潇湘第一楼:镇永楼
翻开永州的历史,处处可见“镇永楼”记载。在永州百业俱兴的新时代里,也不可能去掉“镇永楼”这个矗立于潇湘之滨的具有湘南文化风格的城市建筑。它的过去和将来都代表着历史悠久的永州(零陵)、勤劳智慧的永州、人杰地灵的永州、青山绿水美丽的永州。重建镇永楼,使永州重现昔时的辉煌,重回人们的记忆。
一、重建镇永楼的意义与目的:
⑴零陵古城的重建必须注重“两门三楼”的重建与恢复建,要真心实意地恢复重建零陵古城,就首先要重建镇永楼这个标志性的建筑。镇永楼一旦回到人们心目中,辉煌灿烂的零陵古城就会重新矗立于世,永州才会闻名全国乃至全世界。有了镇永楼,零陵才会真正的得到重建,才会重现昔日的辉煌。这是我所苦费经营设计、制模倡议重建镇永楼的主要目的。
⑵继承弘扬永州地方文化
零陵古城名列全国文化名城,有着璀璨的文化底蕴。由于时代变迁,社会会的变革,很多的珍贵文化建筑已经不复存在,祖宗遗产无法重现。根据史载:镇永楼是零陵古城的重要组成部分。它是时代变更的象征、地方文化的载体、人们智慧的丰碑,社会进步的“动车”。
“挥毫当得江山助,不到潇湘岂有诗”永州是天下文人墨客的轴卷,留下了多多少少的伟人泰斗的笔墨;“两岸城垣烟雾里,千家楼榭画图中”。镇永楼是天下故人的智慧丰碑,积聚了多多少少能工巧匠的心血。恢复重建镇永楼,保住这副画卷,保住这块丰碑,就是弘扬永州灿烂的文化,使之有效延续。昭示后代继承优良传统,发扬奋斗精神。
明确了这个意义,树立了这个目标,所以我们敢于“千里走单骑,情系古三楼”,把重建镇永楼的胜事摆在迫不及待的倡议之中。
⑶重建镇永楼诣在发展永州文旅产业,助力经济腾飞。镇永楼有“全城保民之功”,史称当时的镇永楼、筹也楼、喜雨楼为天下嘉楼。镇永楼名列首位,它的文化价值,历史功德极值丰厚,其营造工艺也是可以与天下名楼媲美的。查得史载:“人迹难登,岭巅凸然矗立,雉堞连云之。览辔登临,后俯湘流,前眺嵛峰,群山万垒,千里一目,实为永州之屏”。民间传为“零陵有个转角楼,半截砌在天里头”,从此看来,永州的镇永楼是地方标志性建筑,是永州的品牌。有了这个品牌,就有了价值。有了价值,就有了发展经济的活力,重建恢复镇永楼,是永州市经济发展的重要举措。
一、镇永楼的建筑规模、造型、营造技艺的敲定。
⑴建筑规模:
A、高之奇,所有的传说和史载,都无法确定具体的尺寸。根据分析只能确定镇永楼高出一般,查得鹤雀楼重建高度73.9m,黄鹤楼高51.4m。昔时汉武帝所建的“井干楼”最高的105m。有了这些案例佐证,我们把镇永楼高定于81m,也不足为奇。但是由于有山之高,百城之高,配置起来也就可以称之为高楼之奇观了。
B、阔之最,查遍所有资料,无法获取原镇永楼的占地面积,只能根据一段史记窥测,它的内部空间不少于1000-2000㎡之间,历史上的镇永楼经过多次修茸扩建,最后成规,为零陵一大胜迹,“始建山门继建玉皇阁,元帝殿,附以大士阁......其勷盛举,伟哉壮观”。当今重建镇永楼,其使用功能必有所变异。(设想将做为全市历史文化博物馆县区各有一层)根据这一具体设计规划,占地定为36m×36m,还是有承前启后的意义的。
C、型之美,造之精。拿出湘南传统建筑的样本模型来分析,可见零陵镇永楼的造型是极美的,营造工艺是十分精湛的。现存完好的零陵武庙、文庙、柳子庙足可见证,因为现在人的各方面意识的提高审美观的进步,不管怎样造型,至美营造都在人们逻辑思维之中。
二、重建镇永楼的设计规划和建筑形式
⑴落址:零陵区徐家井侧,零陵楼北端,市气象局院内,镇永楼原址。(东门城角)
⑵设计规模及装饰:
台基54m×54m=2916㎡(高度实建时确定)与原城墙吻合,逥栏城垛式。
主楼占地36m×36m=1296㎡,十层十二檐,全高81m.
砖木结构,阁楼式建筑形式,青砖黛瓦,湘南建筑风格。屋顶:多层歇山重檐小青瓦覆盖,飞檐翘角,陶制装饰。顶部大罩为《九龙八仙罩》,琉璃制品。一层地面铺青石板,二层至十层均为烧制金砖(400×400或500×500).一至二层檐口做斗拱装饰,三至十二层为卷棚燕子板装饰,门、窗、雀替、撑角均为湘南木雕装饰。走廊使用挂落、万字格做空间点缀。
⑶镇永楼使用乡土材料,青石、青砖、青瓦、松、杉、樟,并提倡传统材料,如生漆、桐油、青灰(石灰、瓦粉、浆糊),,杜绝使用现代化材料。
⑷镇永楼制作全程提倡榫卯结构,杜绝“钉胶”现代化工做法。
五、几个创意设计说明
⑴十层十二檐,循天干地支而设计,楼分十层,日后若作历史文化博物馆,一县一层,一区一厅。十二层屋檐协合天文历法,突出天地人和,合五行,祈天佑(太平世界)。
⑵三十六见方,二十四层成楼。代表一年三百六十日,二十四节气。
⑶九龙八仙罩,主要目的是凸显永州文化,以图腾的形式表述永州文化“瞬归葬永州,永州可称皇皇也,不为虚也。何仙姑出生永州,永州谓之人间仙境,不为冒也”。所以零陵镇永楼戴上九龙八仙罩(帽)不为过。
⑷借镇永楼这个平台展现,展现“百狮三十匾”,就是让镇永楼集历史文化,民间匠艺于一身,展示永州文化,永州智慧。
⑸为了设计方案,更直观,我院近日做好镇永楼施工模型,提供更现实的设计方案,便于论证认可。 https://t.cn/R2WxRmw
翻开永州的历史,处处可见“镇永楼”记载。在永州百业俱兴的新时代里,也不可能去掉“镇永楼”这个矗立于潇湘之滨的具有湘南文化风格的城市建筑。它的过去和将来都代表着历史悠久的永州(零陵)、勤劳智慧的永州、人杰地灵的永州、青山绿水美丽的永州。重建镇永楼,使永州重现昔时的辉煌,重回人们的记忆。
一、重建镇永楼的意义与目的:
⑴零陵古城的重建必须注重“两门三楼”的重建与恢复建,要真心实意地恢复重建零陵古城,就首先要重建镇永楼这个标志性的建筑。镇永楼一旦回到人们心目中,辉煌灿烂的零陵古城就会重新矗立于世,永州才会闻名全国乃至全世界。有了镇永楼,零陵才会真正的得到重建,才会重现昔日的辉煌。这是我所苦费经营设计、制模倡议重建镇永楼的主要目的。
⑵继承弘扬永州地方文化
零陵古城名列全国文化名城,有着璀璨的文化底蕴。由于时代变迁,社会会的变革,很多的珍贵文化建筑已经不复存在,祖宗遗产无法重现。根据史载:镇永楼是零陵古城的重要组成部分。它是时代变更的象征、地方文化的载体、人们智慧的丰碑,社会进步的“动车”。
“挥毫当得江山助,不到潇湘岂有诗”永州是天下文人墨客的轴卷,留下了多多少少的伟人泰斗的笔墨;“两岸城垣烟雾里,千家楼榭画图中”。镇永楼是天下故人的智慧丰碑,积聚了多多少少能工巧匠的心血。恢复重建镇永楼,保住这副画卷,保住这块丰碑,就是弘扬永州灿烂的文化,使之有效延续。昭示后代继承优良传统,发扬奋斗精神。
明确了这个意义,树立了这个目标,所以我们敢于“千里走单骑,情系古三楼”,把重建镇永楼的胜事摆在迫不及待的倡议之中。
⑶重建镇永楼诣在发展永州文旅产业,助力经济腾飞。镇永楼有“全城保民之功”,史称当时的镇永楼、筹也楼、喜雨楼为天下嘉楼。镇永楼名列首位,它的文化价值,历史功德极值丰厚,其营造工艺也是可以与天下名楼媲美的。查得史载:“人迹难登,岭巅凸然矗立,雉堞连云之。览辔登临,后俯湘流,前眺嵛峰,群山万垒,千里一目,实为永州之屏”。民间传为“零陵有个转角楼,半截砌在天里头”,从此看来,永州的镇永楼是地方标志性建筑,是永州的品牌。有了这个品牌,就有了价值。有了价值,就有了发展经济的活力,重建恢复镇永楼,是永州市经济发展的重要举措。
一、镇永楼的建筑规模、造型、营造技艺的敲定。
⑴建筑规模:
A、高之奇,所有的传说和史载,都无法确定具体的尺寸。根据分析只能确定镇永楼高出一般,查得鹤雀楼重建高度73.9m,黄鹤楼高51.4m。昔时汉武帝所建的“井干楼”最高的105m。有了这些案例佐证,我们把镇永楼高定于81m,也不足为奇。但是由于有山之高,百城之高,配置起来也就可以称之为高楼之奇观了。
B、阔之最,查遍所有资料,无法获取原镇永楼的占地面积,只能根据一段史记窥测,它的内部空间不少于1000-2000㎡之间,历史上的镇永楼经过多次修茸扩建,最后成规,为零陵一大胜迹,“始建山门继建玉皇阁,元帝殿,附以大士阁......其勷盛举,伟哉壮观”。当今重建镇永楼,其使用功能必有所变异。(设想将做为全市历史文化博物馆县区各有一层)根据这一具体设计规划,占地定为36m×36m,还是有承前启后的意义的。
C、型之美,造之精。拿出湘南传统建筑的样本模型来分析,可见零陵镇永楼的造型是极美的,营造工艺是十分精湛的。现存完好的零陵武庙、文庙、柳子庙足可见证,因为现在人的各方面意识的提高审美观的进步,不管怎样造型,至美营造都在人们逻辑思维之中。
二、重建镇永楼的设计规划和建筑形式
⑴落址:零陵区徐家井侧,零陵楼北端,市气象局院内,镇永楼原址。(东门城角)
⑵设计规模及装饰:
台基54m×54m=2916㎡(高度实建时确定)与原城墙吻合,逥栏城垛式。
主楼占地36m×36m=1296㎡,十层十二檐,全高81m.
砖木结构,阁楼式建筑形式,青砖黛瓦,湘南建筑风格。屋顶:多层歇山重檐小青瓦覆盖,飞檐翘角,陶制装饰。顶部大罩为《九龙八仙罩》,琉璃制品。一层地面铺青石板,二层至十层均为烧制金砖(400×400或500×500).一至二层檐口做斗拱装饰,三至十二层为卷棚燕子板装饰,门、窗、雀替、撑角均为湘南木雕装饰。走廊使用挂落、万字格做空间点缀。
⑶镇永楼使用乡土材料,青石、青砖、青瓦、松、杉、樟,并提倡传统材料,如生漆、桐油、青灰(石灰、瓦粉、浆糊),,杜绝使用现代化材料。
⑷镇永楼制作全程提倡榫卯结构,杜绝“钉胶”现代化工做法。
五、几个创意设计说明
⑴十层十二檐,循天干地支而设计,楼分十层,日后若作历史文化博物馆,一县一层,一区一厅。十二层屋檐协合天文历法,突出天地人和,合五行,祈天佑(太平世界)。
⑵三十六见方,二十四层成楼。代表一年三百六十日,二十四节气。
⑶九龙八仙罩,主要目的是凸显永州文化,以图腾的形式表述永州文化“瞬归葬永州,永州可称皇皇也,不为虚也。何仙姑出生永州,永州谓之人间仙境,不为冒也”。所以零陵镇永楼戴上九龙八仙罩(帽)不为过。
⑷借镇永楼这个平台展现,展现“百狮三十匾”,就是让镇永楼集历史文化,民间匠艺于一身,展示永州文化,永州智慧。
⑸为了设计方案,更直观,我院近日做好镇永楼施工模型,提供更现实的设计方案,便于论证认可。 https://t.cn/R2WxRmw
松田龍平が長塚圭史の演出で、演劇界の金字塔『近松心中物語』に挑む
1979年に蜷川幸雄の演出で初演されて大ヒットして以来、キャストを変えながら幾度も上演されてきた『近松心中物語』。劇作家・秋元松代が、『冥途の飛脚』をはじめとする近松門左衛門の3作品をひとつに織り上げたこの人気作が、新芸術監督・長塚圭史の演出とスチャダラパーの音楽で、KAAT神奈川芸術劇場2021年メインシーズンの幕開けを飾る。傘屋与兵衛役を務めるのは、舞台『冒した者』(2013年、葛河思潮社公演)と『イーハトーボの劇列車』(2019年、こまつ座公演)で長塚演出を経験している松田龍平。さて、稽古初日を前にした松田の心境は?
ーー『イーハトーボの劇列車』以来、約2年ぶり5作品目の舞台出演となる松田さん。今回出演を決めたポイントは何だったのでしょう?
長塚さんとまたやりたかったからですかね。一つ前にやった『イーハトーボの劇列車』では汽車の機械音を役者が奏でたり、ギロだけで歌を歌ったり、自分の身ひとつで演じる感覚があって、やっていて面白くて。もちろん、役者同士が息をピタリと合わせる必要があったし、誤魔化しがきかないので、大変だったんですけど、やり始めると夢中になっちゃって。まあ、夢中にならないとできないという感じでしたね。僕はあまりストイックな方じゃないので、ありがたいです(笑)。思い返せば僕の場合、自分の中で「前に進めてないな」とか、なんとなく感じているときに舞台に呼んでもらうことが多くて、本当に、毎回、いい刺激をもらっています。ありがたいです。
ーー『近松心中物語』という作品は、以前からご存じでしたか?
このお話をいただいてからネットで調べたら、“演劇界の金字塔”と書いてあって、おお!? と思いました(笑)。1000回以上上演されていて、海外でも公演していて……それだけ愛されている作品ですから。もちろんそういう意味でもプレッシャーはありますけど、舞台のいいところは、皆と芝居を重ねる時間をもらえるというところですかね。この舞台も座組の皆さんと力を合わせて、作っていけたらと思います。
ーー元禄時代の大阪を舞台に、飛脚宿亀屋の真面目な養子・忠兵衛と遊女梅川、忠兵衛に梅川を身請けする手付金を貸したことから窮地に陥る古物商傘屋の若旦那・与兵衛とその妻・お亀という2組の男女の恋を描いた本作品。台本の印象はいかがですか?
話としては、複雑に入り組んでる話ではないから、その分、世界観とか、役柄みたいなものが浮き彫りになりそうだと思いました。あとは、ハートでどこまでやれるかですかね(笑)。僕が演じる与兵衛については、自分が本当はどう生きていきたいのか、違う生き方があるんじゃないかと模索している印象がありました。ただ、人との繋がりには、筋を通しているというイメージがあります。
ーー傘屋の箱入り娘で、婿養子の与兵衛にぞっこんの妻・お亀役は、石橋静河さん。女性にモテモテで、石橋さんが演じる役に思いを寄せられるところなど、与兵衛とドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』で松田さんが演じていた田中八作には、共通点を感じます。
たしかに、言われてみれば、そういうところもあるかもしれないですね。実は、石橋さんとの共演は、今回で5回目なんです。石橋さんとは親同士のつながりもあって、幼い頃から知っているので、すごい縁だなと。哲司さんの忠兵衛、笹本さんの遊女梅川をはじめ、めちゃめちゃ素敵なキャストが揃ってますし、自分もホントに頑張らないとヤバいですね。
ーー関西弁で演じることについてはどう感じていますか?
大変そうですね。関西弁でお芝居をするのは初めてなので、どうしようかなと。勝手なイメージですけど、東北弁は口をあまり開けないでしゃべる感じで、意外と雰囲気で誤魔化せたんじゃないかと思っているのですが、関西弁だと、それも通用しなさそうですよね(笑)。ただ、この舞台での関西弁は、秋元さんが書かれた江戸時代の関西弁ですから。関西の方に「何弁?」って言われないように、そこは今のうちから、インタビューでなるべく主張していこうと思ってます(笑)。
ーー会見で「長塚さんはいつも僕に対してピリッとしたことを言ってくれる」と話されていましたが、印象に残る“ピリッとした言葉”があったら教えてください。
稽古中に長塚さんが話をしている時に、つい聞いてない時が(笑)。そう言うことで怒られてますね。変なタイミングで栗を食べたり。完全に僕が集中力足りてないだけですね(笑)。そういう部分はさて置き、そうですね。長塚さんの演出は、物語のテーマだったり、確固としたイメージがあるのを感じるんです。だからこそ、自分も同じ温度を保ってないと置いていかれるような緊張感があるし、応えたいと思うから、自分の気持ちもピリッとします。
ーーKAAT神奈川芸術劇場への出演は、『冒した者』以来ですね。劇場や横浜にはどんな思い出がありますか?
『冒した者』は、稽古もKAATでやらせてもらったので、懐かしいですね。僕は毎日、都内から自分の車で稽古に通っていたんですけど、運転しながらセリフを繰り返すと、結構覚えやすいなと思った記憶があります。ただ、道を覚える前にそれをやると、高速で降りるところを間違えたり、慣れるまで気をつけないといけないですね(笑)。僕の場合、家でも、普通に台本を読むより、何かちょっとした作業をしながらのほうが、セリフを覚えやすいです。
ーーコロナ禍では、どんなふうに過ごしていたのですか?
家でテレビを見たり、ゲームをしたりですね……もともと家で過ごすのが好きですし、仕事もけっこうスケジュールが先になったりして。でも、割りと大きくは変わらずでしたね。会社勤めだったり、コンスタントに動いていた人は急に生活スタイルが変わって大変なんだと思います。
僕としては「休めるならこのままずっと休みたい」と思ってしまう事のほうが怖かったです。
ーーお仕事を再開された時は、どんな思いがありましたか?
そうですね。久々の撮影は「どうやるんだっけ?」という感じでした(笑)。でもやっぱり楽しかったです。何よりありがたかったし、もっと楽しくするためにはどうしたらいいのか考えないとですね。この仕事ははっきりしたものがあるわけじゃないから、そういう思いは尽きることがないんでしょうけど。これからもずっと、そんなことを考えながら、繰り返していけたらって思います。
ーー松田さんが俳優になってよかったなと思うのは、どんな時ですか?
お芝居は、コミュニケーションの上にあるものなので、役に対して混じりっけなく真っ直ぐになれた時は、気持ちいいなと感じます。普段の人との会話もそうですよね。不安とか嫉妬とか、そういう余計な要素がなく、相手に対してお互いに真っ直ぐ話し合えたら、それは幸せな時間ですし。自分はそういう機会を、いろいろな役やシチュエーションを通して得ているのかもしれません。そういう意味では、こんなに楽しいことはないなと思います。特に舞台は何度も稽古を重ねたうえで役と向き合えるので最高ですね。
ーーこの『近松心中物語』で始まるKAATの2021年メインシーズンのテーマは“冒”だそうです。松田さんが冒険、挑戦したいことを教えてください。
色々な国の人と仕事をしたいですね。もちろん言葉の壁はありますけど、繋がり方も変わってきていると思うし。チャンスはあるんじゃないかな。まあ、今は『近松心中物語』をやり切らないとですね。こんな世の中で、出掛けるのはなかなか難しい状況になるかもしれませんが、『近松心中物語』。「心中」に魅了された男女の物語をぜひ劇場でご覧ください。
ヘアメイク:赤松絵利(ESPER)
スタイリスト:石井大
取材・文=岡﨑 香 撮影=西村彩子(SELF:PSY’S)
1979年に蜷川幸雄の演出で初演されて大ヒットして以来、キャストを変えながら幾度も上演されてきた『近松心中物語』。劇作家・秋元松代が、『冥途の飛脚』をはじめとする近松門左衛門の3作品をひとつに織り上げたこの人気作が、新芸術監督・長塚圭史の演出とスチャダラパーの音楽で、KAAT神奈川芸術劇場2021年メインシーズンの幕開けを飾る。傘屋与兵衛役を務めるのは、舞台『冒した者』(2013年、葛河思潮社公演)と『イーハトーボの劇列車』(2019年、こまつ座公演)で長塚演出を経験している松田龍平。さて、稽古初日を前にした松田の心境は?
ーー『イーハトーボの劇列車』以来、約2年ぶり5作品目の舞台出演となる松田さん。今回出演を決めたポイントは何だったのでしょう?
長塚さんとまたやりたかったからですかね。一つ前にやった『イーハトーボの劇列車』では汽車の機械音を役者が奏でたり、ギロだけで歌を歌ったり、自分の身ひとつで演じる感覚があって、やっていて面白くて。もちろん、役者同士が息をピタリと合わせる必要があったし、誤魔化しがきかないので、大変だったんですけど、やり始めると夢中になっちゃって。まあ、夢中にならないとできないという感じでしたね。僕はあまりストイックな方じゃないので、ありがたいです(笑)。思い返せば僕の場合、自分の中で「前に進めてないな」とか、なんとなく感じているときに舞台に呼んでもらうことが多くて、本当に、毎回、いい刺激をもらっています。ありがたいです。
ーー『近松心中物語』という作品は、以前からご存じでしたか?
このお話をいただいてからネットで調べたら、“演劇界の金字塔”と書いてあって、おお!? と思いました(笑)。1000回以上上演されていて、海外でも公演していて……それだけ愛されている作品ですから。もちろんそういう意味でもプレッシャーはありますけど、舞台のいいところは、皆と芝居を重ねる時間をもらえるというところですかね。この舞台も座組の皆さんと力を合わせて、作っていけたらと思います。
ーー元禄時代の大阪を舞台に、飛脚宿亀屋の真面目な養子・忠兵衛と遊女梅川、忠兵衛に梅川を身請けする手付金を貸したことから窮地に陥る古物商傘屋の若旦那・与兵衛とその妻・お亀という2組の男女の恋を描いた本作品。台本の印象はいかがですか?
話としては、複雑に入り組んでる話ではないから、その分、世界観とか、役柄みたいなものが浮き彫りになりそうだと思いました。あとは、ハートでどこまでやれるかですかね(笑)。僕が演じる与兵衛については、自分が本当はどう生きていきたいのか、違う生き方があるんじゃないかと模索している印象がありました。ただ、人との繋がりには、筋を通しているというイメージがあります。
ーー傘屋の箱入り娘で、婿養子の与兵衛にぞっこんの妻・お亀役は、石橋静河さん。女性にモテモテで、石橋さんが演じる役に思いを寄せられるところなど、与兵衛とドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』で松田さんが演じていた田中八作には、共通点を感じます。
たしかに、言われてみれば、そういうところもあるかもしれないですね。実は、石橋さんとの共演は、今回で5回目なんです。石橋さんとは親同士のつながりもあって、幼い頃から知っているので、すごい縁だなと。哲司さんの忠兵衛、笹本さんの遊女梅川をはじめ、めちゃめちゃ素敵なキャストが揃ってますし、自分もホントに頑張らないとヤバいですね。
ーー関西弁で演じることについてはどう感じていますか?
大変そうですね。関西弁でお芝居をするのは初めてなので、どうしようかなと。勝手なイメージですけど、東北弁は口をあまり開けないでしゃべる感じで、意外と雰囲気で誤魔化せたんじゃないかと思っているのですが、関西弁だと、それも通用しなさそうですよね(笑)。ただ、この舞台での関西弁は、秋元さんが書かれた江戸時代の関西弁ですから。関西の方に「何弁?」って言われないように、そこは今のうちから、インタビューでなるべく主張していこうと思ってます(笑)。
ーー会見で「長塚さんはいつも僕に対してピリッとしたことを言ってくれる」と話されていましたが、印象に残る“ピリッとした言葉”があったら教えてください。
稽古中に長塚さんが話をしている時に、つい聞いてない時が(笑)。そう言うことで怒られてますね。変なタイミングで栗を食べたり。完全に僕が集中力足りてないだけですね(笑)。そういう部分はさて置き、そうですね。長塚さんの演出は、物語のテーマだったり、確固としたイメージがあるのを感じるんです。だからこそ、自分も同じ温度を保ってないと置いていかれるような緊張感があるし、応えたいと思うから、自分の気持ちもピリッとします。
ーーKAAT神奈川芸術劇場への出演は、『冒した者』以来ですね。劇場や横浜にはどんな思い出がありますか?
『冒した者』は、稽古もKAATでやらせてもらったので、懐かしいですね。僕は毎日、都内から自分の車で稽古に通っていたんですけど、運転しながらセリフを繰り返すと、結構覚えやすいなと思った記憶があります。ただ、道を覚える前にそれをやると、高速で降りるところを間違えたり、慣れるまで気をつけないといけないですね(笑)。僕の場合、家でも、普通に台本を読むより、何かちょっとした作業をしながらのほうが、セリフを覚えやすいです。
ーーコロナ禍では、どんなふうに過ごしていたのですか?
家でテレビを見たり、ゲームをしたりですね……もともと家で過ごすのが好きですし、仕事もけっこうスケジュールが先になったりして。でも、割りと大きくは変わらずでしたね。会社勤めだったり、コンスタントに動いていた人は急に生活スタイルが変わって大変なんだと思います。
僕としては「休めるならこのままずっと休みたい」と思ってしまう事のほうが怖かったです。
ーーお仕事を再開された時は、どんな思いがありましたか?
そうですね。久々の撮影は「どうやるんだっけ?」という感じでした(笑)。でもやっぱり楽しかったです。何よりありがたかったし、もっと楽しくするためにはどうしたらいいのか考えないとですね。この仕事ははっきりしたものがあるわけじゃないから、そういう思いは尽きることがないんでしょうけど。これからもずっと、そんなことを考えながら、繰り返していけたらって思います。
ーー松田さんが俳優になってよかったなと思うのは、どんな時ですか?
お芝居は、コミュニケーションの上にあるものなので、役に対して混じりっけなく真っ直ぐになれた時は、気持ちいいなと感じます。普段の人との会話もそうですよね。不安とか嫉妬とか、そういう余計な要素がなく、相手に対してお互いに真っ直ぐ話し合えたら、それは幸せな時間ですし。自分はそういう機会を、いろいろな役やシチュエーションを通して得ているのかもしれません。そういう意味では、こんなに楽しいことはないなと思います。特に舞台は何度も稽古を重ねたうえで役と向き合えるので最高ですね。
ーーこの『近松心中物語』で始まるKAATの2021年メインシーズンのテーマは“冒”だそうです。松田さんが冒険、挑戦したいことを教えてください。
色々な国の人と仕事をしたいですね。もちろん言葉の壁はありますけど、繋がり方も変わってきていると思うし。チャンスはあるんじゃないかな。まあ、今は『近松心中物語』をやり切らないとですね。こんな世の中で、出掛けるのはなかなか難しい状況になるかもしれませんが、『近松心中物語』。「心中」に魅了された男女の物語をぜひ劇場でご覧ください。
ヘアメイク:赤松絵利(ESPER)
スタイリスト:石井大
取材・文=岡﨑 香 撮影=西村彩子(SELF:PSY’S)
昨天晚上梦见爷爷??爷爷说要奶奶给他回个电话…模模糊糊的记忆这是深深的爱嘛生前两个人老死不相往来爷爷走后奶奶每天都会去爷爷坟前而我每次梦见爷爷爷爷也总会提起奶奶……若不是因为疾病您怎么舍得抛下我们……我最爱的爷爷真的好想好想您每次想起您总是钻心的疼……心疼您……想您…另外我还要再瘦十斤才好!肩膀胳膊瘦2??斤背瘦2??斤腰肚子瘦3??斤屁股大腿瘦3??斤愿顺遂如愿??
✋热门推荐