手巾(上)
芥川龍之介
東京帝国法科大学教授、長谷川謹造先生は、ヴエランダの籐椅子とういすに腰をかけて、ストリントベルクの作劇術ドラマトウルギイを読んでゐた。
先生の専門は、植民政策の研究である。従つて読者には、先生がドラマトウルギイを読んでゐると云ふ事が、聊いささか、唐突の感を与へるかも知れない。が、学者としてのみならず、教育家としても、令名れいめいある先生は、専門の研究に必要でない本でも、それが何等かの意味で、現代学生の思想なり、感情なりに、関係のある物は、暇のある限り、必かならず一応は、眼を通して置く。現に、昨今は、先生の校長を兼ねてゐる或高等専門学校の生徒が、愛読すると云ふ、唯、それだけの理由から、オスカア・ワイルドのデ・プロフンデイスとか、インテンシヨンズとか云ふ物さへ、一読の労を執つた。さう云ふ先生の事であるから、今読んでゐる本が、欧洲近代の戯曲及俳優を論じた物であるにしても、別に不思議がる所はない。何故と云へば、先生の薫陶くんたうを受けてゐる学生の中には、イブセンとか、ストリントベルクとか、乃至メエテルリンクとかの評論を書く学生が、ゐるばかりでなく、進んでは、さう云ふ近代の戯曲家の跡を追つて、作劇を一生の仕事にしようとする、熱心家さへゐるからである。
先生は、警抜な一章を読み了る毎に、黄いろい布表紙の本を、膝の上へ置いて、ヴエランダに吊してある岐阜提灯ぎふぢやうちんの方を、漫然と一瞥いちべつする。不思議な事に、さうするや否や、先生の思量しりやうは、ストリントベルクを離れてしまふ。その代り、一しよにその岐阜提灯を買ひに行つた、奥さんの事が、心に浮んで来る。先生は、留学中、米国で結婚をした。だから、奥さんは、勿論、亜米利加人である。が、日本と日本人とを愛する事は、先生と少しも変りがない。殊に、日本の巧緻なる美術工芸品は、少からず奥さんの気に入つてゐる。従つて、岐阜提灯をヴエランダにぶら下げたのも、先生の好みと云ふよりは、寧むしろ、奥さんの日本趣味が、一端を現したものと見て、然る可きであらう。
先生は、本を下に置く度に、奥さんと岐阜提灯と、さうして、その提灯によつて代表される日本の文明とを思つた。先生の信ずる所によると、日本の文明は、最近五十年間に、物質的方面では、可成かなり顕著な進歩を示してゐる。が、精神的には、殆ほとんど、これと云ふ程の進歩も認める事が出来ない。否、寧、或意味では、堕落してゐる。では、現代に於ける思想家の急務として、この堕落を救済する途みちを講ずるのには、どうしたらいいのであらうか。先生は、これを日本固有の武士道による外はないと論断した。武士道なるものは、決して偏狭なる島国民の道徳を以て、目せらるべきものでない。却かへつてその中には、欧米各国の基督教的精神と、一致すべきものさへある。この武士道によつて、現代日本の思潮に帰趣きしゆを知らしめる事が出来るならば、それは、独り日本の精神的文明に貢献する所があるばかりではない。延ひいては、欧米各国民と日本国民との相互の理解を容易にすると云ふ利益がある。或は国際間の平和も、これから促進されると云ふ事があるであらう。――先生は、日頃から、この意味に於て、自ら東西両洋の間に横はる橋梁けうりやうにならうと思つてゐる。かう云ふ先生にとつて、奥さんと岐阜提灯と、その提灯によつて代表される日本の文明とが、或調和を保つて、意識に上るのは決して不快な事ではない。
所が、何度かこんな満足を繰返してゐる中に、先生は、追々、読んでゐる中でも、思量がストリントベルクとは、縁の遠くなるのに気がついた。そこで、ちよいと、忌々いまいましさうに頭を振つて、それから又丹念に、眼を細こまかい活字の上へ曝さらしはじめた。すると、丁度、今読みかけた所にこんな事が書いてある。
――俳優が最も普通なる感情に対して、或一つの恰好な表現法を発見し、この方法によつて成功を贏かち得る時、彼は時宜じぎに適すると適せざるとを問はず、一面にはそれが楽である所から、又一面には、それによつて成功する所から、動ややもすればこの手段に赴かんとする。しかし夫それが即ち型マニイルなのである。……
先生は、由来、芸術――殊に演劇とは、風馬牛ふうばぎうの間柄である。日本の芝居でさへ、この年まで何度と数へる程しか、見た事がない。――嘗かつて或学生の書いた小説の中に、梅幸ばいかうと云ふ名が、出て来た事がある。流石さすが、博覧強記を以て自負してゐる先生にも、この名ばかりは何の事だかわからない。そこで序ついでの時に、その学生を呼んで、訊きいて見た。
――君、梅幸と云ふのは何だね。
――梅幸――ですか。梅幸と云ひますのは、当時、丸の内の帝国劇場の座附俳優で、唯今、太閤記たいかふき十段目の操みさをを勤めて居る役者です。
小倉こくらの袴をはいた学生は、慇懃いんぎんに、かう答へた。――だから、先生はストリントベルクが、簡勁かんけいな筆で論評を加へて居る各種の演出法に対しても、先生自身の意見と云ふものは、全然ない。唯、それが、先生の留学中、西洋で見た芝居の或るものを聯想させる範囲で、幾分か興味を持つ事が出来るだけである。云はば、中学の英語の教師が、イデイオムを探す為に、バアナアド・シヨウの脚本を読むと、別に大した相違はない。が、興味は、曲りなりにも、興味である。
ヴエランダの天井からは、まだ灯をともさない岐阜提灯が下つてゐる。さうして、籐椅子の上では、長谷川謹造先生が、ストリントベルクのドラマトウルギイを読んでゐる。自分は、これだけの事を書きさへすれば、それが、如何に日の長い初夏の午後であるか、読者は容易に想像のつく事だらうと思ふ。しかし、かう云つたからと云つて、決して先生が無聊ぶれうに苦しんでゐると云ふ訳ではない。さう解釈しようとする人があるならば、それは自分の書く心もちを、わざとシニカルに曲解しようとするものである。――現在、ストリントベルクさへ、先生は、中途でやめなければならなかつた。何故と云へば、突然、訪客を告げる小間使が、先生の清興を妨げてしまつたからである。世間は、いくら日が長くても、先生を忙殺しなければ、止やまないらしい。……
先生は、本を置いて、今し方小間使が持つて来た、小さな名刺を一瞥いちべつした。象牙紙に、細く西山篤子と書いてある。どうも、今までに逢つた事のある人では、ないらしい。交際の広い先生は、籐椅子を離れながら、それでも念の為に、一通り、頭の中の人名簿を繰つて見た。が、やはり、それらしい顔も、記憶に浮んで来ない。そこで、栞しをり代りに、名刺を本の間へはさんで、それを籐椅子の上に置くと、先生は、落着かない容子ようすで、銘仙の単衣ひとへの前を直しながら、ちよいと又、鼻の先の岐阜提灯へ眼をやつた。誰もさうであらうが、待たせてある客より、待たせて置く主人の方が、かう云ふ場合は多く待遠しい。尤もつとも、日頃から謹厳な先生の事だから、これが、今日のやうな未知の女客に対してでなくとも、さうだと云ふ事は、わざわざ断る必要もないであらう。
やがて、時刻をはかつて、先生は、応接室の扉をあけた。中へはいつて、おさへてゐたノツブを離すのと、椅子にかけてゐた四十恰好の婦人の立上つたのとが、殆ほとんど、同時である。客は、先生の判別を超越した、上品な鉄御納戸てつおなんどの単衣を着て、それを黒の絽ろの羽織が、胸だけ細く剰あました所に、帯止めの翡翠ひすゐを、涼しい菱の形にうき上らせてゐる。髪が、丸髷まるまげに結つてある事は、かう云ふ些事さじに無頓着な先生にも、すぐわかつた。日本人に特有な、丸顔の、琥珀こはく色の皮膚をした、賢母らしい婦人である。先生は、一瞥して、この客の顔を、どこかで見た事があるやうに思つた。
――私が長谷川です。
先生は、愛想よく、会釈ゑしやくした。かう云へば、逢つた事があるのなら、向うで云ひ出すだらうと思つたからである。
――私は、西山憲一郎の母でございます。
婦人は、はつきりした声で、かう名乗つて、それから、叮嚀に、会釈を返した。
西山憲一郎と云へば、先生も覚えてゐる。やはりイブセンやストリントベルクの評論を書く生徒の一人で、専門は確か独法だつたかと思ふが、大学へはいつてからも、よく思想問題を提ひつさげては、先生の許もとに出入した。それが、この春、腹膜炎に罹かかつて、大学病院へ入院したので、先生も序ついでながら、一二度見舞ひに行つてやつた事がある。この婦人の顔を、どこかで見た事があるやうに思つたのも、偶然ではない。あの眉の濃い、元気のいい青年と、この婦人とは、日本の俗諺ぞくげんが、瓜二つと形容するやうに、驚く程、よく似てゐるのである。
――はあ、西山君の……さうですか。
先生は、独りで頷うなづきながら、小さなテエブルの向うにある椅子を指した。
――どうか、あれへ。
婦人は、一応、突然の訪問を謝してから、又、叮嚀に礼をして、示された椅子に腰をかけた。その拍子に、袂から白いものを出したのは手巾ハンケチであらう。先生は、それを見ると、早速テエブルの上の朝鮮団扇うちはをすすめながら、その向う側の椅子に、座をしめた。
――結構なおすまひでございます。
婦人は、稍やや、わざとらしく、室へやの中を見廻した。
――いや、広いばかりで、一向かまひません。
かう云ふ挨拶に慣れた先生は、折から小間使の持つて来た冷茶を、客の前に直させながら、直すぐに話頭を相手の方へ転換した。
――西山君は如何いかがです。別段御容態に変りはありませんか。
――はい。
婦人は、つつましく両手を膝の上に重ねながら、ちよいと語ことばを切つて、それから、静にかう云つた。やはり、落着いた、滑なめらかな調子で云つたのである。
――実は、今日も伜せがれの事で上つたのでございますが、あれもとうとう、いけませんでございました。在生中は、いろいろ先生に御厄介になりまして……
婦人が手にとらないのを遠慮だと解釈した先生は、この時丁度、紅茶茶碗を口へ持つて行かうとしてゐた。なまじひに、くどく、すすめるよりは、自分で啜すすつて見せる方がいいと思つたからである。所が、まだ茶碗が、柔やはらかな口髭にとどかない中に、婦人の語ことばは、突然、先生の耳をおびやかした。茶を飲んだものだらうか、飲まないものだらうか。――かう云ふ思案が、青年の死とは、全く独立して、一瞬の間、先生の心を煩はした。が、何時いつまでも、持ち上げた茶碗を、片づけずに置く訳には行かない。そこで先生は思切つて、がぶりと半碗の茶を飲むと、心もち眉をひそめながら、むせるやうな声で、「そりやあ」と云つた。
――……病院に居りました間も、よくあれがお噂うはさなど致したものでございますから、お忙しからうとは存じましたが、お知らせかたがた、お礼を申上げようと思ひまして……
――いや、どうしまして。
先生は、茶碗を下へ置いて、その代りに青い蝋らふを引いた団扇をとりあげながら、憮然ぶぜんとして、かう云つた。
芥川龍之介
東京帝国法科大学教授、長谷川謹造先生は、ヴエランダの籐椅子とういすに腰をかけて、ストリントベルクの作劇術ドラマトウルギイを読んでゐた。
先生の専門は、植民政策の研究である。従つて読者には、先生がドラマトウルギイを読んでゐると云ふ事が、聊いささか、唐突の感を与へるかも知れない。が、学者としてのみならず、教育家としても、令名れいめいある先生は、専門の研究に必要でない本でも、それが何等かの意味で、現代学生の思想なり、感情なりに、関係のある物は、暇のある限り、必かならず一応は、眼を通して置く。現に、昨今は、先生の校長を兼ねてゐる或高等専門学校の生徒が、愛読すると云ふ、唯、それだけの理由から、オスカア・ワイルドのデ・プロフンデイスとか、インテンシヨンズとか云ふ物さへ、一読の労を執つた。さう云ふ先生の事であるから、今読んでゐる本が、欧洲近代の戯曲及俳優を論じた物であるにしても、別に不思議がる所はない。何故と云へば、先生の薫陶くんたうを受けてゐる学生の中には、イブセンとか、ストリントベルクとか、乃至メエテルリンクとかの評論を書く学生が、ゐるばかりでなく、進んでは、さう云ふ近代の戯曲家の跡を追つて、作劇を一生の仕事にしようとする、熱心家さへゐるからである。
先生は、警抜な一章を読み了る毎に、黄いろい布表紙の本を、膝の上へ置いて、ヴエランダに吊してある岐阜提灯ぎふぢやうちんの方を、漫然と一瞥いちべつする。不思議な事に、さうするや否や、先生の思量しりやうは、ストリントベルクを離れてしまふ。その代り、一しよにその岐阜提灯を買ひに行つた、奥さんの事が、心に浮んで来る。先生は、留学中、米国で結婚をした。だから、奥さんは、勿論、亜米利加人である。が、日本と日本人とを愛する事は、先生と少しも変りがない。殊に、日本の巧緻なる美術工芸品は、少からず奥さんの気に入つてゐる。従つて、岐阜提灯をヴエランダにぶら下げたのも、先生の好みと云ふよりは、寧むしろ、奥さんの日本趣味が、一端を現したものと見て、然る可きであらう。
先生は、本を下に置く度に、奥さんと岐阜提灯と、さうして、その提灯によつて代表される日本の文明とを思つた。先生の信ずる所によると、日本の文明は、最近五十年間に、物質的方面では、可成かなり顕著な進歩を示してゐる。が、精神的には、殆ほとんど、これと云ふ程の進歩も認める事が出来ない。否、寧、或意味では、堕落してゐる。では、現代に於ける思想家の急務として、この堕落を救済する途みちを講ずるのには、どうしたらいいのであらうか。先生は、これを日本固有の武士道による外はないと論断した。武士道なるものは、決して偏狭なる島国民の道徳を以て、目せらるべきものでない。却かへつてその中には、欧米各国の基督教的精神と、一致すべきものさへある。この武士道によつて、現代日本の思潮に帰趣きしゆを知らしめる事が出来るならば、それは、独り日本の精神的文明に貢献する所があるばかりではない。延ひいては、欧米各国民と日本国民との相互の理解を容易にすると云ふ利益がある。或は国際間の平和も、これから促進されると云ふ事があるであらう。――先生は、日頃から、この意味に於て、自ら東西両洋の間に横はる橋梁けうりやうにならうと思つてゐる。かう云ふ先生にとつて、奥さんと岐阜提灯と、その提灯によつて代表される日本の文明とが、或調和を保つて、意識に上るのは決して不快な事ではない。
所が、何度かこんな満足を繰返してゐる中に、先生は、追々、読んでゐる中でも、思量がストリントベルクとは、縁の遠くなるのに気がついた。そこで、ちよいと、忌々いまいましさうに頭を振つて、それから又丹念に、眼を細こまかい活字の上へ曝さらしはじめた。すると、丁度、今読みかけた所にこんな事が書いてある。
――俳優が最も普通なる感情に対して、或一つの恰好な表現法を発見し、この方法によつて成功を贏かち得る時、彼は時宜じぎに適すると適せざるとを問はず、一面にはそれが楽である所から、又一面には、それによつて成功する所から、動ややもすればこの手段に赴かんとする。しかし夫それが即ち型マニイルなのである。……
先生は、由来、芸術――殊に演劇とは、風馬牛ふうばぎうの間柄である。日本の芝居でさへ、この年まで何度と数へる程しか、見た事がない。――嘗かつて或学生の書いた小説の中に、梅幸ばいかうと云ふ名が、出て来た事がある。流石さすが、博覧強記を以て自負してゐる先生にも、この名ばかりは何の事だかわからない。そこで序ついでの時に、その学生を呼んで、訊きいて見た。
――君、梅幸と云ふのは何だね。
――梅幸――ですか。梅幸と云ひますのは、当時、丸の内の帝国劇場の座附俳優で、唯今、太閤記たいかふき十段目の操みさをを勤めて居る役者です。
小倉こくらの袴をはいた学生は、慇懃いんぎんに、かう答へた。――だから、先生はストリントベルクが、簡勁かんけいな筆で論評を加へて居る各種の演出法に対しても、先生自身の意見と云ふものは、全然ない。唯、それが、先生の留学中、西洋で見た芝居の或るものを聯想させる範囲で、幾分か興味を持つ事が出来るだけである。云はば、中学の英語の教師が、イデイオムを探す為に、バアナアド・シヨウの脚本を読むと、別に大した相違はない。が、興味は、曲りなりにも、興味である。
ヴエランダの天井からは、まだ灯をともさない岐阜提灯が下つてゐる。さうして、籐椅子の上では、長谷川謹造先生が、ストリントベルクのドラマトウルギイを読んでゐる。自分は、これだけの事を書きさへすれば、それが、如何に日の長い初夏の午後であるか、読者は容易に想像のつく事だらうと思ふ。しかし、かう云つたからと云つて、決して先生が無聊ぶれうに苦しんでゐると云ふ訳ではない。さう解釈しようとする人があるならば、それは自分の書く心もちを、わざとシニカルに曲解しようとするものである。――現在、ストリントベルクさへ、先生は、中途でやめなければならなかつた。何故と云へば、突然、訪客を告げる小間使が、先生の清興を妨げてしまつたからである。世間は、いくら日が長くても、先生を忙殺しなければ、止やまないらしい。……
先生は、本を置いて、今し方小間使が持つて来た、小さな名刺を一瞥いちべつした。象牙紙に、細く西山篤子と書いてある。どうも、今までに逢つた事のある人では、ないらしい。交際の広い先生は、籐椅子を離れながら、それでも念の為に、一通り、頭の中の人名簿を繰つて見た。が、やはり、それらしい顔も、記憶に浮んで来ない。そこで、栞しをり代りに、名刺を本の間へはさんで、それを籐椅子の上に置くと、先生は、落着かない容子ようすで、銘仙の単衣ひとへの前を直しながら、ちよいと又、鼻の先の岐阜提灯へ眼をやつた。誰もさうであらうが、待たせてある客より、待たせて置く主人の方が、かう云ふ場合は多く待遠しい。尤もつとも、日頃から謹厳な先生の事だから、これが、今日のやうな未知の女客に対してでなくとも、さうだと云ふ事は、わざわざ断る必要もないであらう。
やがて、時刻をはかつて、先生は、応接室の扉をあけた。中へはいつて、おさへてゐたノツブを離すのと、椅子にかけてゐた四十恰好の婦人の立上つたのとが、殆ほとんど、同時である。客は、先生の判別を超越した、上品な鉄御納戸てつおなんどの単衣を着て、それを黒の絽ろの羽織が、胸だけ細く剰あました所に、帯止めの翡翠ひすゐを、涼しい菱の形にうき上らせてゐる。髪が、丸髷まるまげに結つてある事は、かう云ふ些事さじに無頓着な先生にも、すぐわかつた。日本人に特有な、丸顔の、琥珀こはく色の皮膚をした、賢母らしい婦人である。先生は、一瞥して、この客の顔を、どこかで見た事があるやうに思つた。
――私が長谷川です。
先生は、愛想よく、会釈ゑしやくした。かう云へば、逢つた事があるのなら、向うで云ひ出すだらうと思つたからである。
――私は、西山憲一郎の母でございます。
婦人は、はつきりした声で、かう名乗つて、それから、叮嚀に、会釈を返した。
西山憲一郎と云へば、先生も覚えてゐる。やはりイブセンやストリントベルクの評論を書く生徒の一人で、専門は確か独法だつたかと思ふが、大学へはいつてからも、よく思想問題を提ひつさげては、先生の許もとに出入した。それが、この春、腹膜炎に罹かかつて、大学病院へ入院したので、先生も序ついでながら、一二度見舞ひに行つてやつた事がある。この婦人の顔を、どこかで見た事があるやうに思つたのも、偶然ではない。あの眉の濃い、元気のいい青年と、この婦人とは、日本の俗諺ぞくげんが、瓜二つと形容するやうに、驚く程、よく似てゐるのである。
――はあ、西山君の……さうですか。
先生は、独りで頷うなづきながら、小さなテエブルの向うにある椅子を指した。
――どうか、あれへ。
婦人は、一応、突然の訪問を謝してから、又、叮嚀に礼をして、示された椅子に腰をかけた。その拍子に、袂から白いものを出したのは手巾ハンケチであらう。先生は、それを見ると、早速テエブルの上の朝鮮団扇うちはをすすめながら、その向う側の椅子に、座をしめた。
――結構なおすまひでございます。
婦人は、稍やや、わざとらしく、室へやの中を見廻した。
――いや、広いばかりで、一向かまひません。
かう云ふ挨拶に慣れた先生は、折から小間使の持つて来た冷茶を、客の前に直させながら、直すぐに話頭を相手の方へ転換した。
――西山君は如何いかがです。別段御容態に変りはありませんか。
――はい。
婦人は、つつましく両手を膝の上に重ねながら、ちよいと語ことばを切つて、それから、静にかう云つた。やはり、落着いた、滑なめらかな調子で云つたのである。
――実は、今日も伜せがれの事で上つたのでございますが、あれもとうとう、いけませんでございました。在生中は、いろいろ先生に御厄介になりまして……
婦人が手にとらないのを遠慮だと解釈した先生は、この時丁度、紅茶茶碗を口へ持つて行かうとしてゐた。なまじひに、くどく、すすめるよりは、自分で啜すすつて見せる方がいいと思つたからである。所が、まだ茶碗が、柔やはらかな口髭にとどかない中に、婦人の語ことばは、突然、先生の耳をおびやかした。茶を飲んだものだらうか、飲まないものだらうか。――かう云ふ思案が、青年の死とは、全く独立して、一瞬の間、先生の心を煩はした。が、何時いつまでも、持ち上げた茶碗を、片づけずに置く訳には行かない。そこで先生は思切つて、がぶりと半碗の茶を飲むと、心もち眉をひそめながら、むせるやうな声で、「そりやあ」と云つた。
――……病院に居りました間も、よくあれがお噂うはさなど致したものでございますから、お忙しからうとは存じましたが、お知らせかたがた、お礼を申上げようと思ひまして……
――いや、どうしまして。
先生は、茶碗を下へ置いて、その代りに青い蝋らふを引いた団扇をとりあげながら、憮然ぶぜんとして、かう云つた。
#八木勇征[超话]#
【FANTASTICS・八木勇征さん】掃除機がけ、クイックルワイパー、ゴミ捨ては、毎朝のルーティン!?
八木勇征のOFFの顔
「休日は堕落しています」とオンとは別の一面を教えてくれた八木くん。自分ファーストで過ごすオフ時間に欠かせないこととは――。
8.モーニングルーティン
どんなに忙しくても、朝は必ず掃除から始まります。部屋が乱れていると自分も荒んでいくような気がするし、無理矢理でも掃除しておくと、自分は正常だって言い聞かせられる。掃除機がけ、クイックルワイパー、ゴミ捨ては、毎朝のルーティンです。
9.週5でサウナ
サウナにはほぼ毎日行きます。仕事の宿泊先でもサウナを探すし、2時間空いたら仕事の合間に行くこともあります。サウナに入っていると、より深く呼吸できるし、周りの音や匂いを感じられて、五感が研ぎ澄まされるのが心地いい。欠かせないリフレッシュ法です。
10.理想の休日の過ごし方
まだ行ったことがないので、グランピングは2024年の休日にやりたいことのひとつです。今幸せだなと思うのは、好きな人たちと会っている時間。メンバーもですが、利久(萩原利久さん)、央士(鈴鹿央士さん)、三浦翔平さん、桜井ユキさん、りょうにい(山田涼介さん)と、人付き合いは割と広めで、周りには素敵な人ばかり。人と会うことがインプットの時間になっています。
11.パワーの源は食べること
炊飯器で炊くごはんの美味しさに目覚めて、ずっと使っていなかった炊飯器が大活躍中。次の日も見越してたくさん炊きますが、大体1日でなくなります。もし一緒に住む人がいたら驚くと思います。
12.実は…“麺類”大好き
ラーメン、蕎麦、パスタの麺類が好き。時間があるときは自炊もします。以前は味付けに失敗していましたが、最近はパスタも上手に作れるようになってきました。シーフードとかオイル系のパスタとか。ズッキーニとバジルを入れておけば、大体いい感じに仕上がるという学びも得ました。
13.家で一番落ち着く場所
家で一番落ち着くのは、ヨギボーに埋まっているとき(笑)。心地いい音楽を聴きながら、何も考えずに横になっている時間が幸せ。仕事の日は、どんなに朝が早くても出発の2時間前に起きて、掃除とサウナをこなしますが、休日は掃除もしません。自分にタスクを課さずに「何もしない時間」を過ごしています。
14.ゲームとYouTube
今やっているゲームは、ポケモンと原神です。家ではYouTubeとNetflixもよく見ます。ハマっているのは、すしらーめん《りく》さん。発想がすごくて、ひとりで見て爆笑してます(笑)。佐藤健さんのYouTubeもチェックします。
ONの顔とOFFの顔、2つのジャンルに分けて14のトピックで八木くんの素顔に迫った誌面インタビュー。熱くたっぷりさまざまな話題を語ってくれたため、実は誌面には載せきれなかったトピックスが…! 八木くんのお仕事観やメンバーへの想いなど、ここだけで読めるスペシャルトークを大公開。
—CLASSY.読者はちょうどアラサーで、キャリアの作り方に悩む人も多いです。八木さんは、お仕事で悩むことはありますか?
僕は悩むことがないんです。だからこそ、悩めるって贅沢なことだと思います。そのことに対して正面から向き合えている証拠だし、どうでもいいことだったらきっと悩まない。だからと言って、僕がどうでもいいことをやっているわけじゃないですよ(笑)。でも、悩むくらい熱量を持って取り組めていることがあるのは、自分にとって間違いなくプラスになる。だから「自分にはこれだけ熱中できるものがある」って、自信にしていいんじゃないかなと思います。悩む時間を通じて、それまで自分が考えてこなかったことにも思いが至るし、今後の糧にもなるはず。ただ、自分が苦しくならない程度に向き合って欲しいです。僕は多くの人のモチベーションになれるようにがんばっているので、辛くなったら作品を見たり、FANTASTICSの曲を聴いて、気分を上げてもらえたらうれしいです。
—12月5日にデビュー5周年を迎えた、FANTASTICS。デビュー当時と今で変わったメンバーはどなたですか?
いちばん変わったのは、慧ちゃん(=木村慧人さん)。いい意味ですごく変わったと思います。昔から真面目ですが、最近はより何事にも一生懸命で応援したくなる。いじられ&愛されキャラで可愛い存在です。関係性で言うと、圧倒的に距離感が変わったのは、(佐藤)大樹くんかな。2023年の正月も一緒に旅行に行ったくらい、距離が近くなったと思います。大樹くん、僕のことが大好きなんですよ。僕も大好きですけど(笑)。
—2024年の目標を教えてください。
グループとしては、アリーナツアーを控えているので、いろんな場所で思い出を作っていきたいです。あとは、FANTASTICSといえばこの曲! というヒット曲を生み出したいな、という想いも強いです。役者としては引き続きドラマや映画に出演し続けたいし、舞台にも挑戦したい。大河ドラマに出ることも、長年の目標です。海外でもファンの方がたくさん待ってくれているので、2024年は会いに行きたいと思っています。
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8.モーニングルーティン
どんなに忙しくても、朝は必ず掃除から始まります。部屋が乱れていると自分も荒んでいくような気がするし、無理矢理でも掃除しておくと、自分は正常だって言い聞かせられる。掃除機がけ、クイックルワイパー、ゴミ捨ては、毎朝のルーティンです。
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サウナにはほぼ毎日行きます。仕事の宿泊先でもサウナを探すし、2時間空いたら仕事の合間に行くこともあります。サウナに入っていると、より深く呼吸できるし、周りの音や匂いを感じられて、五感が研ぎ澄まされるのが心地いい。欠かせないリフレッシュ法です。
10.理想の休日の過ごし方
まだ行ったことがないので、グランピングは2024年の休日にやりたいことのひとつです。今幸せだなと思うのは、好きな人たちと会っている時間。メンバーもですが、利久(萩原利久さん)、央士(鈴鹿央士さん)、三浦翔平さん、桜井ユキさん、りょうにい(山田涼介さん)と、人付き合いは割と広めで、周りには素敵な人ばかり。人と会うことがインプットの時間になっています。
11.パワーの源は食べること
炊飯器で炊くごはんの美味しさに目覚めて、ずっと使っていなかった炊飯器が大活躍中。次の日も見越してたくさん炊きますが、大体1日でなくなります。もし一緒に住む人がいたら驚くと思います。
12.実は…“麺類”大好き
ラーメン、蕎麦、パスタの麺類が好き。時間があるときは自炊もします。以前は味付けに失敗していましたが、最近はパスタも上手に作れるようになってきました。シーフードとかオイル系のパスタとか。ズッキーニとバジルを入れておけば、大体いい感じに仕上がるという学びも得ました。
13.家で一番落ち着く場所
家で一番落ち着くのは、ヨギボーに埋まっているとき(笑)。心地いい音楽を聴きながら、何も考えずに横になっている時間が幸せ。仕事の日は、どんなに朝が早くても出発の2時間前に起きて、掃除とサウナをこなしますが、休日は掃除もしません。自分にタスクを課さずに「何もしない時間」を過ごしています。
14.ゲームとYouTube
今やっているゲームは、ポケモンと原神です。家ではYouTubeとNetflixもよく見ます。ハマっているのは、すしらーめん《りく》さん。発想がすごくて、ひとりで見て爆笑してます(笑)。佐藤健さんのYouTubeもチェックします。
ONの顔とOFFの顔、2つのジャンルに分けて14のトピックで八木くんの素顔に迫った誌面インタビュー。熱くたっぷりさまざまな話題を語ってくれたため、実は誌面には載せきれなかったトピックスが…! 八木くんのお仕事観やメンバーへの想いなど、ここだけで読めるスペシャルトークを大公開。
—CLASSY.読者はちょうどアラサーで、キャリアの作り方に悩む人も多いです。八木さんは、お仕事で悩むことはありますか?
僕は悩むことがないんです。だからこそ、悩めるって贅沢なことだと思います。そのことに対して正面から向き合えている証拠だし、どうでもいいことだったらきっと悩まない。だからと言って、僕がどうでもいいことをやっているわけじゃないですよ(笑)。でも、悩むくらい熱量を持って取り組めていることがあるのは、自分にとって間違いなくプラスになる。だから「自分にはこれだけ熱中できるものがある」って、自信にしていいんじゃないかなと思います。悩む時間を通じて、それまで自分が考えてこなかったことにも思いが至るし、今後の糧にもなるはず。ただ、自分が苦しくならない程度に向き合って欲しいです。僕は多くの人のモチベーションになれるようにがんばっているので、辛くなったら作品を見たり、FANTASTICSの曲を聴いて、気分を上げてもらえたらうれしいです。
—12月5日にデビュー5周年を迎えた、FANTASTICS。デビュー当時と今で変わったメンバーはどなたですか?
いちばん変わったのは、慧ちゃん(=木村慧人さん)。いい意味ですごく変わったと思います。昔から真面目ですが、最近はより何事にも一生懸命で応援したくなる。いじられ&愛されキャラで可愛い存在です。関係性で言うと、圧倒的に距離感が変わったのは、(佐藤)大樹くんかな。2023年の正月も一緒に旅行に行ったくらい、距離が近くなったと思います。大樹くん、僕のことが大好きなんですよ。僕も大好きですけど(笑)。
—2024年の目標を教えてください。
グループとしては、アリーナツアーを控えているので、いろんな場所で思い出を作っていきたいです。あとは、FANTASTICSといえばこの曲! というヒット曲を生み出したいな、という想いも強いです。役者としては引き続きドラマや映画に出演し続けたいし、舞台にも挑戦したい。大河ドラマに出ることも、長年の目標です。海外でもファンの方がたくさん待ってくれているので、2024年は会いに行きたいと思っています。
ファウスト (ゲーテ)
15世紀から16世紀頃のドイツに実在したと言われる、高名な錬金術師ドクトル・ファウストゥスの伝説を下敷きとして、ゲーテがほぼその一生を掛けて完成させた大作である。ファウスト博士は、錬金術や占星術を使う黒魔術師であるとの噂に包まれ、悪魔と契約して最後には魂を奪われ体を四散されたと云う奇怪な伝説、風聞が囁かれていた。ゲーテは子供の頃、旅回り一座の人形劇「ファウスト博士」を観たといい、若い頃からこの伝承に並々ならぬ興味を抱いていた。そして、こうした様々なファウスト伝説に取材し、努力し続ける事を止めない彼を主人公とする長大な戯曲を書き上げた(なお、主人公の名前は「幸福な、祝福された」を意味するラテン語のfaustusに由来する。ドイツ語で「拳骨、砲」を意味するFaustと一致するが、偶然の一致にすぎない)。
尚、人形芝居ファウストに関する最古の記録は、1746年のハンブルクでの公演である。芝居の台本は十種程が現存し、その内、カール・ジムロック編の台本は「ドイツ民衆本の世界III」(国書刊行会)に訳出されている。この人形芝居の基となっているのは、クリストファー・マーロウの戯曲『フォースタス博士の悲劇』(1592年頃初演)であり、マーロウが基にしたのはヨーハン・シューピース『実伝ヨーハン・ファウスト博士』(1587年刊)の英訳であった。
あらすじ
プロローグ
献辞と前戯
戯曲『ファウスト』はまず、1797年になって初稿『原ファウスト』(Urfaust)から20年ののちにこの作品を再び世に送るにあたり、ゲーテがその心境を告白した「献ぐる詞」から始まる。次に、インドの詩人カーリダーサ(5世紀)作の戯曲『シャクンタラー』に影響を受けたゲーテによって、その体裁にならって同年に書き加えられた「劇場での前戯」(Vorspiel des Theaters)が続き、「天上の序曲」(Prolog im Himmel)に至っていよいよ悲劇の本筋に入る。
天上の序曲
天使たち(ラファエル、ミカエル、ガブリエル)の合唱と共に壮麗に幕開けられた舞台に、誘惑の悪魔メフィストーフェレス(以下メフィスト)が滑稽な台詞回しでひょっこりと現れ、主(神)に対して一つの賭けを持ち掛ける。メフィストは「人間どもは、あなたから与えられた理性をろくな事に使っていやしないじゃないですか」と嘲り、主はそれに対して「常に向上の努力を成す者」の代表としてファウスト博士を挙げ、「今はまだ混乱した状態で生きているが、いずれは正しい道へと導いてやるつもりである」と述べる。メフィストはそれを面白がり、ファウストの魂を悪の道へと引き摺り込めるかどうかの賭けを持ちかける。主は、「人間は努力するかぎり迷うもの」と答えてその賭けに乗り、かくしてメフィストはファウストを誘惑することとなる。
第一部
ファウストが悪魔メフィストと出会い、死後の魂の服従を交換条件に、現世で人生のあらゆる快楽や悲哀を体験させるという契約を交わす。ファウストは素朴な街娘グレートヒェンと恋をし、とうとう子供を身籠らせる。そして逢引の邪魔となる彼女の母親を毒殺し、彼女の兄をも決闘の末に殺す。そうして魔女の祭典「ワルプルギスの夜」に参加して帰ってくると、赤子殺しの罪で逮捕された彼女との悲しい別れが待っていた。
第二部
皇帝の下に仕えるファウストは、メフィストの助けを借りて国家の経済再建を果たす。その後、絶世の美女ヘレネーを求めて、人造人間ホムンクルスやメフィスト達と共にギリシャ神話の世界へと旅立つ。ファウストはヘレネーと結婚し、一男を儲けるが、血気に逸るその息子はやがて死んでしまう。現実世界に帰って来たファウストは、巧みな戦術で皇帝を戦勝へと導き、広大な所領を授けられる。やがて海を埋め立てる大事業に乗り出すが、灰色の女「憂い」によって両眼を失明させられる。そしてメフィストと手下の悪魔達が墓穴を掘る音を、民衆の弛まぬ鋤鍬の音だと信じ込み、その時に夢想する幸福な瞬間について「この瞬間が止まってほしい」とも言えるのだと云う想いを抱きながら死ぬ。その魂は、賭けに勝ったから自分の物だとするメフィストフェレスの意に反して、かつての恋人グレートヒェンの天上での祈りによって救済される。
15世紀から16世紀頃のドイツに実在したと言われる、高名な錬金術師ドクトル・ファウストゥスの伝説を下敷きとして、ゲーテがほぼその一生を掛けて完成させた大作である。ファウスト博士は、錬金術や占星術を使う黒魔術師であるとの噂に包まれ、悪魔と契約して最後には魂を奪われ体を四散されたと云う奇怪な伝説、風聞が囁かれていた。ゲーテは子供の頃、旅回り一座の人形劇「ファウスト博士」を観たといい、若い頃からこの伝承に並々ならぬ興味を抱いていた。そして、こうした様々なファウスト伝説に取材し、努力し続ける事を止めない彼を主人公とする長大な戯曲を書き上げた(なお、主人公の名前は「幸福な、祝福された」を意味するラテン語のfaustusに由来する。ドイツ語で「拳骨、砲」を意味するFaustと一致するが、偶然の一致にすぎない)。
尚、人形芝居ファウストに関する最古の記録は、1746年のハンブルクでの公演である。芝居の台本は十種程が現存し、その内、カール・ジムロック編の台本は「ドイツ民衆本の世界III」(国書刊行会)に訳出されている。この人形芝居の基となっているのは、クリストファー・マーロウの戯曲『フォースタス博士の悲劇』(1592年頃初演)であり、マーロウが基にしたのはヨーハン・シューピース『実伝ヨーハン・ファウスト博士』(1587年刊)の英訳であった。
あらすじ
プロローグ
献辞と前戯
戯曲『ファウスト』はまず、1797年になって初稿『原ファウスト』(Urfaust)から20年ののちにこの作品を再び世に送るにあたり、ゲーテがその心境を告白した「献ぐる詞」から始まる。次に、インドの詩人カーリダーサ(5世紀)作の戯曲『シャクンタラー』に影響を受けたゲーテによって、その体裁にならって同年に書き加えられた「劇場での前戯」(Vorspiel des Theaters)が続き、「天上の序曲」(Prolog im Himmel)に至っていよいよ悲劇の本筋に入る。
天上の序曲
天使たち(ラファエル、ミカエル、ガブリエル)の合唱と共に壮麗に幕開けられた舞台に、誘惑の悪魔メフィストーフェレス(以下メフィスト)が滑稽な台詞回しでひょっこりと現れ、主(神)に対して一つの賭けを持ち掛ける。メフィストは「人間どもは、あなたから与えられた理性をろくな事に使っていやしないじゃないですか」と嘲り、主はそれに対して「常に向上の努力を成す者」の代表としてファウスト博士を挙げ、「今はまだ混乱した状態で生きているが、いずれは正しい道へと導いてやるつもりである」と述べる。メフィストはそれを面白がり、ファウストの魂を悪の道へと引き摺り込めるかどうかの賭けを持ちかける。主は、「人間は努力するかぎり迷うもの」と答えてその賭けに乗り、かくしてメフィストはファウストを誘惑することとなる。
第一部
ファウストが悪魔メフィストと出会い、死後の魂の服従を交換条件に、現世で人生のあらゆる快楽や悲哀を体験させるという契約を交わす。ファウストは素朴な街娘グレートヒェンと恋をし、とうとう子供を身籠らせる。そして逢引の邪魔となる彼女の母親を毒殺し、彼女の兄をも決闘の末に殺す。そうして魔女の祭典「ワルプルギスの夜」に参加して帰ってくると、赤子殺しの罪で逮捕された彼女との悲しい別れが待っていた。
第二部
皇帝の下に仕えるファウストは、メフィストの助けを借りて国家の経済再建を果たす。その後、絶世の美女ヘレネーを求めて、人造人間ホムンクルスやメフィスト達と共にギリシャ神話の世界へと旅立つ。ファウストはヘレネーと結婚し、一男を儲けるが、血気に逸るその息子はやがて死んでしまう。現実世界に帰って来たファウストは、巧みな戦術で皇帝を戦勝へと導き、広大な所領を授けられる。やがて海を埋め立てる大事業に乗り出すが、灰色の女「憂い」によって両眼を失明させられる。そしてメフィストと手下の悪魔達が墓穴を掘る音を、民衆の弛まぬ鋤鍬の音だと信じ込み、その時に夢想する幸福な瞬間について「この瞬間が止まってほしい」とも言えるのだと云う想いを抱きながら死ぬ。その魂は、賭けに勝ったから自分の物だとするメフィストフェレスの意に反して、かつての恋人グレートヒェンの天上での祈りによって救済される。
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