【わたし達はおとな】web MAGAZINE

装苑

木竜麻生×藤原季節 対談、
映画『わたし達はおとな』のバックステージ(2)

――その信頼関係は、優実と直哉が幸せなときの空気感や、何気ない会話の間(ま)に感じました。セリフというよりは現実の会話のような、これはどこまでが台本に書いてあることなのかなと思ってしまうようなやりとりで。演じ手としてはいかがでしたか?

藤原:僕は楽でしかなかったです。それはなんでかというとーーこういう話は今だからできるのですが、相手を想う「好き」っていう気持ちの総量が、優実と直哉ではちょっと違うから。僕(直哉)は、ひょっとしたら優実と話しながら違うことを考えているかもしれない、その要素が多かったんですよね。元カノの存在も、自分がやっている演劇活動のこともありましたし。だから多分、真剣に会話していないんですよ。そういう意味での楽さもあったんです。
 直哉は逃げ道が自分の中にいっぱいあるような人間で、そういう人って、ちょっと何考えてるか分からない。それが優実にとっては追いかけてしまうところだったのかもしれないですよね。だから僕はやっぱり、木竜さんとは違っていたんですよね。

木竜:「隠すこと」っていうのを最初に言われた上でセリフを読むと、優実は人格を言葉に委ねていないんです。言葉を信頼しきって書かれているセリフではないから、言っていること=内容に感情があるのではなく、言っている人の中に感情がある。それって本当は俳優として、どの作品でもどの現場でも、きっと真摯に向かい合わなければいけないことなんですけど、特に加藤さんは台本でも現場でもそこを追求していて甘えは許されないので、大変は大変でしたが、幸せでした。
 ちょっとの緩みもそうですし、内面に抱えているものの量が減っていることも増えすぎていることもちゃんと指摘して、導いてくださるので。

藤原:なるほどね。

木竜:終わってから改めて感じたことだけどね。

藤原:僕と木竜さんに対しての演出が全然違うんだね、今思うと。

木竜:違うのかもしれない。私は、普段加藤さんが(藤原さんと)一緒にやっているからか、藤原さんに対しての言い方が強いなって思ってた。

藤原:わ、全く思わなかった!

木竜:うん、全然思ってなかったよね。現場でも、むしろ木竜さんに対して当たりが強いなと思ってたって言ってた。
 つまりそれって、役者がどういう人で今どういう役でどのシーンを撮っていて、それがどんな役割を持ち、なにを次のシーンにバトンパスしなければいけないか、最低限そこに何がなければいけないかをきちんと考えて、加藤さんが演出も流れもつくって下さっていたということですよね。こうやって話しながらそれに気がつくことができて、今、とても有意義です(笑)。ありがとうございます。

――こちらの方こそ、貴重なお話をありがとうございます!藤原さんは加藤さんとこれまでたくさんタッグを組まれていますが、演出方法は作品によって変わりますか?

藤原:変わらないですね。必要以上に情感を残したり、人に対して近づきすぎると指摘されることが多いと思います。
 例えば、誰かを励ます場面で肩に手を添えたりしたら、ぱって来て「それいらん」とだけ言われるみたいな。それがちょっと強く見えたのかもしれないですね。僕らの間に説明はいらないんです。「それいらん」って言われたら、相手に対して近づきすぎたんだなっていうのが、説明無しでも分かるから。(加藤さんは)人と人との距離をめっちゃ大事にする人ですし、僕もそう言われたら「近づきすぎたか、オッケー」という感じ。僕らは、交わす言葉がすごく少ないかもしれないです。

――『装苑』7月号で監督・脚本の加藤さんにお話を伺った際、演出上「俳優の生理と役の生理に無理が生じないことを目指しています」とおっしゃっていたのですが、それは具体的に現場でどんな演出となり、お二人にどう作用するのか気になりました。

木竜:リハーサルの最初に言われて心に残っていたのは、「今回、特に優実は、どれだけ隠すかです」という言葉でした。なので、思っていても言えなかったり、言いたくないことがあったり・・・そういうものを”どれだけ隠すか”は、すごく意識していました。加藤さんは、本当によく俳優を見てくれているので、撮影中も「出すぎている」や「もうほんの少しだけ出して」などと声をかけてくださり、細かい微妙なニュアンスを調整していく丁寧な作業ができます。
 あともう一つ、「しぐさの手数を増やして」と言われたこともよく覚えています。他の現場ではあまり良しとされないと思いますし、やってと言われることもないでしょうけど、「本当に些細なしぐさで良くて、さらにそのしぐさをやろうとはしなくていいけど、しぐさを増やせる時に増やすのは構わないからどんどんやって」と。すごく難しかったのですが、今回の加藤さんの作品だから体感できた難しさだったような気がしますね。

――それは話しながらどう動くかや、ふとした時に何をしているかなどのバリエーションを増やすということですよね。

木竜:はい。「(そういうしぐさが)何かある?」と言われて、「しぐさですか?」って考えるような動きをしたら「それだよ」と。そこで、ああ〜!って分かりました。それこそ生理だと思うんですけど、やろうとするのではなく全部が”通る”ようにしたいと思いましたし、その難しさは感じていました。
藤原:いま聞いていて思い出したのですが、最初のリハーサルの時は、自分がやっているしぐさを、まず意識化するんです。それを重ねて本番に入ると、カメラが回っていても自分の生理に沿った動きが自然と出てくる状態になる。本番には「何もしない」ということができる、整った状態を用意してくれるんですよね。だから、僕はいつも加藤さんの時は楽なんです、演じていて。木竜さんは多分苦しかったと思うのですが、僕は、木竜さんが苦しいところに運ばれていく姿を見ているだけでよかったということもあって・・・(笑)。

木竜:いや、そんなことはない(笑)。今日のインタビューの前も、藤原さんは「俺は何も言うことが無い」ってずーっと言うんだけど、そんなことは全くないんです。現場では藤原さんがちゃんと全部受け止めてくれるので、本当に安心していました。
 もともと藤原さんとは友人で、出演されている作品も観ていましたし、良い俳優さんだなぁってずっと思っていましたけど、初めて今回ご一緒して、現場でその大きさを感じました。私のほうこそ、ああもう全部任せよう!って。だから分からないことも不安なこともたくさん相談しましたし、お芝居で何かをする時にも、すごく委ねて現場にいることができました。それは藤原さんがいて、加藤さんがちゃんと見ていてくれるという安心感があったから。

――その信頼関係は、優実と直哉が幸せなときの空気感や、何気ない会話の間(ま)に感じました。セリフというよりは現実の会話のような、これはどこまでが台本に書いてあることなのかなと思ってしまうようなやりとりで。演じ手としてはいかがでしたか?

藤原:僕は楽でしかなかったです。それはなんでかというとーーこういう話は今だからできるのですが、相手を想う「好き」っていう気持ちの総量が、優実と直哉ではちょっと違うから。僕(直哉)は、ひょっとしたら優実と話しながら違うことを考えているかもしれない、その要素が多かったんですよね。元カノの存在も、自分がやっている演劇活動のこともありましたし。だから多分、真剣に会話していないんですよ。そういう意味での楽さもあったんです。
 直哉は逃げ道が自分の中にいっぱいあるような人間で、そういう人って、ちょっと何考えてるか分からない。それが優実にとっては追いかけてしまうところだったのかもしれないですよね。だから僕はやっぱり、木竜さんとは違っていたんですよね。

木竜:「隠すこと」っていうのを最初に言われた上でセリフを読むと、優実は人格を言葉に委ねていないんです。言葉を信頼しきって書かれているセリフではないから、言っていること=内容に感情があるのではなく、言っている人の中に感情がある。それって本当は俳優として、どの作品でもどの現場でも、きっと真摯に向かい合わなければいけないことなんですけど、特に加藤さんは台本でも現場でもそこを追求していて甘えは許されないので、大変は大変でしたが、幸せでした。
 ちょっとの緩みもそうですし、内面に抱えているものの量が減っていることも増えすぎていることもちゃんと指摘して、導いてくださるので。

藤原:なるほどね。

木竜:終わってから改めて感じたことだけどね。

藤原:僕と木竜さんに対しての演出が全然違うんだね、今思うと。

木竜:違うのかもしれない。私は、普段加藤さんが(藤原さんと)一緒にやっているからか、藤原さんに対しての言い方が強いなって思ってた。

藤原:わ、全く思わなかった!

木竜:うん、全然思ってなかったよね。現場でも、むしろ木竜さんに対して当たりが強いなと思ってたって言ってた。
 つまりそれって、役者がどういう人で今どういう役でどのシーンを撮っていて、それがどんな役割を持ち、なにを次のシーンにバトンパスしなければいけないか、最低限そこに何がなければいけないかをきちんと考えて、加藤さんが演出も流れもつくって下さっていたということですよね。こうやって話しながらそれに気がつくことができて、今、とても有意義です(笑)。ありがとうございます。

杭州玉皇山南慈雲嶺石龍洞摩崖石刻[照相机]

題刻位於杭州玉皇山南慈雲嶺右側南觀音洞靠山頂處的石龍洞造像石崖後面,題刻前是北宋建中靖國元年的造像群,題刻在造像旁的洞後,《武林金石記》卷七中記載「有巨石當路口,穿隙始得上,兩崖對劈,其崖上隆下窣,日月風雨所不至。」所以保存相對完好,字跡至今仍清晰可辨。

北宋梁蕭作「心印銘」摩崖石刻,字龕高192釐米,寬165釐米,正書十四行,行二十四字,楷書,字徑7釐米。

釋文:

心印銘

唐翰林學士兼太子侍讀史館修撰守右補闕梁蕭作

浩浩群生或動或靜或幽或明與魄六合運用五行莫不因其心而寓其形波流火馳出入如機如環無端莫知其歸或細不可視或大不可圍日月至明或以為昏秋豪至微或以為繁或囊包天地或渴飲四海舒捲變化惟心所在夭壽得喪惟心所宰心遷境遷心廣境廣物無定心心無定像明則有天人幽則有鬼神苦楽相紛如絲之芬有無雲雲不可勝言抑未也已本則不然惟本之為體寂兮浩兮不可道兮顕矣默矣不可測矣統萬有於織芥視億載於屈指外而不入內而不出不闔不闢不虛不實無感不應無應不神在天而天在人而人常存而未始或存常昏而未賞不昏豈唯我然蓋無物不然豈唯我得蓋無物不得混而為一莫睹其極故曰心生法生心滅灋滅離一切相則明諸佛

錢塘講律僧衝羽書 陶翼並男拱攜字。天宋皇祐癸巳歲七月草堂僧慎微糾同志刊於石龍院之崖
建中靖國九年仲冬會稽銭倩仲游

《心印銘》的書法是典型的承唐古法之作。該書法通篇古穆端莊,結字中宮收緊,字勢章法疏密有度,當為精心之作,為北宋楷書的經典範本。較之唐楷毫不遜色。

《心印銘》題刻中,指出
1、 唐翰林學士兼太子侍讀史館修撰守右補闕梁肅作」。
2、錢塘講律僧衝羽書。
3、陶翼並男拱攜字。天宋皇祐癸巳歲七月草堂僧慎微糾同志刊於石龍院之崖」。

該題刻在清代阮元主編的《兩浙金石志》卷五收錄為《宋刻心印銘》條。登錄了題刻全文,並詳細記錄題刻信息為「正書十四行,行二十四字,字徑二寸」。

清丁敬編著的《武林金石記》卷七中錄為《衝羽書心印銘》條。除了登錄題刻全文及基本信息外,還記錄了題刻的外部山石環境,保存現狀:「有巨石當路口,穿隙始得上,兩岸對劈,其岸上降下窣,日月風雨所不至。」並詳細介紹了《心印銘》作者梁肅。同時,收錄了陳諫著《心印銘序》。

《心印銘》的書法是典型的承唐古法之作。該書法通篇古穆端莊,結字中宮收緊,字勢章法疏密有度,當為精心之作,為北宋楷書的經典範本。較之唐楷毫不遜色。

《心印銘》題刻中,首句「唐翰林學+兼大子侍讀史館修撰守右補闕梁肅作」落款「錢塘講律僧衝羽書。陶翼並男拱攜字。天宋皇祐癸巳歲七月草堂僧慎微糾同志刊於石龍院之崖」提供了文章作者及鐫刻者等信息。作者梁肅,唐代散文家。安定(今甘肅涇川)人,世居陸渾(今河南嵩縣東北)。幼逢安史之亂。9歲時,史思明攻陷洛陽,「因竄身東下,旅於吳越,轉徙厄難之中者,垂二十年」(《過舊園賦序》)。建中元年(780)至京師,登文辭清麗科,任太子校書郎。復受薦為右拾遺,以母老病辭。貞元五年(789),召為監察御史,轉右補闕、翰林學士、皇太子諸王侍讀、史館修撰。

梁肅是古文運動先驅作家。作古文,尚古樸,為韓愈所師法。梁肅信佛,為天台宗湛然,元浩弟子。作為天台宗的信徒,梁肅對佛教的研究超過了很多僧人。北宋僧人贊寧感嘆道,我們僧人往往有不懂得天台宗湛然的理論的,而梁肅卻「洞入門室,見宗廟之富」。他真正瞭解佛教思想並能「紀於文言,刻諸金石」。《心印銘》是梁肅佛教著述中的代表文獻。經文的內容富含哲理,「深修禪定,得五神通,即此意也」「心遷境遷,心廣境廣,物無定心,心無定境」,旨在倡導人們心境平和,信禪、坐禪以達到修身養性的目的。

《心印銘》是研究天台宗的文獻。由於文章本身的價值,心印銘題刻在金石典籍中都有收錄。此題刻是天台宗在杭州發展的例證。

2012/4/2~2022/4/2
东瀛十年。
这一路感受到很多善意和美好,也有无比艰辛的时光~酸甜苦辣,一切尽在不言中。
期待下一个十年更精彩❤️

苦しくて、楽しくて、一生懸命ここまで頑張ってきました。
次の10年は今まで自分らしい生き方を貫き、より素敵な10年になりますように!
#春が来た# https://t.cn/RJqepsh


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