陸判(上)
田中貢太郎
陵陽りょうようの朱爾旦しゅじたんは字あざなを少明しょうめいといっていた。性質は豪放であったが、もともとぼんやりであったから、篤学の士であったけれども人に名を知られていなかった。
ある日同窓の友達と酒を飲んでいたが、夜になったところで友達の一人がからかった。
「君は豪傑だが、この夜更けに十王殿へ往って、左の廊下に在る判官をおぶってくることができるかね、できたなら皆で金を出しあって君の祝筵しゅくえんを開くよ」
その陵陽には十王殿というのがあって、恐ろしそうな木像を置いてあるが、それが装飾してあるので生きているようであった。それに東の廊下にある判官の木像は、青い顔に赤い鬚を生はやしてあるのでもっとも獰悪どうあくに見えた。そのうえ夜になると両方の廊下から拷問の声が聞えるというので、十王殿に往く者は身の毛のよだつのがつねであった。それ故に同窓生は朱を困らせにかかったのであった。
しかし朱は困らなかった。彼は笑って起ちあがって、そのまま出て往ったが、間もなく門の外で大声がした。
「おうい、鬚先生を伴つれてきたぞ」
同窓生は起ちあがった。そこへ朱が木像をおぶって入ってきて、それを几つくえの上に置き、杯を執って三度さした。同窓生はそれを見ているうちに怖くなって体がすくんできた。
「おい、どうか元へ返してきてくれ」
朱はそこでまた酒を取って地に灌そそいで、
「私はがさつ者ですから、どうかお許しください、家はつい其所そこですから、お気が向いた時があったら、飲みにいらしてください、どうか御遠慮なさらないように」
と言って、そこでまたその木像をおぶって往った。
翌日になって同窓の者は約束どおり朱を招いて飲んだ。朱は日暮れまでいて半酔になって帰ったが、物足りないので燈を明るくして独酌していた。と、不意に簾すだれをまくって入ってきた者があった。見るとそれは昨夜の判官であった。朱は起って言った。
「俺は死ななくちゃならないのか、昨日神聖をけがしたから、殺しにきたのだろう」
判官は濃い髯の中から微笑を見せて言った。
「いや、そうじゃない、昨日招かれたから、今晩は暇でもあったし、謹んで達人との約を果そうと思って来たところだ」
「そうか、それは有難い」
朱はひどく悦んで、判官の衣を牽ひいて坐らし、自分で往って器を洗い酒を温めようとした。すると判官が言った。
「天気が温かいから、冷でいいよ」
朱は判官の言うとおりに酒の瓶を案つくえの上に置き、走って往って家内の者に言いつけて肴さかなをこしらえさせた。細君は大いに駭おどろいて、判官の傍へ往かさないようにしたが、朱は聴かないで、立ったままで肴のできるのを待って出て往き、判官と杯のやりとりをした。
そして朱は判官に、
「あなたの姓名を知らしてください」
と言った。判官は、
「僕は陸という姓だが、名はないよ」
と言った。そこで古典の談はなしをしてみると、その応答は響のようであった。朱は陸に進士の試験に必要な文章のことを聞いた。
「制芸を知っておりますか」
陸は、
「よしあし位は知っておる」
と言って文章の談をし、それから冥途あのよの官署の談をしたが、ほぼ現世と同じだった。陸は非常な大酒で一飲みに十の大杯に入れるほどの酒を飲んだ。朱は陸の相手になって朝まで飲んでいたので、とうとう酔い倒れて案にうつぶせになって睡って、醒めた比ころには残燭ざんしょくほの暗く怪しいお客はもういなかった。
それからというものは、陸は二日目か三日目にきたので、二人の間は、ますます親密になった。時とすると酒を飲んでいてそのまま倒れて寝て往くこともあった。朱が文章の草稿を見せると陸が朱筆で消して、
「どうも佳くない」
と言った。ある夜、朱が酔うて前さきに寝た。陸はまだ独りで飲んでいた。朱はその時夢心地に臓腑に微かな痛みを覚えたので、眼を醒ました。陸が榻ねだいの前へ坐って、自分の胸を斬り裂いて腸胃を引き出し、それを一筋一筋整理しているところであった。朱は愕いて言った。
「何の怨みもないのに、なぜ僕を殺すのだ」
陸は笑って言った。
「懼おそれることはない、僕は君のために、聡明な心を入れかえているのだ」
陸はしずかに腸はらわたを中へ納めて創口を合わせ、その後で足を包む布で朱の腹から腰のあたりを繃帯して手術を終ったが、榻の上を見ても血の痕あとはなかった。朱は僅かに腹のあたりが麻しびれるばかりであった。ふと見ると陸の置いた肉塊が案の上にあった。朱は怪しんで、
「それはなんだろう」
と言って聞いた。陸は、
「それは君の心だよ、君の文章の拙いのは、君の心の毛穴が塞っているためだから、冥途に在る幾千万の心の中から、佳いのを一つ選びだして、君のために易かえたからね」
と言って起ちあがり、扉を閉めて出て往った。朝になって朱は布を解いて見た。創口の縫い目はぴったりと合って糸筋のような赤い痕が残っていた。
その時から朱の文章が非常に進んで、眼にふれたものは忘れないようになった。数日して朱はまた文章を作って陸に見せた。陸は言った。
「いい、この文章ならいい、だが、君は福が薄いから、大いに名を顕あらわすことはできないが、郷科にはとおるよ」
郷科とは郷試で、各省で行う試験であった。そこで朱は問うた。
「それはいつあるだろう」
陸は言った。
「今年あるよ、君はそれに優等で及第するよ」
間もなく郷試があったので、朱もそれに応じてみると第一等の成績を得、秋の本試験には経元けいげんに及第した。朱の同窓は朱の郷試に応じたことを笑っていたが、試験の成績を見るに及んで、皆で顔を見合わして驚いた。そして朱にその理由を聞いてはじめて不思議のあったことを知ったので、朱に紹介してもらって陸と交際したいと頼んできた。その結果陸が承諾してきたので、皆で大いに酒席を設けて待っていた。初更の比になって陸が来た。赤い髯を動かし、目を電いなずまのようにきらきらと光らすので、皆が恐れて魂のぬけた人のようになり、歯の根もあわずに顫ふるえていたが、座にたえられないので一人帰り二人帰りしていなくなってしまった。朱はそこで陸を伴つれて自分の家へ帰って飲み、既に酔ってから陸に言った。
「君に腸を易えてもらって非常な恩を受けているが、も一つ頼みたいことがある、聞いてもらえるかね」
「どんなことだね」
「君は腸をかえることができるから、顔をかえることもできるだろう、僕の妻は、少年の時から夫婦になっているもので、体はそんなに悪くはないが、いかにも顔が拙まずいからね」
陸は笑って言った。
「いいとも、すこし待っていてくれたまえ」
それから数日して夜半に陸が来て門を叩いた。朱は急いで起きて往って内へ入れ、燭あかりを点けた。見ると陸の懐ふところには何か物が入っていた。
「それは何だね」
と朱が訊いた。陸は懐から包みを出して、
「君にこの間頼まれたものだよ、ちょいと佳いのがなくて困っていたが、やっと今晩佳い美人の首を手に入れたから、君の頼みをはたすことができるよ」
と言った。朱がそれを開けて見ると血のべとべとした女の頭であった。陸はそこで、
「早く、早く、急ぐんだよ、そして人を起してはいけないよ」
と言って居間に入ろうとしたが、夜は入口の扉をきちんと締めてあるので朱は困っていた。と、陸が来て片手で押した。扉は手に従ってしぜんと開いた。そこで細君の寝室へ入った。細君は体を横にして眠っていた。陸は美人の頭を朱に持たして、自分は靴の中から匕首のような刃物を出し、細君の頸にあてがって瓜を切るように切りはなした。頭はころりと枕の傍へ落ちた。陸は急いで、朱の持っている美人の頭を取って切口にきちんと合わせ、そして後ろにしっかりと押しつけたが、これがすむと枕を肩にあてがい、朱に言いつけて細君の頭を静かな所に埋めさせて帰って往った。
朱の細君はその後で眼を醒ましたが、頸のまわりがすこし麻れて、顔がこわばったような気がするので手をやってみた。するとその手に血がついたのでひどく駭いて、婢じょちゅう[#ルビの「じょちゅう」は底本では「ぢょちゅう」]を呼んで盥たらいに水を汲ました[#「汲ました」は底本では「汲みました」]。婢は細君の顔が血みどろになっているので驚いて倒れそうにした。やがて細君が顔を洗ってみると盥の水が真赤になった。洗った後で細君が首を挙げると、顔の相好が変っているので婢はますます駭いた。細君は鏡を取って顔を映してみた。見も知らぬ人の顔になっているので駭いてしまった。そこへ朱が入ってきて理由を話した。細君はそれによって顔を映しなおして精くわしく見た。それは眉の長い笑靨えくぼのある絵に画いたような美人の顔であった。領えりをすかして験べてみると、紅い糸のような筋がぐるりに著いて、上と下との肉の色がはっきりと違っていた。
その時呉侍御ごじぎょという者があって、美しい女むすめを持っていたが、二度も許婚いいなずけをして結婚しないうちに夫になる人が歿なくなったので、十九になっても、まだ嫁入しなかった。それが上元の日に十王殿に参詣したが、その日は参詣者が非常に多くて雑沓していた。そのとき一人の悪漢があって、呉侍御の女の美しいのを見て、そっと所を聞いておいて、夜になって梯はしごをかけて忍びこんだ。そして寝室に穴を開けて入り、一人の婢を榻の下で殺して女に逼せまった。女は悪漢の自由にならずに大声をたてて力いっぱいに抵抗した。悪漢は怒いかって女の頭を切り落して逃げた。女の母の呉夫人が、隣の室のさわぎを微かに聞きつけて、婢を呼んで見に往かした。婢は女の死骸を見て気絶した。そこで大騒ぎになって家の者が皆起き、女の死骸を表座敷に移して、その頭を合わせるようにして置き、皆で泣きながら終夜ごたごたと騒いだ。
朝になって女の死骸にかけた衾ふとんを開けてみると頭がなくなっていた。呉侍御は怒って侍女達を鞭でたたいてせめた。
「きさま達の番のしかたが悪いから、犬に喰われたのだ」
呉侍御は郡守に訴えた。郡守は日を限って賊を探したが、三箇月しても捕えることができなかった。そのときになって朱の家の細君の頭の換ったことを呉侍御にいう者があった。呉侍御は不審に思って、媼ばあやを朱の家ヘやって探らした。媼は朱の家へ往って細君の顔を一眼見て、駭いて帰ってきて呉侍御に告げた。呉侍御は女の死骸が依然としてあるのに、頭だけが生きていて他人の細君の頭とかわるというようなことはあるべきはずのものでないと思ったが、しかし朱が怪しい術を行う者であって、自分の女を殺したかもわからないと疑えば疑われないこともないので、自分から出かけて往って朱に詰問した。
田中貢太郎
陵陽りょうようの朱爾旦しゅじたんは字あざなを少明しょうめいといっていた。性質は豪放であったが、もともとぼんやりであったから、篤学の士であったけれども人に名を知られていなかった。
ある日同窓の友達と酒を飲んでいたが、夜になったところで友達の一人がからかった。
「君は豪傑だが、この夜更けに十王殿へ往って、左の廊下に在る判官をおぶってくることができるかね、できたなら皆で金を出しあって君の祝筵しゅくえんを開くよ」
その陵陽には十王殿というのがあって、恐ろしそうな木像を置いてあるが、それが装飾してあるので生きているようであった。それに東の廊下にある判官の木像は、青い顔に赤い鬚を生はやしてあるのでもっとも獰悪どうあくに見えた。そのうえ夜になると両方の廊下から拷問の声が聞えるというので、十王殿に往く者は身の毛のよだつのがつねであった。それ故に同窓生は朱を困らせにかかったのであった。
しかし朱は困らなかった。彼は笑って起ちあがって、そのまま出て往ったが、間もなく門の外で大声がした。
「おうい、鬚先生を伴つれてきたぞ」
同窓生は起ちあがった。そこへ朱が木像をおぶって入ってきて、それを几つくえの上に置き、杯を執って三度さした。同窓生はそれを見ているうちに怖くなって体がすくんできた。
「おい、どうか元へ返してきてくれ」
朱はそこでまた酒を取って地に灌そそいで、
「私はがさつ者ですから、どうかお許しください、家はつい其所そこですから、お気が向いた時があったら、飲みにいらしてください、どうか御遠慮なさらないように」
と言って、そこでまたその木像をおぶって往った。
翌日になって同窓の者は約束どおり朱を招いて飲んだ。朱は日暮れまでいて半酔になって帰ったが、物足りないので燈を明るくして独酌していた。と、不意に簾すだれをまくって入ってきた者があった。見るとそれは昨夜の判官であった。朱は起って言った。
「俺は死ななくちゃならないのか、昨日神聖をけがしたから、殺しにきたのだろう」
判官は濃い髯の中から微笑を見せて言った。
「いや、そうじゃない、昨日招かれたから、今晩は暇でもあったし、謹んで達人との約を果そうと思って来たところだ」
「そうか、それは有難い」
朱はひどく悦んで、判官の衣を牽ひいて坐らし、自分で往って器を洗い酒を温めようとした。すると判官が言った。
「天気が温かいから、冷でいいよ」
朱は判官の言うとおりに酒の瓶を案つくえの上に置き、走って往って家内の者に言いつけて肴さかなをこしらえさせた。細君は大いに駭おどろいて、判官の傍へ往かさないようにしたが、朱は聴かないで、立ったままで肴のできるのを待って出て往き、判官と杯のやりとりをした。
そして朱は判官に、
「あなたの姓名を知らしてください」
と言った。判官は、
「僕は陸という姓だが、名はないよ」
と言った。そこで古典の談はなしをしてみると、その応答は響のようであった。朱は陸に進士の試験に必要な文章のことを聞いた。
「制芸を知っておりますか」
陸は、
「よしあし位は知っておる」
と言って文章の談をし、それから冥途あのよの官署の談をしたが、ほぼ現世と同じだった。陸は非常な大酒で一飲みに十の大杯に入れるほどの酒を飲んだ。朱は陸の相手になって朝まで飲んでいたので、とうとう酔い倒れて案にうつぶせになって睡って、醒めた比ころには残燭ざんしょくほの暗く怪しいお客はもういなかった。
それからというものは、陸は二日目か三日目にきたので、二人の間は、ますます親密になった。時とすると酒を飲んでいてそのまま倒れて寝て往くこともあった。朱が文章の草稿を見せると陸が朱筆で消して、
「どうも佳くない」
と言った。ある夜、朱が酔うて前さきに寝た。陸はまだ独りで飲んでいた。朱はその時夢心地に臓腑に微かな痛みを覚えたので、眼を醒ました。陸が榻ねだいの前へ坐って、自分の胸を斬り裂いて腸胃を引き出し、それを一筋一筋整理しているところであった。朱は愕いて言った。
「何の怨みもないのに、なぜ僕を殺すのだ」
陸は笑って言った。
「懼おそれることはない、僕は君のために、聡明な心を入れかえているのだ」
陸はしずかに腸はらわたを中へ納めて創口を合わせ、その後で足を包む布で朱の腹から腰のあたりを繃帯して手術を終ったが、榻の上を見ても血の痕あとはなかった。朱は僅かに腹のあたりが麻しびれるばかりであった。ふと見ると陸の置いた肉塊が案の上にあった。朱は怪しんで、
「それはなんだろう」
と言って聞いた。陸は、
「それは君の心だよ、君の文章の拙いのは、君の心の毛穴が塞っているためだから、冥途に在る幾千万の心の中から、佳いのを一つ選びだして、君のために易かえたからね」
と言って起ちあがり、扉を閉めて出て往った。朝になって朱は布を解いて見た。創口の縫い目はぴったりと合って糸筋のような赤い痕が残っていた。
その時から朱の文章が非常に進んで、眼にふれたものは忘れないようになった。数日して朱はまた文章を作って陸に見せた。陸は言った。
「いい、この文章ならいい、だが、君は福が薄いから、大いに名を顕あらわすことはできないが、郷科にはとおるよ」
郷科とは郷試で、各省で行う試験であった。そこで朱は問うた。
「それはいつあるだろう」
陸は言った。
「今年あるよ、君はそれに優等で及第するよ」
間もなく郷試があったので、朱もそれに応じてみると第一等の成績を得、秋の本試験には経元けいげんに及第した。朱の同窓は朱の郷試に応じたことを笑っていたが、試験の成績を見るに及んで、皆で顔を見合わして驚いた。そして朱にその理由を聞いてはじめて不思議のあったことを知ったので、朱に紹介してもらって陸と交際したいと頼んできた。その結果陸が承諾してきたので、皆で大いに酒席を設けて待っていた。初更の比になって陸が来た。赤い髯を動かし、目を電いなずまのようにきらきらと光らすので、皆が恐れて魂のぬけた人のようになり、歯の根もあわずに顫ふるえていたが、座にたえられないので一人帰り二人帰りしていなくなってしまった。朱はそこで陸を伴つれて自分の家へ帰って飲み、既に酔ってから陸に言った。
「君に腸を易えてもらって非常な恩を受けているが、も一つ頼みたいことがある、聞いてもらえるかね」
「どんなことだね」
「君は腸をかえることができるから、顔をかえることもできるだろう、僕の妻は、少年の時から夫婦になっているもので、体はそんなに悪くはないが、いかにも顔が拙まずいからね」
陸は笑って言った。
「いいとも、すこし待っていてくれたまえ」
それから数日して夜半に陸が来て門を叩いた。朱は急いで起きて往って内へ入れ、燭あかりを点けた。見ると陸の懐ふところには何か物が入っていた。
「それは何だね」
と朱が訊いた。陸は懐から包みを出して、
「君にこの間頼まれたものだよ、ちょいと佳いのがなくて困っていたが、やっと今晩佳い美人の首を手に入れたから、君の頼みをはたすことができるよ」
と言った。朱がそれを開けて見ると血のべとべとした女の頭であった。陸はそこで、
「早く、早く、急ぐんだよ、そして人を起してはいけないよ」
と言って居間に入ろうとしたが、夜は入口の扉をきちんと締めてあるので朱は困っていた。と、陸が来て片手で押した。扉は手に従ってしぜんと開いた。そこで細君の寝室へ入った。細君は体を横にして眠っていた。陸は美人の頭を朱に持たして、自分は靴の中から匕首のような刃物を出し、細君の頸にあてがって瓜を切るように切りはなした。頭はころりと枕の傍へ落ちた。陸は急いで、朱の持っている美人の頭を取って切口にきちんと合わせ、そして後ろにしっかりと押しつけたが、これがすむと枕を肩にあてがい、朱に言いつけて細君の頭を静かな所に埋めさせて帰って往った。
朱の細君はその後で眼を醒ましたが、頸のまわりがすこし麻れて、顔がこわばったような気がするので手をやってみた。するとその手に血がついたのでひどく駭いて、婢じょちゅう[#ルビの「じょちゅう」は底本では「ぢょちゅう」]を呼んで盥たらいに水を汲ました[#「汲ました」は底本では「汲みました」]。婢は細君の顔が血みどろになっているので驚いて倒れそうにした。やがて細君が顔を洗ってみると盥の水が真赤になった。洗った後で細君が首を挙げると、顔の相好が変っているので婢はますます駭いた。細君は鏡を取って顔を映してみた。見も知らぬ人の顔になっているので駭いてしまった。そこへ朱が入ってきて理由を話した。細君はそれによって顔を映しなおして精くわしく見た。それは眉の長い笑靨えくぼのある絵に画いたような美人の顔であった。領えりをすかして験べてみると、紅い糸のような筋がぐるりに著いて、上と下との肉の色がはっきりと違っていた。
その時呉侍御ごじぎょという者があって、美しい女むすめを持っていたが、二度も許婚いいなずけをして結婚しないうちに夫になる人が歿なくなったので、十九になっても、まだ嫁入しなかった。それが上元の日に十王殿に参詣したが、その日は参詣者が非常に多くて雑沓していた。そのとき一人の悪漢があって、呉侍御の女の美しいのを見て、そっと所を聞いておいて、夜になって梯はしごをかけて忍びこんだ。そして寝室に穴を開けて入り、一人の婢を榻の下で殺して女に逼せまった。女は悪漢の自由にならずに大声をたてて力いっぱいに抵抗した。悪漢は怒いかって女の頭を切り落して逃げた。女の母の呉夫人が、隣の室のさわぎを微かに聞きつけて、婢を呼んで見に往かした。婢は女の死骸を見て気絶した。そこで大騒ぎになって家の者が皆起き、女の死骸を表座敷に移して、その頭を合わせるようにして置き、皆で泣きながら終夜ごたごたと騒いだ。
朝になって女の死骸にかけた衾ふとんを開けてみると頭がなくなっていた。呉侍御は怒って侍女達を鞭でたたいてせめた。
「きさま達の番のしかたが悪いから、犬に喰われたのだ」
呉侍御は郡守に訴えた。郡守は日を限って賊を探したが、三箇月しても捕えることができなかった。そのときになって朱の家の細君の頭の換ったことを呉侍御にいう者があった。呉侍御は不審に思って、媼ばあやを朱の家ヘやって探らした。媼は朱の家へ往って細君の顔を一眼見て、駭いて帰ってきて呉侍御に告げた。呉侍御は女の死骸が依然としてあるのに、頭だけが生きていて他人の細君の頭とかわるというようなことはあるべきはずのものでないと思ったが、しかし朱が怪しい術を行う者であって、自分の女を殺したかもわからないと疑えば疑われないこともないので、自分から出かけて往って朱に詰問した。
鸚鵡
――大震覚え書の一つ――
芥川龍之介
これは御覧の通り覚え書に過ぎない。覚え書を覚え書のまま発表するのは時間の余裕よゆうに乏しい為である。或は又その外にも気持の余裕に乏しい為である。しかし覚え書のまま発表することに多少は意味のない訣わけでもない。大正十二年九月十四日記。
本所ほんじよ横網町よこあみちやうに住める一中節いつちうぶしの師匠ししやう。名は鐘大夫かねだいふ。年は六十三歳。十七歳の孫娘と二人暮らしなり。
家は地震にも潰つぶれざりしかど、忽ち近隣に出火あり。孫娘と共に両国りやうごくに走る。携たづさへしものは鸚鵡あうむの籠かごのみ。鸚鵡の名は五郎ごらう。背は鼠色、腹は桃色。芸は錺屋かざりやの槌つちの音と「ナアル」(成程なるほどの略)といふ言葉とを真似まねるだけなり。
両国りやうごくより人形町にんぎやうちやうへ出いづる間あひだにいつか孫娘と離れ離れになる。心配なれども探してゐる暇ひまなし。往来わうらいの人波。荷物の山。カナリヤの籠を持ちし女を見る。待合まちあひの女将おかみかと思はるる服装。「こちとらに似たものもあると思ひました」といふ。その位の余裕はあるものと見ゆ。
鎧橋よろひばしに出づ。町の片側は火事なり。その側かはに面せるに顔、焼くるかと思ふほど熱かりし由。又何か落つると思へば、電線を被おほへる鉛管えんかんの火熱くわねつの為に熔とけ落つるなり。この辺へんより一層人に押され、度たびたび鸚鵡あうむの籠も潰つぶれずやと思ふ。鸚鵡は始終狂ひまはりて已やまず。
丸まるの内うちに出づれば日比谷ひびやの空に火事の煙の揚あがるを見る。警視庁、帝劇などの焼け居りしならん。やつと楠くすのきの銅像のほとりに至る。芝の上に坐りしかど、孫娘のことが気にかかりてならず。大声に孫娘の名を呼びつつ、避難民の間あひだを探しまはる。日暮にちぼ。遂に松のかげに横はる。隣りは店員数人をつれたる株屋。空は火事の煙の為、どちらを見てもまつ赤かなり。鸚鵡、突然「ナアル」といふ。
翌日も丸の内一帯より日比谷迄まで、孫娘を探しまはる。「人形町なり両国なりへ引つ返さうといふ気は出ませんでした」といふ。午ひるごろより饑渇きかつを覚ゆること切なり。やむを得ず日比谷の池の水を飲む。孫娘は遂に見つからず。夜は又丸の内の芝の上に横はる。鸚鵡の籠を枕べに置きつつ、人に盗ぬすまれはせぬかと思ふ。日比谷の池の家鴨あひるを食くらへる避難民を見たればなり。空にはなほ火事の明あかりを見る。
三日みつかは孫娘を断念し、新宿しんじゆくの甥をひを尋たづねんとす。桜田さくらだより半蔵門はんざうもんに出づるに、新宿も亦また焼けたりと聞き、谷中やなかの檀那寺だんなでらを手頼たよらばやと思ふ。饑渇きかつ愈いよいよ甚だし。「五郎を殺すのは厭いやですが、おちたら食はうと思ひました」といふ。九段上くだんうへへ出づる途中、役所の小使らしきものにやつと玄米げんまい一合余りを貰ひ、生なまのまま噛かみ砕くだきて食す。又つらつら考へれば、鸚鵡の籠を提さげたるまま、檀那寺だんなでらの世話にはなられぬやうなり。即ち鸚鵡に玄米の残りを食はせ、九段上の濠端ほりばたよりこれを放つ。薄暮はくぼ、谷中の檀那寺に至る。和尚をしやう、親切に幾日でもゐろといふ。
五日いつかの朝、僕の家に来きたる。未いまだ孫娘の行ゆく方へを知らずといふ。意気な平生のお師匠ししやうさんとは思はれぬほど憔悴せうすゐし居たり。
附記。新宿の甥の家は焼けざりし由。孫娘は其処そこに避難し居りし由。
――大震覚え書の一つ――
芥川龍之介
これは御覧の通り覚え書に過ぎない。覚え書を覚え書のまま発表するのは時間の余裕よゆうに乏しい為である。或は又その外にも気持の余裕に乏しい為である。しかし覚え書のまま発表することに多少は意味のない訣わけでもない。大正十二年九月十四日記。
本所ほんじよ横網町よこあみちやうに住める一中節いつちうぶしの師匠ししやう。名は鐘大夫かねだいふ。年は六十三歳。十七歳の孫娘と二人暮らしなり。
家は地震にも潰つぶれざりしかど、忽ち近隣に出火あり。孫娘と共に両国りやうごくに走る。携たづさへしものは鸚鵡あうむの籠かごのみ。鸚鵡の名は五郎ごらう。背は鼠色、腹は桃色。芸は錺屋かざりやの槌つちの音と「ナアル」(成程なるほどの略)といふ言葉とを真似まねるだけなり。
両国りやうごくより人形町にんぎやうちやうへ出いづる間あひだにいつか孫娘と離れ離れになる。心配なれども探してゐる暇ひまなし。往来わうらいの人波。荷物の山。カナリヤの籠を持ちし女を見る。待合まちあひの女将おかみかと思はるる服装。「こちとらに似たものもあると思ひました」といふ。その位の余裕はあるものと見ゆ。
鎧橋よろひばしに出づ。町の片側は火事なり。その側かはに面せるに顔、焼くるかと思ふほど熱かりし由。又何か落つると思へば、電線を被おほへる鉛管えんかんの火熱くわねつの為に熔とけ落つるなり。この辺へんより一層人に押され、度たびたび鸚鵡あうむの籠も潰つぶれずやと思ふ。鸚鵡は始終狂ひまはりて已やまず。
丸まるの内うちに出づれば日比谷ひびやの空に火事の煙の揚あがるを見る。警視庁、帝劇などの焼け居りしならん。やつと楠くすのきの銅像のほとりに至る。芝の上に坐りしかど、孫娘のことが気にかかりてならず。大声に孫娘の名を呼びつつ、避難民の間あひだを探しまはる。日暮にちぼ。遂に松のかげに横はる。隣りは店員数人をつれたる株屋。空は火事の煙の為、どちらを見てもまつ赤かなり。鸚鵡、突然「ナアル」といふ。
翌日も丸の内一帯より日比谷迄まで、孫娘を探しまはる。「人形町なり両国なりへ引つ返さうといふ気は出ませんでした」といふ。午ひるごろより饑渇きかつを覚ゆること切なり。やむを得ず日比谷の池の水を飲む。孫娘は遂に見つからず。夜は又丸の内の芝の上に横はる。鸚鵡の籠を枕べに置きつつ、人に盗ぬすまれはせぬかと思ふ。日比谷の池の家鴨あひるを食くらへる避難民を見たればなり。空にはなほ火事の明あかりを見る。
三日みつかは孫娘を断念し、新宿しんじゆくの甥をひを尋たづねんとす。桜田さくらだより半蔵門はんざうもんに出づるに、新宿も亦また焼けたりと聞き、谷中やなかの檀那寺だんなでらを手頼たよらばやと思ふ。饑渇きかつ愈いよいよ甚だし。「五郎を殺すのは厭いやですが、おちたら食はうと思ひました」といふ。九段上くだんうへへ出づる途中、役所の小使らしきものにやつと玄米げんまい一合余りを貰ひ、生なまのまま噛かみ砕くだきて食す。又つらつら考へれば、鸚鵡の籠を提さげたるまま、檀那寺だんなでらの世話にはなられぬやうなり。即ち鸚鵡に玄米の残りを食はせ、九段上の濠端ほりばたよりこれを放つ。薄暮はくぼ、谷中の檀那寺に至る。和尚をしやう、親切に幾日でもゐろといふ。
五日いつかの朝、僕の家に来きたる。未いまだ孫娘の行ゆく方へを知らずといふ。意気な平生のお師匠ししやうさんとは思はれぬほど憔悴せうすゐし居たり。
附記。新宿の甥の家は焼けざりし由。孫娘は其処そこに避難し居りし由。
#金泽亚美#
全握in豊洲PIT
2024.02.23
こんばんは
金澤亜美です!
全国握手会in豊洲PIT
ありがとうございました!
うなさんと好きになりなさい鑑賞〜
なんかこうやってみるとね、アイドルなんだって実感するんだ
普段、舞台袖で見てるってすごいなって思う
豊洲PITなのもあって、
いつも以上に緊張したしいつも以上に楽しみでした
そしていつもとセットリストが違って、
♪好きになりなさい
♪思い出尻切れとんぼ
♪君のための歌
♪微かな希望
この4曲を披露させて頂きました!
思い出尻切れとんぼ
すごい久しぶりだった気がします
ワンマンぶりかな?
沢山の方が来てくださっているのが
本当に嬉しくて、
今日はいつもより曲中も皆さんのことを見ていました
感動で胸がいっぱいになりました
ミニライブは
好きになりなさい
から始まったんだけど、皆さんのコールですっごく盛り上がってて
舞台袖でみんなで踊ってました~笑
好きになりなさい
いつか踊ってみたいなーっていう密かな夢、
握手会もたのしかった~
17歳のあみに会いに来てくれてありがとう
初めましての方もたくさんきてくれた!
名前も覚えたいよ~
今日来てくれた方、コメントまってます
こんな話したよ。とかこんな服だったよ。とか
名前と一緒に教えてくれたら嬉しいな
1部の1レーン
ゆずちゃんと2人でした~
ほんわかでゆずちゃんの優しさに触れた1時間
3部の3レーン
りこぴんとえれん
こっちはわちゃわちゃでした
次は仙台だね~
2月25日(日)、みんなに会えるの楽しみにしてます
次は23人でステージに立つ姿を見に来てほしいです
戻ってくるの待ってるよ☺︎
そしてね、
サプライズをしてもらいました、、;;
これは明日かな、明後日かな、すぐ書くね
○HBCラジオ 「タイトル未定の土曜の予定は未定」に工藤唯愛ちゃん、西森杏弥ちゃんと出演させていただきます!
2月24日(土)14:00〜
ぜひお聞きください!
https://t.cn/A6Ypl4rC
明日は
FC町田ゼルビア初J1開幕戦
ハーフタイムスペシャルライブに出演させていただきます
少しでも盛り上げられるように精一杯パフォーマンスさせていただきます!
明日もすっごく寒いみたいです
とにかく暖かくして、風邪ひかないようにね、、
風邪流行ってるから
無理せず疲れてる時はゆっくり休んでね
ご自愛ください
またね
#227
全握in豊洲PIT
2024.02.23
こんばんは
金澤亜美です!
全国握手会in豊洲PIT
ありがとうございました!
うなさんと好きになりなさい鑑賞〜
なんかこうやってみるとね、アイドルなんだって実感するんだ
普段、舞台袖で見てるってすごいなって思う
豊洲PITなのもあって、
いつも以上に緊張したしいつも以上に楽しみでした
そしていつもとセットリストが違って、
♪好きになりなさい
♪思い出尻切れとんぼ
♪君のための歌
♪微かな希望
この4曲を披露させて頂きました!
思い出尻切れとんぼ
すごい久しぶりだった気がします
ワンマンぶりかな?
沢山の方が来てくださっているのが
本当に嬉しくて、
今日はいつもより曲中も皆さんのことを見ていました
感動で胸がいっぱいになりました
ミニライブは
好きになりなさい
から始まったんだけど、皆さんのコールですっごく盛り上がってて
舞台袖でみんなで踊ってました~笑
好きになりなさい
いつか踊ってみたいなーっていう密かな夢、
握手会もたのしかった~
17歳のあみに会いに来てくれてありがとう
初めましての方もたくさんきてくれた!
名前も覚えたいよ~
今日来てくれた方、コメントまってます
こんな話したよ。とかこんな服だったよ。とか
名前と一緒に教えてくれたら嬉しいな
1部の1レーン
ゆずちゃんと2人でした~
ほんわかでゆずちゃんの優しさに触れた1時間
3部の3レーン
りこぴんとえれん
こっちはわちゃわちゃでした
次は仙台だね~
2月25日(日)、みんなに会えるの楽しみにしてます
次は23人でステージに立つ姿を見に来てほしいです
戻ってくるの待ってるよ☺︎
そしてね、
サプライズをしてもらいました、、;;
これは明日かな、明後日かな、すぐ書くね
○HBCラジオ 「タイトル未定の土曜の予定は未定」に工藤唯愛ちゃん、西森杏弥ちゃんと出演させていただきます!
2月24日(土)14:00〜
ぜひお聞きください!
https://t.cn/A6Ypl4rC
明日は
FC町田ゼルビア初J1開幕戦
ハーフタイムスペシャルライブに出演させていただきます
少しでも盛り上げられるように精一杯パフォーマンスさせていただきます!
明日もすっごく寒いみたいです
とにかく暖かくして、風邪ひかないようにね、、
風邪流行ってるから
無理せず疲れてる時はゆっくり休んでね
ご自愛ください
またね
#227
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