2024.03.16

めざましmedia (旧フジテレビュー!!)
@mezamashimedia
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<試写室>『おっパン!』見ている僕らも
「少しだけ“アップデート”に成功したんだな」
と思える素晴らしい最終回!!!

3月16日(土)23時50分~土ドラ
『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』最終話
大石庸平

こんなに素晴らしい最終回、久しく出会ってない…

う・・うううぅぅ・・・・

うぉぉおおおぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!!!(結局号泣)

いやー、前回の最終回前、あまりにも僕がとり乱しすぎて、内容が1だった(ゼロではなく、1)、つまり内容が「大地くん(中島颯太)が小動物♡♡♡♡♡♡」のみで、こんなにも素晴らしいドラマのはずなのに、内容がなさすぎる!いや、内容とかいうレベルじゃなく、中身が一方的過ぎて、それがあまりにも不純すぎる!こんなに“いいドラマ”を目の前にしてんのに、「大地くんが小動物♡♡♡♡♡♡」だけ、じゃねーだろ!!

しかも、最終回前に、改まって、当たり前のことをいまさらに(大地くんが小動物なのは、あたりまえだかんな!!…逆ギレ)、そして何より、“アップデート”を大テーマに掲げた今作に対して、ルッキズムとも捉えかねない、ただのどうでもいい“私情”を、恥ずかしげもなく、むしろ堂々と、あけすけに言い放つだなんて、作品に対して失礼すぎる!!…と、少しは反省してた…(嘘つけ)、いや、こないだの原稿書きあげたときの、これまでにない達成感たるや、なかったよね!!?(やっぱり嘘だった)

いや、だけど、最終回くらいは、ホントに最終回くらいは、真面目に、自分の私情発露!だけじゃない、真面目なことを書こう…と思って、今回こそは、最後だから、気合い入れて、それこそ前半は、久しぶりに、メモ帳までとりだして、要点抑えながら視聴してたんだけど…

・・・・

しゃらくせぇぇぇぇぇ­­~~~~~~~ぇぇぇうぇぇぇぇ―――――!!!

メモとってる場合かぁぁぁぁーーーーー!?!?!ごるぁぁぁぁあああぁぁぁーーーーーああぁぁぁーー!!!

うん。はい。案の定でした。

…ということで、もうさすがに“しつこい”、ので、ここからは、ドラマ中盤、しゃらくせぇーーー!っと、グチャグチャにして投げ捨てた、メモを広げながら、いかにこのドラマが素晴らしいか、最後くらいは真面目に(たぶん)振り返りたいと思います。

フィクションの世界だけじゃなく、現実の世界も、少しだけ“変わった”気がしたんです!
“バイオリズム”の素晴らしさ

なんといってもこのドラマ、“バイオリズム”が素晴らしいですよね?(急に)いや、“バイオリズム”って言うのは、波長ってことなんですけどね(知ってる)。

誰かが“下がる”と誰かが“上がって”、誰かが“下がる”と誰かが“上がって”…って、そういうこと、です。

例えば初回、主人公の誠(原田泰造)が、“アップデート”できていなくて“下がって”いたとき、大地くんは“上がって”いて(っていう言い方も変だけど)、後半、大地くんがある意味“上がり過ぎて”いるとき、円(東啓介)は“下がりまくって”すれ違いが起きてたし、で、それはメインの登場人物たちだけじゃなく、細部にまで行き渡ってて、第9話でお姉ちゃんが人と関わる才能がないって“下がって”たとき、お父さんの誠は順調にアップデートできていて、“上がって”たもんだから、的確に励まし、アドバイスもできるし…という、そのそれぞれの登場人物の“バイオリズム”が絶妙で、しかもそれが作為的…物語の作劇上であえてそうしてる、みたいには見えないもんだから、お互いが助けあって理解し合う世界=“ダイバーシティ”という、このドラマのテーマ、世界観を見事に表現できていたし。

で、実際の現実でも、上がってる人もいれば下がっている人もいる…しかもそれは不思議と申し合わせてるかのように呼応しあっていることが多いから、とてつもないリアリティまでも生んでいた…と思うんです。

うん、だけど、そうは言っても、ここまでの10回。毎回毎回、“上がってる”人と、“下がってる”人が対(つい)になっている、わけがなくて…全員が全員“下がって”いるときもあれば、全員が全員“上がって”るときだって、ある…よね…ってことで、その“バイオリズム”の美しさが、最終回、見事に、見事に、美しく重なり合う!!!!その、瞬間、大ラスを迎えるのです!

“テーマ”と“ドラマティック”の“食べ合わせ”

『おっパン!』のように、時代の変化に合わせて自らを“アップデートする”っていう、“テーマ”が明確なドラマって、“ドラマティック”との“食べ合わせ”が、すごく悪いような気がするんです。

だって、テーマ先行だと説教臭くなってしまうし、ドラマティックが先行してしまうと何を言いたいのか?がぼやけてしまったり、物語のためだけにテーマを乱用してるみたいになっちゃうじゃないですか。

で、今回の『おっパン!』も、ともすれば、説教臭くなってもおかしくないし、テーマを掲げるためだけに大地くんと円の関係性を安易に当てはめた作品になってしまう可能性だってあった、わけです。で、それはもう、みなさんもおわかりの通り、ここまでは、決してそうならなかった…。

うん、そう、なんだけど、そこまではいいとして、ことドラマの最終回(とその前の回)っていうのは、どうしてもこれまで以上のドラマティックを用意しなければならない宿命があるわけです。だから、これまでは良くても、最終回前~最終回にかけてのドラマティック、最終回への“引き”、は、とてつもなく慎重にならなければならなかったと思うんです。

で、で、その最終回への、大一番への“引き”が、大地くんと円の“結婚”に反対する大地くんの父(相島一之)が現れる…って、言ってしまえば、結婚に反対する敵=ラスボスが現れるっていう、とてつもないドラマティック、なわけじゃないですか。なんだけど、字面からすると、とてつもなく危険。だって、これまで散々、いろんな紆余曲折を経て、大地くんと円は“結婚”を決意したっていうのに、最終回の“ためだけ”に、大きな“引き”をつけるためだけに、ドラマティックを用意した、みたいになるじゃないですか。

だけど、決してそうでは、なかったですよね?(誰に確かめてんだよ!)だって、大地くんと円の“結婚”は、このドラマにおいて、“その先”も描かなければならない。当事者ではない第三者だけが判断して、“愛し合ってる同士”なんだからって、“その先”は曖昧(あいまい)にして、コトが進められるドラマではない…じゃないですか。

責任のとれない他人よりも何よりも、責任が伴う親の反対をどう乗り越えるか、は、このドラマこそが描くべきで、“理解し合える世界”の、最も高い場所、かつ、険しい場所、と言ってもいいわけじゃないですか。

うん、だって、そう、このドラマは「恋愛ドラマ」じゃないんですからね。人は生きていくなかで、仕事もするし、親とケンカもするし、友情もはぐくむし、恋愛もする…それらを描いた、「人間ドラマ」、なんですからね。

で、まさか、その、危険、にも思えた、“結婚の反対”ってのが、“ドラマティック”的にも、“テーマ”的も、最終回前で、見事に合致するという奇跡!!!!!…では、“その先”を描く、最終回とは?…そう!期待を裏切らないわけがないのです!!

“恋愛ドラマ”としての着地点

ついさっき、「恋愛ドラマ」じゃない、とか断言しといて、舌の根の乾かぬうち…どころの騒ぎじゃないですが、ま、そうはいっても、大地くんと円の、「恋愛ドラマ」としての着地点が、気にならないわけ、ないですよね!??!(間違いない)

だって、男女の恋愛ドラマであれば、好き同士、で、話は完結。結婚する。どうぞどうぞ。じゃないですか。なのに、大地くんと円の場合、好き同士、だけでは完結しなくて、“結婚する”とは言っても、日本では“認められていない”わけだから、それがどう着地するのか?こんなにも二人の恋愛模様に、ラストどうなるのか?に、ドキドキしてしまうこと、ないですよね。往年の月9なら、タイトルバックでもうどう結ばれるかどうかなんて、わかっちゃうしね。

だけど、大地くんと円は好き同士、とはいっても、その先どうなるのか、どんな決着を迎えるのか…。あぁ、もう、無理…。最後の場面…いや、最後のお衣装、二人のビジュアル(そこ!?)、を思い出しただけで泣けてくる…。

そんな(!?)僕のように、不純に、「恋愛ドラマ」として楽しんでいる方にも…いいや!大地くんと円の恋愛模様を見守ることの、どこが、不純だって言えます!?(自分で言うたんやん!)ねぇ?!?!どこが、不純ですか!?(いい加減にしろ!)

うん、そう、結局は、最後の最後まで、どうなってしまうのか?ハラハラドキドキがたっぷりの、「至高の恋愛ドラマ」にも仕上がっておりますので、どうぞ、お楽しみに!!

“フィクション”飛び越えたよね?

最後に、僕がこれまで、あまりにもひとりで身勝手に熱狂し過ぎてしまったせいで、ずっと言い忘れていた大切なこと、があるので、最後ですし、ちゃんとここに記しておこうと思います。

それは、さっきも例に挙げた、お姉ちゃん(大原梓)が人付き合いがうまくないことで悩んでいた第9話の、あの場面…。誠が「萌はいい子だよ?」ってセリフを返した、あの瞬間、「あ、世界が変わったな…」って、思ったんです。

で、続けざま、大地くんと円が、大通りで“手をつないで”歩く場面を見て、その前の前の回、第7話で僕が叫んだあの言葉…(円が大地くんと一緒に熊本へ帰ったら)「あんた誰」じゃん!!「あの二人はゲイカップルだからね」って、すんなり、受け入れてもらえる、自然に受け止めてもらえる、そんな世界は、まだ、来てないじゃないかぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁーーーーーーーー!!!!(大号泣)…っていう、“あの叫び”が、このドラマの、あの場面によって、救われた気持ちになった…だけじゃなく、これはフィクションの世界だけじゃなく、現実の世界も、少しだけ“変わった”気がしたんです!!

そう、このドラマは、主人公・誠の“アップデート”を描いていたんだけれど、誠だけじゃなく、その家族が、大地くんが、円が、会社の同僚たちが、そして、見ている僕、視聴者全員が、みんな、少しだけ、 “アップデート”に成功したんだな!って、思えたんです!!

本当にそうなっているか?は問題じゃなくって、不思議と、日本が、世界が、変わりつつあるんだなって、このドラマを通して思えた!!…つまり、それって、このドラマ、“フィクション”、飛び越えたよね!?う…うん、だから、それって、そう!!!つまりそう!!!!大地くんと円が、もし、もし、もし、“そう”なったら(どうなったら!?)---

俺も、熊本帰る!!!(なんでだよ)

2024.03.16

ウーマンタイプ編集部 『おっパン』作者網誌訪談-1
@womantype
https://t.cn/A6TvSmJp

『おっパン』作者・練馬ジムと考える、昭和な上司へのベストな対処法。
他人を変えることはできるのか?

「お茶は女性が淹れるもの」
「愛想がないと嫁に行きそびれるぞ」

あなたの職場にも、時代錯誤かつデリカシーのない差別的な言動で周囲を困らせている上司がいるかもしれない。

そんな偏見の塊の“おじさん”が価値観をアップデートさせていく姿をコミカルかつ爽快に描いているのが、LINEマンガで大ヒット中の『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』だ。

2024年1月より原田泰造さん主演でドラマ化。主人公である“昭和な価値観のおじさん”沖田誠が、ゲイの友達ができたことをきっかけに成長を遂げていく姿が、観る者の心を引き付けている。

ただ、ここで一つの疑問が頭に浮かぶ。果たして現実社会でも、”昭和なおじさん”は変わることができるのか。アップデートできていない人に、どう対処すればいいのか。

同作の著者・練馬ジムさんと一緒に考えてみた。

(※)『練馬ジム』は、ネーム担当と作画担当の2人による共同ペンネームです

なぜおじさんは女性に説教をしたがるのか

編集部---
『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(以下、『おっパン』)って、すごいタイトルですよね。

練馬ジム(ネーム担当)
発表した後に「コミックスをリビングに置くのが恥ずかしい」とか「人に勧めづらいタイトルだね」といろいろお声をいただいて。

練馬ジム(作画担当)
普通のタイトルだと思っていたよね。

練馬ジム(ネーム担当)
第1巻の表紙も主人公の誠の下半身はパンツ一丁なんですけど、もともとBL作家だったこともあって何も思わなくて。

なんなら犬を置いてるし平気だよねくらいに思っていました(笑)

編集部---
「おっさんがどんなパンツを穿いていても誰も気にしないように、人が誰かを好きになろうと個人の自由だし、その人の心の性別に他者が介入する必要はない」

そう誠が気づきを得るくだりは涙が止まりませんでした。

練馬ジム(ネーム担当)
うれしいです。

今、LGBTQに対してさまざまな意見がありますが、私たちはある意味賛成でも反対でもなくて。他人が良し悪しを判断することじゃないし、極論を言えば何だっていい。

私たちと同じように考えている人は実は世の中にたくさんいる気がしています。

練馬ジム(作画担当)
そもそも穿かない人もいる。

練馬ジム(作画担当)
それもすべて個人の自由だし、わざわざ穿いているか穿いていないかなんて言わなくていいじゃないですか。

練馬ジム(ネーム担当)
そういう世の中になったらいいなという願いをタイトルには込めています。

編集部---
多様性を描く上で「おじさんのアップデート」を取り上げようと思ったのは、どういうきっかけがあったんですか?

練馬ジム(ネーム担当)
正直、私自身、おじさんが苦手なんですね。もともと母子家庭だったこともあり、あまり周りにお手本となる大人の男性がいませんでした。

特に、とある知り合いのおじさんの女性への態度があまりいいものではなくて。例えば、私を見るとすぐに政治の話をしてくるんです。

練馬ジム(作画担当)
この問題についてどう思うんだ、みたいなね。

練馬ジム(ネーム担当)
で、私が「別に何とも思っていないです」と答えると、すぐに「だからお前はダメなんだ」とお説教になる。

でもこれって、私と政治の話がしたいわけではなくて、年下の女性である私にマウントをとりたくて、そのうってつけの材料が政治の話だったというだけなんですよね。

実際、ある時、そのおじさんに対して言ったんですよ。「そんなに国を変えたいと思っているなら、選挙に出なよ」って。

練馬ジム(作画担当)
演説をして、もっといろんな人に聞いてもらった方がいいと。

練馬ジム(ネーム担当)
そしたら、それから一切政治の話をしなくなりました。

結局、そのおじさんは純粋に国を憂いているわけではなく、彼にとって“無知に見える若い女”に対して、優位に立てる話がしたかったんです。悲しいコミュニケーションですよね。

日本にご機嫌なおじさんが増えてほしい

編集部---
おじさんが苦手だったのに、おじさんを悪役として描かずにアップデートさせていく切り口にしたのは、なぜだったのでしょう?

練馬ジム(ネーム担当)
“いいおじさん”が増えるとハッピーな世の中になるなと思ったんです。

私の周りにはあまりいいおじさんがいなかったんですが、作画担当の周りにはたくさんいるって聞いてびっくりして。

練馬ジム(作画担当)
そうなんです。私の周りは、割といいおじさんが多いんですね。

年下にも女性にも高圧的な態度は一切とらない。みんなすごく穏やかで、親戚の集まりとかがあると、おじさん同士でネクタイを直し合ったりしてるんです。

練馬ジム(ネーム担当)
私もその集まりに呼んでいただいたんですけど、その光景を目の当たりにして衝撃でした。こんなほんわかしたおじさんがいるんだって。

そもそも部外者の私がいることに誰も何も思わないんです。何なら作画担当と同じように接してくれて、おすしも取ってくれました。

練馬ジム(作画担当)
そこで気が付いたんですよね。困ったおじさんももちろんいるけど、決しておじさんだからと言って悪い人ばかりではないと。

練馬ジム(ネーム担当)
お酌をしなくても機嫌が悪くならないおじさんもいるんだってカルチャーショックでした。

なんせ私の知っているおじさんは、「このすしは俺が買ってきたんだから感謝して食べろよ」という人ばかりでしたから(笑)

編集部---
いいおじさんと困ったおじさん、両者を分けるものは何だと思いますか。

練馬ジム(ネーム担当)
まず一つは教養だと思います。

教養がないと、年をとるうちに相手とのコミュニケーションの方法が下ネタ、セクハラ、パワハラしか残らなくなってしまうんですよね。

あとは、自分で自分の機嫌をとれるかどうかだと思います。

おじさんの中には自分を大事にできていない人がいて。そこから生じる不満やストレスを、女性をはじめとした自分より弱い人に向けている気がします。

でも、そんなことをしても孤独になるだけなんですよね。

編集部---
おじさんに限らず、私たちも気をつけなきゃいけないですね……。

練馬ジム(ネーム担当)
男性、女性に限らず、自分の機嫌を自分でとることは決して恥ずかしいことでもダサいことでもない。むしろ自分で自分のケアをするってすごく大事なこと。

そういう認識が広まればいいし、もっと日本にご機嫌なおじさんが増えてほしいなという思いもあって、『おっパン』を描き始めました。

困った上司を、あえて褒めてみたら……

編集部---
アップデート前の誠は、古い価値観にとらわれた言動で若い部下から疎まれていました。

誠みたいな上司ってまだまだたくさんいると思っていて。アップデートできない上司にどう対応したらいいんでしょうか。

練馬ジム(ネーム担当)
基本的に私たちは他人を変えることはできないと思っているんです。

練馬ジム(作画担当)
その上で唯一できることがあるとしたら、褒めてあげることなのかなって。人って褒められるとうれしいんですよ。

そして、そのうれしさが変わるきっかけになることも。

練馬ジム(ネーム担当)
先ほどからおじさんを例に挙げていますが、アップデートできている/できていないに性別は関係ないと思っていて。困ったおじさんがいるように、困ったおばさんもいますよね。

私が以前働いていた職場がそうでした。女性の上司が気軽に質問もできないような怖い人で、みんなから嫌われていたんですよ。

でも、ある時、めちゃくちゃ明るいパートの人が2人入ってきて、みんなが怖がっていた上司をやたらと褒め出したんです。

そしたら、その上司が一気に丸くなっちゃって、すごい優しくなった。あれはびっくりでした。

編集部---
確かに褒められてうれしくない人はいないですもんね。

練馬ジム(ネーム担当)
その女性上司の一件があったから、私もずっと苦手だった知り合いのおじさんへの態度を変えてみたんです。

ものすごくエラそうに「お茶を淹れろ」と言うので、「そんな言い方をされたら、お茶を淹れる気もなくす。だからもっとかわいく言ってほしい」と。そしたら、意外とかわいく言ってくれた(笑)

「今のは良かった。今後もそうしてほしい。そしたらお茶を淹れてあげる」と褒めたら、だいぶ態度が柔らかくなりました。

編集部---
職場でも「お茶を淹れるのは女の役目」とハラスメントなことを言ってくる上司がいるという話はよく聞きます。

練馬ジム(ネーム担当)
そういう時は、わざとまずいお茶を淹れて、「これだったら自分で淹れよう」と思わせてみるといいかも(笑)

で、「俺のお茶の方がうまいだろ」と言ってきたら、「こんなおいしいお茶飲んだことないですよ。めちゃくちゃ才能ありますね」と褒めるといいんじゃないかな。

それで、今度はその上司がみんなにお茶を淹れるようになったらかわいいじゃないですか。そうやって愛せるおじさんになるよう仕向けるのも、一つの対策だと思います。

否定的なことを思ってもいい。ただ、口に出してはいけない

編集部---
中には、「今は何をしてもハラスメントだと言われちゃって、息苦しい世の中になったよ」と多様性が進む社会に皮肉を言う上司もいます。

練馬ジム(作画担当)
私は多様性に対して、否定的な意見を持つこと自体は否定していなくて。自分が嫌いなものは嫌いでいいし、好きなものは好きでいい。

ただし、否定的なことを口にしてしまったら、やっぱりアウトだと思うんですよね。

編集部---
言葉にしてはいけない。

練馬ジム(作画担当)
他人の多様性の否定は、その人の持っている自己肯定感を壊す行為だと思います。他人の大切にしているものを踏みにじる権利は誰にもないじゃないですか。

異なる価値観を持った人たちが、お互いの考えを理解できなくても、受け入れられなくても、否定し合わない関係を築くことが、多様性の目指す世界だと私は思っています。

『おっパン』を通して、そんなことを伝えられたらと思っています。

練馬ジム(ネーム担当)
なぜ人は古い価値観から逃れられないのかというと、きっとそっちの方が楽だからなんですよね。新しいことを知るのが面倒くさいから、古い価値観に凝り固まってしまう。

だから、まずは「価値観をアップデートした方ほうが実は楽だよ」と知ってもらうことが大切だと思います。

編集部---
アップデートなんて面倒くさいと思いがちだけれど、実はアップデートした方が楽だと。

練馬ジム(ネーム担当)
はい。私自身、ずっとおじさんに対して苦手意識がありました。でも、『おっパン』を描きはじめて、いろんなおじさんがいることを知れたおかげで、おじさんに対して優しくなれたんです。

不機嫌なおじさんを見ても、昔はすごい腹が立っていたけど、今はこのおじさんにも何か理由があったのかもしれないと考えられるくらいには広い心を持てるようになった。

『おっパン』と一緒に私もアップデートできて楽になれました。

だから、もし古い価値観にとらわれているせいで周りとうまくいかなくなっている人がいたら、「早くアップデートしちゃった方が楽だよ」と言ってあげたいですね。

沈黙の塔(上)
森鴎外

 高い塔が夕ゆうべの空に聳そびえている。
 塔の上に集まっている鴉からすが、立ちそうにしてはまた止まる。そして啼なき騒いでいる。
 鴉の群れを離れて、鴉の振舞ふるまいを憎んでいるのかと思われるように、鴎かもめが二三羽、きれぎれの啼声をして、塔に近くなったり遠くなったりして飛んでいる。
 疲れたような馬が車を重げに挽ひいて、塔の下に来る。何物かが車から卸されて、塔の内に運び入れられる。
 一台の車が去れば、次の一台の車が来る。塔の内に運び入れられる品物はなかなか多いのである。
 己おれは海岸に立ってこの様子を見ている。汐しおは鈍く緩く、ぴたりぴたりと岸の石垣を洗っている。市の方から塔へ来て、塔から市の方へ帰る車が、己の前を通り過ぎる。どの車にも、軟やわらかい鼠色ねずみいろの帽の、鍔つばを下へ曲げたのを被かぶった男が、馭者台ぎょしゃだいに乗って、俯向うつむき加減になっている。
 不精らしく歩いて行く馬の蹄ひづめの音と、小石に触れて鈍く軋きしる車輪の響とが、単調に聞える。
 己は塔が灰色の中に灰色で画えがかれたようになるまで、海岸に立ち尽つくしていた。
 電灯の明るく照っている、ホテルの広間に這入ったとき、己は粗い格子の縞羅紗しまらしゃのジャケツとずぼんとを着た男の、長い脚を交叉こうささせて、安楽椅子いすに仰向けに寝たように腰を掛けて新聞を読んでいるのを見た。この、柳敬助という人の画が toileトアル を抜け出たかと思うように脚の長い男には、きのうも同じ広間で出合ったことがあるのである。
「何か面白い事がありますか」と、己は声を掛けた。
 新聞を広げている両手の位置を換えずに、脚長は不精らしくちょいと横目でこっちを見た。「Nothing at all!」物を言い掛けた己に対してよりは、新聞に対して不平なような調子で言い放ったが、暫しばらくして言い足した。「また椰子やしの殻に爆弾を詰めたのが二つ三つあったそうですよ。」
「革命党ですね。」
 己は大理石の卓の上にあるマッチ立てを引き寄せて、煙草に火を附けて、椅子に腰を掛けた。
 暫くしてから、脚長が新聞を卓の上に置いて、退屈らしい顔をしているから、己はまた話し掛けた。「へんな塔のある処へ往って見て来ましたよ。」
「Malabarマラバア hillヒル でしょう。」
「あれはなんの塔ですか。」
「沈黙の塔です。」
「車で塔の中へ運ぶのはなんですか。」
「死骸しがいです。」
「なんの死骸ですか。」
「Parsiパアシイ 族の死骸です。」
「なんであんなに沢山死ぬのでしょう。コレラでも流行はやっているのですか。」
「殺すのです。また二三十人殺したと、新聞に出ていましたよ。」
「誰たれが殺しますか。」
「仲間同志で殺すのです。」
「なぜ。」
「危険な書物を読む奴やつを殺すのです。」
「どんな本ですか。」
「自然主義と社会主義との本です。」
「妙な取り合せですなあ。」
「自然主義の本と社会主義の本とは別々ですよ。」
「はあ。どうも好く分かりませんなあ。本の名でも知れていますか。」
「一々書いてありますよ。」脚長は卓の上に置いた新聞を取って、広げて己の前へ出した。
 己は新聞を取り上げて読み始めた。脚長は退屈そうな顔をして、安楽椅子に掛けている。
 直ぐに己の目に附いた「パアシイ族の血腥ちなまぐさき争闘」という標題の記事は、かなり客観的に書いたものであった。

 パアシイ族の少壮者は外国語を教えられているので、段々西洋の書物を読むようになった。英語が最も広く行われている。しかし仏語ふつごや独逸ドイツ語も少しずつは通じるようになっている。この少壮者の間に新しい文芸が出来た。それは主として小説で、その小説は作者の口からも、作者の友達の口からも、自然主義の名を以て吹聴ふいちょうせられた。Zolaゾラ が Leル Romanロマン exp※(アキュートアクセント付きE小文字)rimentalエクスペリマンタル で発表したような自然主義と同じだとは云われないが、また同じでないとも云われない。兎とに角かく因襲を脱して、自然に復かえろうとする文芸上の運動なのである。
 自然主義の小説というものの内容で、人の目に附いたのは、あらゆる因襲が消極的に否定せられて、積極的には何の建設せられる所もない事であった。この思想の方嚮ほうこうを一口に言えば、懐疑が修行で、虚無が成道じょうどうである。この方嚮から見ると、少しでも積極的な事を言うものは、時代後れの馬鹿ものか、そうでなければ嘘衝うそつきでなくてはならない。
 次に人の目に附いたのは、衝動生活、就中なかんずく性欲方面の生活を書くことに骨が折ってある事であった。それも西洋の近頃の作品のように色彩の濃いものではない。言わば今まで遠慮し勝ちにしてあった物が、さほど遠慮せずに書いてあるという位に過ぎない。
 自然主義の小説は、際立った処を言えば、先ずこの二つの特色を以て世間に現れて来て、自分達の説く所は新思想である、現代思想である、それを説いている自分達は新人である、現代人であると叫んだ。
そのうちにこういう小説がぽつぽつと禁止せられて来た。その趣意は、あんな消極的思想は安寧秩序を紊みだる、あんな衝動生活の叙述は風俗を壊乱するというのであった。
 丁度その頃この土地に革命者の運動が起っていて、例の椰子の殻の爆裂弾を持ち廻る人達の中に、パアシイ族の無政府主義者が少し交まじっていたのが発覚した。そしてこの Propagandeプロパガンド parパアル leル faitフェエ の連中が縛られると同時に、社会主義、共産主義、無政府主義なんぞに縁のある、ないし縁のありそうな出板物が、社会主義の書籍という符牒ふちょうの下に、安寧秩序を紊るものとして禁止せられることになった。
 この時禁止せられた出板物の中に、小説が交っていた。それは実際社会主義の思想で書いたものであって、自然主義の作品とは全く違っていたのである。
 しかしこの時から小説というものの中には、自然主義と社会主義とが這入はいっているということになった。
 そういう工合に、自然主義退治の火が偶然社会主義退治の風であおられると同時に、自然主義の側で禁止せられる出板物の範囲が次第に広がって来て、もう小説ばかりではなくなった。脚本も禁止せられる。抒情詩じょじょうしも禁止せられる。論文も禁止せられる。外国ものの翻訳も禁止せられる。
 そこで文字に書きあらわされてある、あらゆるものの中から、自然主義と社会主義とが捜されるということになった。文士だとか、文芸家だとか云えば、もしや自然主義者ではあるまいか、社会主義者ではあるまいかと、人に顔を覗のぞかれるようになった。
 文芸の世界は疑懼ぎくの世界となった。
この時パアシイ族のあるものが「危険なる洋書」という語を発明した。
 危険なる洋書が自然主義を媒介した。危険なる洋書が社会主義を媒介した。翻訳をするものは、そのまま危険物の受売うけうりをするのである。創作をするものは、西洋人の真似をして、舶来品まがいの危険物を製造するのである。
 安寧秩序を紊る思想は、危険なる洋書の伝えた思想である。風俗を壊乱する思想も、危険なる洋書の伝えた思想である。
 危険なる洋書が海を渡って来たのは Angraアングラ Mainyuマイニュウ の神の為業しわざである。
 危険なる洋書を読むものを殺せ。
 こういう趣意で、パアシイ族の間で、Pogromポグロム の二の舞が演ぜられた。そして沈黙の塔の上で、鴉が宴会をしているのである。

 新聞に殺された人達の略伝が出ていて、誰は何を読んだ、誰は何を翻訳したと、一々「危険なる洋書」の名を挙げてある。
 己はそれを読んで見て驚いた。
 Saintサン -Simonシモン のような人の書いた物を耽読たんどくしているとか、Marxマルクス の資本論を訳したとかいうので社会主義者にせられたり、Bakuninバクニン, Kropotkinクロポトキン を紹介したというので、無政府主義者にせられたとしても、読むもの訳するものが、必ずしもその主義を遵奉じゅんぽうするわけではないから、直ぐになるほどとは頷うなずかれないが、嫌疑を受ける理由だけはないとも云われまい。
 Casanovaカサノワ や Louvetルウェエ deド Couvrayクウルウェエ の本を訳して、風俗を壊乱すると云われたのなら、よしやそう云う本に文明史上の価値はあるとしても、遠慮が足りなかったというだけの事はあるだろう。
 しかし所謂いわゆる危険なる洋書とはそんな物を斥さして言っているのではない。
 ロシア文学で Tolstoiトルストイ のある文章を嫌うのは、無政府党が「我信仰」や「我懺悔わがざんげ」を主義宣伝に応用しているから、一応尤もっともだとも云われよう。小説や脚本には、世界中どこの国でも、格別けむたがっているような作はない。それを危険だとしてある。「戦争と平和」で、戦争に勝つのはえらい大将やえらい参謀が勝たせるのではなくて、勇猛な兵卒が勝たせるのだとしてあれば、この観察の土台になっている個人主義を危険だとするのである。そんな風に穿鑿せんさくをすると同時に、老伯が素食そしょくをするのは、土地で好い牛肉が得られないからだと、何十年と継続している伯の原始的生活をも、猜疑さいぎの目を以て視る。
Dostojewskiドストエウスキイ は「罪と償」で、社会に何の役にも立たない慾ばり婆々ばばあに金を持たせて置くには及ばないと云って殺す主人公を書いたから、所有権を尊重していない。これも危険である。それにあの男の作は癲癇てんかん病やみの譫語うわことに過ぎない。Gorkiゴルキイ は放浪生活にあこがれた作ばかりをしていて、社会の秩序を踏み附けている。これも危険である。それに実生活の上でも、籍を社会党に置いている。Artzibaschewアルチバシエフ は個人主義の元祖 Stirnerスチルネル を崇拝していて、革命家を主人公にした小説を多く出す。これも危険である。それに肺病で体が悪くなって、精神までが変調を来している。
 フランスとベルジックとの文学で、Maupassantモオパッサン の書いたものには、毒を以て毒を制するトルストイ伯の評のとおりに、なんのために書いたのだという趣意がない。無理想で、amoralアモラル である。狙ねらわずに鉄砲を打つほど危険な事はない。あの男はとうとう追躡ついじょう妄想で自殺してしまった。Maeterlinckマアテルリンク は Monnaモンナ Vannaワンナ のような奸通劇かんつうげきを書く。危険極まる。
 イタリアの文学で、D'Annunzioダヌンチオ は小説にも脚本にも、色彩の濃い筆を使って、性欲生活を幅広に写している。「死せる市」では兄と妹との間の恋をさえ書いた。これが危険でないなら、世の中に危険なものはあるまい。


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  • 果然还是上不了台面啊#女性向游戏##历史同人##乙游##小哨的游戏碎碎念#这条朋友圈有种平淡的幸福感真的戳到我了 石榴好红看着好好吃今天终于把星星卡着的关过了.
  • ”沈星回呛得不行,有时候女朋友想象力太丰富也是烦恼......“怎么了,快擦擦,”你拿起纸巾擦过他的下巴和喉结,“反应这么大干嘛,又不是你要自宫。你勾着他的脖子
  • ”他轻轻一击掌,大喊道:“来人,准备酒水,我要与文谦将军痛饮一番。一转眼已经过了这么久了,很荣幸作为一个爆米花在这里写下对你们想说的话。
  • 临近下课布置作业,Mr.Huang(他还不知道自己的中文名字) 很诚实地说,如果我不要求他们交作业,他们是不会写的[允悲]。哈哈带我的小熊猫下班了[太开心],昨