよ」と言い「今年で25歳なので。もう少し自分の世界から(笑)、もうちょっと飛び出してもいいんじゃないかなって」と続けた。
そんな高杉は、所有している漫画の数を質問されると「ちょっとずつ減らしているんですよ」としたうえで「1500(冊)くらいだと思います」と返答。「いつか家を、漫画喫茶くらいな感じに。本で埋め尽くされたいので」と展望を明かしたが「そろそろ引っ越したりとかするのも大変になった」と照れ笑い。出演してみたい漫画の実写映画を聞かれると、「それは皆さんにお任せしたい」と具体的なタイトルは挙げず「ぜひ、どんな漫画でも、お待ちしております」と白い歯を見せていた。(modelpress編集部)
✋热门推荐