エウクレイデス
生涯
エウクレイデスは紀元前330年頃から紀元前275年頃を生きたとされるが、その生涯についてはほとんど何もわかっていない。実際、主要な文献はエウクレイデスの数世紀後のプロクルスやパップスの著作しかない。プロクルスのエウクレイデスについての記述は『ユークリッド原論第1巻注釈』に簡単にあるだけで、これは紀元5世紀に書かれたものである。それによると、エウクレイデスは『原論』の著者で、アルキメデスが彼に言及しており、プトレマイオス1世が彼に「幾何学を学ぶのに『原論』よりも近道はないか?」と聞いたところ、彼は「幾何学に王道なし」と答えたとされている。アルキメデスによるエウクレイデスへの言及と称されるものは、後世の編集による挿入だと見られているが、エウクレイデスの著作がアルキメデスの著作より古いことは確実とされている。「王道」の逸話も、メナイクモスとアレクサンドロス3世の逸話にそっくりであり、本当かどうか疑問がある。
もうひとつの重要な文献としてパップスのものがあるが、こちらにはペルガのアポロニウスについて言及する際に「(彼は)アレクサンドリアのエウクレイデスの弟子たちと長く一緒に過ごし、そこでそのような科学的思考法を身につけた」とある。
その他に有名な逸話としては、ユークリッドに数学を学んでいたある男が「これらの命題をすることで何の役に立つのですか」と言う問いに対し、使用人を呼び「この男にお金を与えなさい。彼は学んだものから利益を得ようとしているから」と答えた。当時の数学の目的は何か実用に役立つためのものではなく「それ自身の美しさのため」にあったのである。
16世紀後半になると、エウクレイデスの著作はイエズス会を通じて中国の明にも伝えられた。イエズス会士のマテオ・リッチは、徐光啓との共同作業を通じて著作を漢訳し、1607年に『幾何原本』を刊行した。
実在性
エウクレイデスという名はギリシア語で「よき栄光」を意味する。「原論」の内容が、1人で書くにしてはあまりに膨大であることから、その実在を疑う説もあり、それによると『原論』は複数人による共著であり、エウクレイデスは共同筆名とされる。
エウクレイデスは、生没年も死因も一切不明であり、同時代人の有名人との関係からおおまかに推測されているだけである。肖像や外見の記録も後世に伝わっていないことから、エウクレイデスとされる絵画や彫像は全て、芸術家たちによる想像図である。
ローマのバチカン宮殿にあるラファエロの有名な壁画「アテナイの学堂」にも、プラトンとアリストテレスが降りてくる階段の足元で、コンパスを使って図形を描いている姿が描かれている。
著作
原論
『原論』に書かれていることの多くはもっと以前の数学者の成果に由来するが、エウクレイデスの功績はそれらを1つにまとめて提示し、一貫した論理的枠組みを構築して厳密な数学的証明を行っている点にある。
現存する初期の『原論』の写本にはエウクレイデスへの言及がなく、多くの写本には「テオンの版より」あるいは「テオンの講義集」とある。また、バチカンが保管している第一級の写本には、作者についての言及が全くない。エウクレイデスが『原論』を書いたとする際の唯一の根拠は、プロクルスの注釈本である。
『原論』には幾何学だけでなく、数論についての記述もある。完全数とメルセンヌ数の関係、素数が無限に存在すること、因数分解についてのユークリッドの補題(ここから素因数分解の一意性についての算術の基本定理が導かれる)、2つの数の最大公約数を捜すユークリッドの互除法などが含まれる。
『原論』にある幾何学体系は長い間単に「幾何学」と呼ばれ、唯一の幾何学だとみなされており、論証に穴はないと思われていた。しかし、19世紀の「非ユークリッド幾何学」の発見をきっかけに、数学の基礎がより整備されると、幾何学には様々な体系が可能であること、ユークリッドの公理系には不足している公理があることが判明した。公理的な体系の作り方も見直され、「公理」「公準」はともに公理とされ、例えば「点」の定義のように、証明の中で用いられない定義は姿を消した。『原論』の議論には、現代的な視点からは無用な遠回りも散見される。こういった違いは、必ずしも全て不備によるものではなく、当時の幾何学についての考え方が現在と異なっていたことが指摘される。
今では、ユークリッドが対象とした幾何学を、現代的に見直したものを「ユークリッド幾何学」と呼ぶ。
その他の著作
『原論』に加えて、エウクレイデスの著作とされているものが5作現存している。いずれも『原論』と論理構造は同じであり、定義と命題の証明で構成される。
デドメナ/ダータ (Data)
幾何問題における与えられた情報の性質と意味を扱っている。その主題は『原論』の最初の4巻と密接に関連している。
図形分割論 (On Divisions of Figures)
アラビア語訳が部分的に現存している。幾何学図形を指定された比で2つ以上に分割する問題を扱っている。紀元3世紀ごろのアレクサンドリアのヘロンの著作に似ている。
カトプトリカ (Catoptrics)
鏡についての数学的理論、特に平面鏡や球面の凹面鏡の上に形成される像についての著作である。エウクレイデスの著作かどうかは疑わしい。アレクサンドリアのテオンの作とする説もある。
パエノメナ (Phaenomena)
球面天文学についての論文で、ギリシャ語版が現存している。紀元前310年ごろ活躍したピタネのアウトリュコスの『運動する球体について』に酷似している。
オプティカ (Optics)
透視図法についての最古の現存するギリシャ語の著作。この中では視覚は目から出ている離散的な光線によるものだというプラトン学派の説を踏襲している。重要なのは4番目の定義で、「より大きな角度で見える物は大きく、より小さな角度で見える物は小さく、同じ角度で見える物は同じである」としている。その後の36の命題で、物体の見た目の大きさと距離とを関係付け、様々な角度から円柱と円錐を見たときの見え方を考察している。命題45では、実際の大きさが異なる2つの物体があるとき、それらが同じ大きさに見える地点が必ず存在するとしている。パップスはこれを天文学においても重要だと考え、エウクレイデスのオプティカをパエノメナと共に、クラウディオス・プトレマイオスの『アルマゲスト』の前に学ぶべきものとした。
次に挙げる著作はエウクレイデスのものとされているが、現存しない。
円錐曲線論 (Conics)
円錐曲線についての著作で、後にペルガのアポロニウスがこの主題を発展させた。アポロニウスの初期の4作はエウクレイデスの著作に基づいていると見られる。パップスによれば、「アポロニウスはエウクレイデスの円錐曲線についての4巻に自身の4巻を追加し、『円錐曲線』全8巻を完成させた」としている。アポロニウスの著作は瞬く間に広まり、パップスのころにはエウクレイデスの著作は既に現存しなかった。
ポリスマタ (Porisms)
円錐曲線についての著作から派生した内容という説もあるが、詳しいことは書名の意味も含めてよく分かっていない。
誤謬推理論 (Pseudaria または Book of Fallacies)
推論上の誤り(誤謬)についての初歩的教科書。
曲面軌跡論 (Surface Loci)
平面上の軌跡 (loci) または、何らかの曲面をなす軌跡を扱ったものと見られる。二次曲面を扱っていたという説もある。
アラビア語の文献によれば、エウクレイデスは力学に関する著書も残していたという。On the Heavy and the Light には9つの定義と5つの命題があり、アリストテレス学派の物体の運動と比重の概念を扱っていた。On the Balance ではてこを扱っている。また、別の断片ではてこの先端が描く円について論じている。これら3つの断片は相互に補い合っていることから、エウクレイデスが書いた力学についての1つの著作の断片ではなかったかという説も示唆されている。
欧几里得(希腊文:Ευκλειδης ,约公元前330年—公元前275年),古希腊数学家,被称为“几何之父”。他最著名的著作《几何原本》是欧洲数学的基础,在书中他提出五大公设。欧几里得的《几何原本》被广泛的认为是历史上最成功的教科书。欧几里得也写了一些关于透视、圆锥曲线、球面几何学及数论的作品。
生涯
エウクレイデスは紀元前330年頃から紀元前275年頃を生きたとされるが、その生涯についてはほとんど何もわかっていない。実際、主要な文献はエウクレイデスの数世紀後のプロクルスやパップスの著作しかない。プロクルスのエウクレイデスについての記述は『ユークリッド原論第1巻注釈』に簡単にあるだけで、これは紀元5世紀に書かれたものである。それによると、エウクレイデスは『原論』の著者で、アルキメデスが彼に言及しており、プトレマイオス1世が彼に「幾何学を学ぶのに『原論』よりも近道はないか?」と聞いたところ、彼は「幾何学に王道なし」と答えたとされている。アルキメデスによるエウクレイデスへの言及と称されるものは、後世の編集による挿入だと見られているが、エウクレイデスの著作がアルキメデスの著作より古いことは確実とされている。「王道」の逸話も、メナイクモスとアレクサンドロス3世の逸話にそっくりであり、本当かどうか疑問がある。
もうひとつの重要な文献としてパップスのものがあるが、こちらにはペルガのアポロニウスについて言及する際に「(彼は)アレクサンドリアのエウクレイデスの弟子たちと長く一緒に過ごし、そこでそのような科学的思考法を身につけた」とある。
その他に有名な逸話としては、ユークリッドに数学を学んでいたある男が「これらの命題をすることで何の役に立つのですか」と言う問いに対し、使用人を呼び「この男にお金を与えなさい。彼は学んだものから利益を得ようとしているから」と答えた。当時の数学の目的は何か実用に役立つためのものではなく「それ自身の美しさのため」にあったのである。
16世紀後半になると、エウクレイデスの著作はイエズス会を通じて中国の明にも伝えられた。イエズス会士のマテオ・リッチは、徐光啓との共同作業を通じて著作を漢訳し、1607年に『幾何原本』を刊行した。
実在性
エウクレイデスという名はギリシア語で「よき栄光」を意味する。「原論」の内容が、1人で書くにしてはあまりに膨大であることから、その実在を疑う説もあり、それによると『原論』は複数人による共著であり、エウクレイデスは共同筆名とされる。
エウクレイデスは、生没年も死因も一切不明であり、同時代人の有名人との関係からおおまかに推測されているだけである。肖像や外見の記録も後世に伝わっていないことから、エウクレイデスとされる絵画や彫像は全て、芸術家たちによる想像図である。
ローマのバチカン宮殿にあるラファエロの有名な壁画「アテナイの学堂」にも、プラトンとアリストテレスが降りてくる階段の足元で、コンパスを使って図形を描いている姿が描かれている。
著作
原論
『原論』に書かれていることの多くはもっと以前の数学者の成果に由来するが、エウクレイデスの功績はそれらを1つにまとめて提示し、一貫した論理的枠組みを構築して厳密な数学的証明を行っている点にある。
現存する初期の『原論』の写本にはエウクレイデスへの言及がなく、多くの写本には「テオンの版より」あるいは「テオンの講義集」とある。また、バチカンが保管している第一級の写本には、作者についての言及が全くない。エウクレイデスが『原論』を書いたとする際の唯一の根拠は、プロクルスの注釈本である。
『原論』には幾何学だけでなく、数論についての記述もある。完全数とメルセンヌ数の関係、素数が無限に存在すること、因数分解についてのユークリッドの補題(ここから素因数分解の一意性についての算術の基本定理が導かれる)、2つの数の最大公約数を捜すユークリッドの互除法などが含まれる。
『原論』にある幾何学体系は長い間単に「幾何学」と呼ばれ、唯一の幾何学だとみなされており、論証に穴はないと思われていた。しかし、19世紀の「非ユークリッド幾何学」の発見をきっかけに、数学の基礎がより整備されると、幾何学には様々な体系が可能であること、ユークリッドの公理系には不足している公理があることが判明した。公理的な体系の作り方も見直され、「公理」「公準」はともに公理とされ、例えば「点」の定義のように、証明の中で用いられない定義は姿を消した。『原論』の議論には、現代的な視点からは無用な遠回りも散見される。こういった違いは、必ずしも全て不備によるものではなく、当時の幾何学についての考え方が現在と異なっていたことが指摘される。
今では、ユークリッドが対象とした幾何学を、現代的に見直したものを「ユークリッド幾何学」と呼ぶ。
その他の著作
『原論』に加えて、エウクレイデスの著作とされているものが5作現存している。いずれも『原論』と論理構造は同じであり、定義と命題の証明で構成される。
デドメナ/ダータ (Data)
幾何問題における与えられた情報の性質と意味を扱っている。その主題は『原論』の最初の4巻と密接に関連している。
図形分割論 (On Divisions of Figures)
アラビア語訳が部分的に現存している。幾何学図形を指定された比で2つ以上に分割する問題を扱っている。紀元3世紀ごろのアレクサンドリアのヘロンの著作に似ている。
カトプトリカ (Catoptrics)
鏡についての数学的理論、特に平面鏡や球面の凹面鏡の上に形成される像についての著作である。エウクレイデスの著作かどうかは疑わしい。アレクサンドリアのテオンの作とする説もある。
パエノメナ (Phaenomena)
球面天文学についての論文で、ギリシャ語版が現存している。紀元前310年ごろ活躍したピタネのアウトリュコスの『運動する球体について』に酷似している。
オプティカ (Optics)
透視図法についての最古の現存するギリシャ語の著作。この中では視覚は目から出ている離散的な光線によるものだというプラトン学派の説を踏襲している。重要なのは4番目の定義で、「より大きな角度で見える物は大きく、より小さな角度で見える物は小さく、同じ角度で見える物は同じである」としている。その後の36の命題で、物体の見た目の大きさと距離とを関係付け、様々な角度から円柱と円錐を見たときの見え方を考察している。命題45では、実際の大きさが異なる2つの物体があるとき、それらが同じ大きさに見える地点が必ず存在するとしている。パップスはこれを天文学においても重要だと考え、エウクレイデスのオプティカをパエノメナと共に、クラウディオス・プトレマイオスの『アルマゲスト』の前に学ぶべきものとした。
次に挙げる著作はエウクレイデスのものとされているが、現存しない。
円錐曲線論 (Conics)
円錐曲線についての著作で、後にペルガのアポロニウスがこの主題を発展させた。アポロニウスの初期の4作はエウクレイデスの著作に基づいていると見られる。パップスによれば、「アポロニウスはエウクレイデスの円錐曲線についての4巻に自身の4巻を追加し、『円錐曲線』全8巻を完成させた」としている。アポロニウスの著作は瞬く間に広まり、パップスのころにはエウクレイデスの著作は既に現存しなかった。
ポリスマタ (Porisms)
円錐曲線についての著作から派生した内容という説もあるが、詳しいことは書名の意味も含めてよく分かっていない。
誤謬推理論 (Pseudaria または Book of Fallacies)
推論上の誤り(誤謬)についての初歩的教科書。
曲面軌跡論 (Surface Loci)
平面上の軌跡 (loci) または、何らかの曲面をなす軌跡を扱ったものと見られる。二次曲面を扱っていたという説もある。
アラビア語の文献によれば、エウクレイデスは力学に関する著書も残していたという。On the Heavy and the Light には9つの定義と5つの命題があり、アリストテレス学派の物体の運動と比重の概念を扱っていた。On the Balance ではてこを扱っている。また、別の断片ではてこの先端が描く円について論じている。これら3つの断片は相互に補い合っていることから、エウクレイデスが書いた力学についての1つの著作の断片ではなかったかという説も示唆されている。
欧几里得(希腊文:Ευκλειδης ,约公元前330年—公元前275年),古希腊数学家,被称为“几何之父”。他最著名的著作《几何原本》是欧洲数学的基础,在书中他提出五大公设。欧几里得的《几何原本》被广泛的认为是历史上最成功的教科书。欧几里得也写了一些关于透视、圆锥曲线、球面几何学及数论的作品。
マジ疲れた,
真的好累啊,
伸し掛かる色んな事,
身边的事情永远处理不完,
そんな時でもいつでも,
可无论何时一直愿意陪伴我身边的,
側に居てくれた,
是你啊,
僕の推し全てに癒された,
你把我的一切都治愈啦!
貴方は知らないけど救われた,
虽然你不知道就是了…,
もう遠くへ行かないで,
拜托不要离我更远了,
だけどまだ止まらないで,
但是也不希望你停止步伐,
永遠に一番だから,
反正你在我心里已经是第一啦,
死んでも好きなままだよ,
到死都会一直喜欢你的哦,
だけどね!
但是呢!
僕のリスナーちゃん聞いて!
听众们请听我说!
貴方のお陰で,
多亏了我推,
調子に乗って笑って生きてる,
我才能顺利地在这世上笑着活着,
言葉にできないほどの,
无法言说的,
無垢な可愛い愛情,
对你纯洁无垢的爱恋,
貴方は僕にとってナンバーワンさ,
你真的真的是我心里的NO.1啦,
もちろん一生,
一生不变,
やっぱ推しが命,
果然我推就是我的生命啊,
僕は君が命,
你 就是我的生命啊,
お互い沸いてる,
我们浸润在彼此爱的喜悦里,
いっつとぅるーらぶ,
It's true love,
音ではぐ。
用声音来拥抱,
マジ疲れた,
真的好累啊,
伸し掛かる色んな事,
身边的事情还是处理不完,
そんな時でもいつでも,
无论何时一直愿意陪伴我身边的,
側に居てくれた,
是你啊,
僕の推し全てに癒された,
我的一切都被你治愈啦!
貴方は知らないけど救われた,
虽然你不知道就是了~,
もう遠くへ行かないで,
拜托不要离我更远了,
だけどまだ止まらないで,
但是也不希望你停止步伐,
永遠に一番だから,
反正你在我心里是永远的第一啦,
死んでも好きなままだよ,
即使死了也会一直喜欢你的,
この距離は変わらないよ,
我与你之间的距离不会改变,
大丈夫、止まらないよ,
不要担心 我不会停下奔向你的步伐,
永遠に一番だから,
你永远是我的最爱,
死んでも好きなままだよ,
至死不渝。
真的好累啊,
伸し掛かる色んな事,
身边的事情永远处理不完,
そんな時でもいつでも,
可无论何时一直愿意陪伴我身边的,
側に居てくれた,
是你啊,
僕の推し全てに癒された,
你把我的一切都治愈啦!
貴方は知らないけど救われた,
虽然你不知道就是了…,
もう遠くへ行かないで,
拜托不要离我更远了,
だけどまだ止まらないで,
但是也不希望你停止步伐,
永遠に一番だから,
反正你在我心里已经是第一啦,
死んでも好きなままだよ,
到死都会一直喜欢你的哦,
だけどね!
但是呢!
僕のリスナーちゃん聞いて!
听众们请听我说!
貴方のお陰で,
多亏了我推,
調子に乗って笑って生きてる,
我才能顺利地在这世上笑着活着,
言葉にできないほどの,
无法言说的,
無垢な可愛い愛情,
对你纯洁无垢的爱恋,
貴方は僕にとってナンバーワンさ,
你真的真的是我心里的NO.1啦,
もちろん一生,
一生不变,
やっぱ推しが命,
果然我推就是我的生命啊,
僕は君が命,
你 就是我的生命啊,
お互い沸いてる,
我们浸润在彼此爱的喜悦里,
いっつとぅるーらぶ,
It's true love,
音ではぐ。
用声音来拥抱,
マジ疲れた,
真的好累啊,
伸し掛かる色んな事,
身边的事情还是处理不完,
そんな時でもいつでも,
无论何时一直愿意陪伴我身边的,
側に居てくれた,
是你啊,
僕の推し全てに癒された,
我的一切都被你治愈啦!
貴方は知らないけど救われた,
虽然你不知道就是了~,
もう遠くへ行かないで,
拜托不要离我更远了,
だけどまだ止まらないで,
但是也不希望你停止步伐,
永遠に一番だから,
反正你在我心里是永远的第一啦,
死んでも好きなままだよ,
即使死了也会一直喜欢你的,
この距離は変わらないよ,
我与你之间的距离不会改变,
大丈夫、止まらないよ,
不要担心 我不会停下奔向你的步伐,
永遠に一番だから,
你永远是我的最爱,
死んでも好きなままだよ,
至死不渝。
听七尾旅人,他有一首歌叫《湘南が遠くなっていく》写的是距离东京最近的海,叫镰仓。
之前住在新宿的时候,常常一个人坐上「ロマンチック」(罗曼蒂克)号列车从小田急站出发。
每周因为有这样喘息的机会而感到快乐,也常常因为一个人去海边而去思考,想象。
最近我感觉,也许我们都应该去找到让你的灵魂触电的那个人,不是爱,不是被爱,而是相爱,这个概率在《First Love》日剧中被描述为六十亿分之一的概率,微博开通了访问功能,我还挺惊讶,每天都在被曾经的好友偷偷访问着。
我想我会不懈地去寻找我的六十亿分之一,并且不做任何妥协。希望大家的生活都能向前看,我的好朋友,你也要去寻找你的星球啊。
之前住在新宿的时候,常常一个人坐上「ロマンチック」(罗曼蒂克)号列车从小田急站出发。
每周因为有这样喘息的机会而感到快乐,也常常因为一个人去海边而去思考,想象。
最近我感觉,也许我们都应该去找到让你的灵魂触电的那个人,不是爱,不是被爱,而是相爱,这个概率在《First Love》日剧中被描述为六十亿分之一的概率,微博开通了访问功能,我还挺惊讶,每天都在被曾经的好友偷偷访问着。
我想我会不懈地去寻找我的六十亿分之一,并且不做任何妥协。希望大家的生活都能向前看,我的好朋友,你也要去寻找你的星球啊。
✋热门推荐