竹青(中)
――新曲聊斎志異――
太宰治
魚容は傷の苦しさに、もはや息も絶える思いで、見えぬ眼をわずかに開いて、
「竹青。」と小声で呼んだ、と思ったら、ふと眼が醒さめて、気がつくと自分は人間の、しかも昔のままの貧書生の姿で呉王廟の廊下に寝ている。斜陽あかあかと目前の楓かえでの林を照らして、そこには数百の烏が無心に唖々と鳴いて遊んでいる。
「気がつきましたか。」と農夫の身なりをした爺じじいが傍に立っていて笑いながら尋ねる。
「あなたは、どなたです。」
「わしはこの辺の百姓だが、きのうの夕方ここを通ったら、お前さんが死んだように深く眠っていて、眠りながら時々微笑んだりして、わしは、ずいぶん大声を挙げてお前さんを呼んでも一向に眼を醒まさない。肩をつかんでゆすぶっても、ぐたりとしている。家へ帰ってからも気になるので、たびたびお前さんの様子を見に来て、眼の醒めるのを待っていたのだ。見れば、顔色もよくないが、どこか病気か。」
「いいえ、病気ではございません。」不思議におなかも今はちっとも空すいていない。「すみませんでした。」とれいのあやまり癖が出て、坐り直して農夫に叮嚀ていねいにお辞儀をして、「お恥かしい話ですが、」と前置きをしてこの廟の廊下に行倒れるにいたった事情を正直に打明け、重ねて、「すみませんでした。」とお詫びを言った。
 農夫は憐あわれに思った様子で、懐ふところから財布さいふを取出しいくらかの金を与え、
「人間万事塞翁さいおうの馬。元気を出して、再挙を図はかるさ。人生七十年、いろいろさまざまの事がある。人情は飜覆ほんぷくして洞庭湖の波瀾はらんに似たり。」と洒落しゃれた事を言って立ち去る。
 魚容はまだ夢の続きを見ているような気持で、呆然ぼうぜんと立って農夫を見送り、それから振りかえって楓の梢にむらがる烏を見上げ、
「竹青!」と叫んだ。一群の烏が驚いて飛び立ち、ひとしきりやかましく騒いで魚容の頭の上を飛びまわり、それからまっすぐに湖の方へいそいで行って、それっきり、何の変った事も無い。
 やっぱり、夢だったかなあ、と魚容は悲しげな顔をして首を振り、一つ大きい溜息ためいきをついて、力無く故土に向けて発足する。
 故郷の人たちは、魚容が帰って来ても、格別うれしそうな顔もせず、冷酷の女房は、さっそく伯父の家の庭石の運搬を魚容に命じ、魚容は汗だくになって河原から大いなる岩石をいくつも伯父の庭先まで押したり曳ひいたり担かついだりして運び、「貧して怨えん無きは難し」とつくづく嘆じ、「朝あしたに竹青の声を聞かば夕ゆうべに死するも可なり矣」と何につけても洞庭一日の幸福な生活が燃えるほど劇はげしく懐慕せられるのである。
 伯夷叔斉はくいしゅくせいは旧悪を念おもわず、怨うらみ是これを用いて希まれなり。わが魚容君もまた、君子の道に志している高邁こうまいの書生であるから、不人情の親戚をも努めて憎まず、無学の老妻にも逆わず、ひたすら古書に親しみ、閑雅の清趣を養っていたが、それでも、さすがに身辺の者から受ける蔑視べっしには堪えかねる事があって、それから三年目の春、またもや女房をぶん殴って、いまに見ろ、と青雲の志を抱いだいて家出して試験に応じ、やっぱり見事に落第した。よっぽど出来ない人だったと見える。帰途、また思い出の洞庭湖畔、呉王廟に立ち寄って、見るものみな懐しく、悲しみもまた千倍して、おいおい声を放って廟前で泣き、それから懐中のわずかな金を全部はたいて羊肉を買い、それを廟前にばら撒まいて神烏に供して樹上から降りて肉を啄ついばむ群烏を眺めて、この中に竹青もいるのだろうなあ、と思っても、皆一様に真黒で、それこそ雌雄をさえ見わける事が出来ず、
「竹青はどれですか。」と尋ねても振りかえる烏は一羽も無く、みんなただ無心に肉を拾ってたべている。魚容はそれでも諦められず、
「この中に、竹青がいたら一番あとまで残っておいで。」と、千万の思慕の情をこめて言ってみた。そろそろ肉が無くなって、群烏は二羽立ち、五羽立ち、むらむらぱっと大部分飛び立ち、あとには三羽、まだ肉を捜して居残り、魚容はそれを見て胸をとどろかせ手に汗を握ったが、肉がもう全く無いと見てぱっと未練みれんげも無く、その三羽も飛び立つ。魚容は気抜けの余りくらくら眩暈めまいして、それでも尚なお、この場所から立ち去る事が出来ず、廟の廊下に腰をおろして、春霞はるがすみに煙る湖面を眺めてただやたらに溜息をつき、「ええ、二度も続けて落第して、何の面目があっておめおめ故郷に帰られよう。生きて甲斐かいない身の上だ、むかし春秋戦国の世にかの屈原くつげんも衆人皆酔い、我独ひとり醒さめたり、と叫んでこの湖に身を投げて死んだとかいう話を聞いている、乃公おれもこの思い出なつかしい洞庭に身を投げて死ねば、或あるいは竹青がどこかで見ていて涙を流してくれるかも知れない、乃公を本当に愛してくれたのは、あの竹青だけだ、あとは皆、おそろしい我慾の鬼ばかりだった、人間万事塞翁の馬だと三年前にあのお爺じいさんが言ってはげましてくれたけれども、あれは嘘だ、不仕合せに生れついた者は、いつまで経たっても不仕合せのどん底であがいているばかりだ、これすなわち天命を知るという事か、あはは、死のう、竹青が泣いてくれたら、それでよい、他には何も望みは無い」と、古聖賢の道を究きわめた筈の魚容も失意の憂愁に堪えかね、今夜はこの湖で死ぬる覚悟。やがて夜になると、輪郭りんかくの滲にじんだ満月が中空に浮び、洞庭湖はただ白く茫ぼうとして空と水の境が無く、岸の平沙へいさは昼のように明るく柳の枝は湖水の靄もやを含んで重く垂れ、遠くに見える桃畑の万朶ばんだの花は霰あられに似て、微風が時折、天地の溜息の如く通過し、いかにも静かな春の良夜、これがこの世の見おさめと思えば涙も袖そでにあまり、どこからともなく夜猿やえんの悲しそうな鳴声が聞えて来て、愁思まさに絶頂に達した時、背後にはたはたと翼の音がして、
「別来、恙つつが無きや。」
 振り向いて見ると、月光を浴びて明眸皓歯めいぼうこうし、二十はたちばかりの麗人がにっこり笑っている。
「どなたです、すみません。」とにかく、あやまった。
「いやよ、」と軽く魚容の肩を打ち、「竹青をお忘れになったの?」
「竹青!」
 魚容は仰天して立ち上り、それから少し躊躇ちゅうちょしたが、ええ、ままよ、といきなり美女の細い肩を掻き抱いた。
「離して。いきが、とまるわよ。」と竹青は笑いながら言って巧みに魚容の腕からのがれ、「あたしは、どこへも行かないわよ。もう、一生あなたのお傍に。」
「たのむ! そうしておくれ。お前がいないので、乃公は今夜この湖に身を投げて死んでしまうつもりだった。お前は、いったい、どこにいたのだ。」
「あたしは遠い漢陽に。あなたと別れてからここを立ち退き、いまは漢水の神烏になっているのです。さっき、この呉王廟にいる昔のお友達があなたのお見えになっている事を知らせにいらして下さったので、あたしは、漢陽からいそいで飛んで来たのです。あなたの好きな竹青が、ちゃんとこうして来たのですから、もう、死ぬなんておそろしい事をお考えになっては、いやよ。ちょっと、あなたも痩せたわねえ。」
「痩せる筈さ。二度も続けて落第しちゃったんだ。故郷に帰れば、またどんな目に遭うかわからない。つくづくこの世が、いやになった。」
「あなたは、ご自分の故郷にだけ人生があると思い込んでいらっしゃるから、そんなに苦しくおなりになるのよ。人間到いたるところに青山せいざんがあるとか書生さんたちがよく歌っているじゃありませんか。いちど、あたしと一緒に漢陽の家へいらっしゃい。生きているのも、いい事だと、きっとお思いになりますから。」
「漢陽は、遠いなあ。」いずれが誘うともなく二人ならんで廟びょうの廊下から出て月下の湖畔を逍遥しょうようしながら、「父母在いませば遠く遊ばず、遊ぶに必ず方有り、というからねえ。」魚容は、もっともらしい顔をして、れいの如くその学徳の片鱗へんりんを示した。
「何をおっしゃるの。あなたには、お父さんもお母さんも無いくせに。」
「なんだ、知っているのか。しかし、故郷には父母同様の親戚の者たちが多勢いる。乃公は何とかして、あの人たちに、乃公の立派に出世した姿をいちど見せてやりたい。あの人たちは昔から乃公をまるで阿呆か何かみたいに思っているのだ。そうだ、漢陽へ行くよりは、これからお前と一緒に故郷に帰り、お前のその綺麗きれいな顔をみんなに見せて、おどろかしてやりたい。ね、そうしようよ。乃公は、故郷の親戚の者たちの前で、いちど、思いきり、大いに威張ってみたいのだ。故郷の者たちに尊敬されるという事は、人間の最高の幸福で、また終極の勝利だ。」
「どうしてそんなに故郷の人たちの思惑ばかり気にするのでしょう。むやみに故郷の人たちの尊敬を得たくて努めている人を、郷原きょうげんというんじゃなかったかしら。郷原は徳の賊なりと論語に書いてあったわね。」
 魚容は、ぎゃふんとまいって、やぶれかぶれになり、
「よし、行こう。漢陽に行こう。連れて行ってくれ。逝者ゆくものは斯かくの如き夫かな、昼夜を舎すてず。」てれ隠しに、甚はなはだ唐突な詩句を誦しょうして、あははは、と自らを嘲あざけった。
「まいりますか。」竹青はいそいそして、「ああ、うれしい。漢陽の家では、あなたをお迎えしようとして、ちゃんと仕度がしてあります。ちょっと、眼をつぶって。」
 魚容は言われるままに眼を軽くつぶると、はたはたと翼の音がして、それから何か自分の肩に薄い衣のようなものがかかったと思うと、すっとからだが軽くなり、眼をひらいたら、すでに二人は雌雄の烏、月光を受けて漆黒しっこくの翼は美しく輝き、ちょんちょん平沙を歩いて、唖々と二羽、声をそろえて叫んで、ぱっと飛び立つ。
 月下白光三千里の長江ちょうこう、洋々と東北方に流れて、魚容は酔えるが如く、流れにしたがっておよそ二ときばかり飛翔して、ようよう夜も明けはなれて遥はるか前方に水の都、漢陽の家々の甍いらかが朝靄あさもやの底に静かに沈んで眠っているのが見えて来た。近づくにつれて、晴川せいせん歴々たり漢陽の樹、芳草萋々せいせいたり鸚鵡おうむの洲、対岸には黄鶴楼の聳そびえるあり、長江をへだてて晴川閣と何事か昔を語り合い、帆影点々といそがしげに江上を往来し、更にすすめば大別山だいべつざんの高峰眼下にあり、麓ふもとには水漫々の月湖ひろがり、更に北方には漢水蜿蜒えんえんと天際に流れ、東洋のヴェニス一眸ぼうの中に収り、「わが郷関きょうかん何いずれの処ぞ是これなる、煙波江上、人をして愁えしむ」と魚容は、うっとり呟いた時、竹青は振りかえって、

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<宇多田光>
何色でもない花 (A Flower of No Color)
沒有顏色的花

君きみがくれたのは
你給我的花

何色なにいろでもない花はな
是一朵沒有顏色的花

ああ そんなに遠とおくない未来みらい
啊啊 在不遠的將來

僕ぼくらはもうここにいないけど ずっと
我們已不在這裡  但我永遠

I’m in love with you
我愛上了你

In it with you
和你在一起

In it with you
和你在一起
In love with you
愛著你

In it with you
和你在一起

In it with you
和你在一起

朝日あさひが昇のぼるのは
早晨太陽升起

誰だれかと約束やくそくしたから
是因為和某人做了承諾

ああ 名高なだかい学者がくしゃによると
啊啊 根據著名的學者所言

僕ぼくらは幻まぼろしらしいけど 今日きょうも
我們可能只是幻覺 但今天也是

I’m in love with you
我愛上了你
In it with you
和你在一起

In it with you
和你在一起

In love with you
愛著你

In it with you
和你在一起

In it with you
和你在一起

だけど 自分じぶんを信しんじられなきゃ
但是 如果你不相信自己

何なにも信しんじらんない
就不會相信任何事情

存在そんざいしないに同義どうぎ
就如同不存在ㄧ樣

確たしかめようのない事実じじつしか
只有無法證實的事實

真実しんじつとは呼よばない
才稱為真理

私わたしたちの心こころの中身なかみは誰だれにも奪うばえない
任誰也無法奪走我們內心裡的東西

そんなに守まもらないでも平気へいき
所以不那麼保護也沒關係

だけど 自分じぶんを信しんじられなきゃ
但是 如果無法相信自己

何なにも信しんじらんない
就無法相信任何事情

孔雀東南飛(後)
 
石井俊雄
前回は、岩波文庫に「中国名詩選」の中の長編叙事詩「孔雀東南飛」の前半を記した。
後半では、先ず蘭芝の紛紛とした再婚話しが続き、最後は悲劇の完成となって終る。 ここでは再婚話しの部分は省略し最後の部分を記してみる。
よかったらご一読ください。
 
阿母謂阿女 阿母 阿女に謂う、  
適得府君書    「適(まさ)に府君の書を得るに、  
明日來迎汝 明日 来たりて汝を迎えんと。  
何不作衣裳    何ぞ衣裳を作らざる、  
莫令事不舉 事をして挙がらざらしむ莫(な)かれ。」  
阿女默無聲    阿女 默して声無し。  
手巾掩口啼 手巾もて口を掩いて啼き、  
涙落便如瀉 涙落ちて便(すなわ)ち瀉(そそ)ぐが如し。  
移我琉璃榻    我が琉璃の榻(とう)を移し、  
出置前窗下 出して前窓の下に置く。  
左手持刀尺    左手に刀尺を持ち、  
右手執綾羅    右手に綾羅を執りて、  
朝成繍狭裙 朝(あした)に繍狭裙を成し、 (注)「狭」はフォント無く代字
晩成單羅衫    晩(くれ)に單羅衫(たんらさん)を成す。  
奄奄日欲暝 奄奄(えんえん)として日は暝(く)れんと欲す、 (注)「奄」はフォント無く代字
愁思出門啼    愁思門を出でて啼く。  
母は娘に言った。「いましがた太守さまからお手紙を受け取ったが、あすにはお前を迎えに来るそうだよ。 さあ、早く花嫁衣装を仕立てるがよい。婚礼に間に合わないようなことがないようにね。」
娘は黙ったままだった。ハンカチで口をおさえて泣く。涙が流れんばかりに落ちるのだった。
やがて琉璃で飾った椅子を表に持ち出し、窓の下に置く。 左手に裁ちばさみと物差、右手に絹の糸を持ち、朝のうちに刺繍したあわせのスカートを、夕方までにはひとえの薄手の上着を縫い上げた。
あたりは暮れかかり、夜に入ろうとする。娘は悲しみのあまり屋敷の外へ出て泣く。
府吏聞此變 府吏 之の変を聞き、
因求假暫歸    因(よ)りて假を求めて暫く帰る。
未至二三里    未だ至たらざること二三里、
摧藏馬悲哀 摧藏(さいぞう)して馬(うま)悲哀す。
新婦識馬聲    新婦馬声を識り、
躡履相逢迎 履を躡(ふ)みて相逢迎(あいほうげい)す。
悵然遙相望    悵然(ちょうぜん)として遙かに相望(あいのぞ)み、
知是故人來 知る是れ故人の来たるを。
舉手拍馬鞍    手を挙げて馬の鞍を拍(う)ち、
嗟歎使心傷 嗟歎(さたん)して心を傷ましむ。
自君別我後    「君の我れに別れしより後、
人事不可量 人事 量る可(べ)からず、
果不如先願    果して先願の如くならず、
又非君所詳 又 君の詳(つまびらか)にする所に非ず、
我有親父母    我に親父母(しんふぼ)有り、
逼迫兼弟兄 逼迫するに弟兄(ていけい)を兼ね、
以我應他人    我を以て他人に応ぜしむ。
君還何所望    君還るも何の望む所ぞ。」
さて焦仲卿は、人から聞いてこの一大事を知り、休暇をとって一時帰休し、妻の実家を訪ねようとした。 あと二、三里のところで、馬が苦しんで悲しくいななく。 あれはあの人の馬の声と、すぐに聞き分けた劉蘭芝は、靴をつっかけて出迎える。 悲しげに遠くを望みやり、懐かしい人の来訪を知ったのであった。 やがて近づいた馬の鞍を手でたたきつつ嘆けば、胸は痛むばかりである。
「別れ別れになってしまってからというもの、人の世のことはわからないものですわねぇ、 やっぱり私たちの願いどおりには、事は運ばなかったのです。あなたにはなかなか、おわかりいただけないことですけど。 私の母がせめたてるばかりでか、兄まで加わって、無理やり私の再婚を承諾してしまったのですわ。 こうしてあなたが戻っていらしても、もう何の希望がありましょう。」
(摧藏)五臓が砕けるほど悲しむ意。馬も主人の気持ちを察して悲しむのである。
府吏謂新婦    府吏 新婦に謂う、  
賀卿得高遷    「卿(きみ)の高遷を得たるを賀す。  
磐石方且厚    磐石は方にして且(かつ)厚し、  
可以卒千年    以て千年を卒(お)う可し。  
蒲葦一時靭    蒲葦は一時の靭、 (注)「靭」はフォント無く代字
便作旦夕間    便(すなわ)ち旦夕(たんせき)の間を作(な)す。  
卿當日勝貴    卿(きみ)當(まさ)に日に勝貴(しょうき)なるべし、  
吾獨向黄泉    吾 独り黄泉に向わん。」  
新婦謂府吏    新婦 府吏に謂う、  
何意出此言    「何の意か此の言を出す、  
同是被逼迫    同じく是れ逼迫せらるる、  
君爾妾亦然    君も慈(しか)り 妾も亦た然(しか)り。  
黄泉下相見    黄泉の下に相見(あいまみ)えん、  
勿違今日言    今日の言に違うこと勿れ。」  
執手分道去    手を執りて道を分ち去り、  
各各還家門    各各 家門に還る。  
生人作死別    生人(せいじん) 死別を作(な)す、  
恨恨那可論    恨恨 那(なん)ぞ論ず可(べ)けん。  
念與世間辭    念(おも)う世間と辞す、  
千萬不復全    千萬復(また)全(まった)からずを。  
焦仲卿が劉蘭芝にいう。「玉の輿だね、おめでとう。岩は四角な上に厚いから、千年たっても変わらぬが、 蒲や葦はしなやかで丈夫なのもほんの一時のことで、せいぜい朝から晩までしかもたないのだね。 おまえは日増しに、えらいご身分になっていくだろうな。私は、ひとりであの世へ行くよ。」
劉蘭芝が焦仲卿にいう、「どうしてそんなことをおっしゃるのです。押し付けられたという点でいえば、あなたも私も同じですわ。 私もあの世へ行って、あなたと会うことにいたします。きっと今日のその言葉を違えないでくださいね。」
手と手をとった二人は、やがて別の道をとって、それぞれの自分の家に戻ったのだった。 生きているもの同士、ここで死別れをするのである。恨めしさは、言葉で言い表せない。 二人の胸中にあったのは、「これで世間とはお別れ、どうあっても生き永らえたりはしはせぬ」との決意だった。
(高遷)立身出世。(勝貴)高貴な身分。(磐石・蒲葦)先に女の誓いの言葉を受けたもの。 (同是被逼迫)先に男が女に「逼迫するに阿母あり」と言ったことを持ち出し、立場の平等を強調したもの。
 
 
府吏還家去 府吏 家に還り去り、
上堂拜阿母    堂に上って阿母を拜す。
今日大風寒    「今日大いに風寒く、
寒風摧樹木 寒風は樹木を摧(くだ)き、
嚴霜結庭蘭    厳霜は庭蘭に結ぶ。
兒今日冥冥 兒は今日冥冥(に赴き)、
令母在後單    母をして後に在りて単ならしむ。
故作不良計 故(ことさら)に不良の計を作(な)すも、
勿復怨鬼神    復(ま)た鬼神を怨むこと勿れ。
命如南山石 命は南山の石の如く、
四體康且直    四体 康にして且つ直(ちょく)なれ。」
焦仲卿は家に戻ると奥座敷に上がって母親に挨拶した。
「ずいぶん風が強く、寒い日ですね。冷たい風で樹木が折れ、厳しい霜が庭の蘭に貼り付いています。 私は今日この日、あの世へ参るつもりです。 母上をひとりあとに残すことになりますが、このような怪しからぬ考えは、私がわざわざ決めたことですから、 どうか神様を怨まないでください。母上が南山の石のように長生きなさって、いつまでもお健やかでお腰も曲がりませぬように。」
(命如南山石)『詩経』にも「南山の寿きが如く」とある通り、人の長寿をことほぐ語。。
阿母得聞之 阿母 之を聞くを得て、
零涙應聲落    零涙 声に応じて落つ。
汝是大家子 「汝は是れ大家の子、
仕宦於臺閣    台閣に仕宦す。
慎勿為婦死 慎みて婦の為に死すること勿かれ、
貴賤情何薄    貴賤 情 何ぞ薄き。
東家有賢女 東家に賢女有り、
窈窕艷城郭    窈窕(ようちょう) 城郭に艷なり。
阿母為汝求 阿母 汝が為に求めんこと、
便復在旦夕    便(すなわ)ち復(ま)た旦夕に在り。」
府吏再拜還 府吏 再拜して還り、
長歎空房中    空房の中に長歎し、
作計乃爾立 計を作して乃(すなわ)ち慈(しか)く立つ。
轉頭向戸裡    頭を転じて戸裡に向い、
漸見愁煎迫 漸く愁いの煎迫するを見る。
これを聞いて、母親は息子を説得しようとするが、ひとこと話すたび、涙がぽろぽろ落ちるのだった。
「お前は名家の子。わが家は高官を出した家柄なのだよ。どうか女のために死ぬようなことはやめておくれ。 身分の上下で心を移す薄情女ではないか。それより近所の家に賢い娘がおる。 その美しさは町一番、母がおまえにもらってやろう。すぐ今にでも。」
焦仲卿は再拝して自分の部屋に戻る。妻のいないがらんとした部屋で、しばらく溜息をついていたが、 かねての考え通りに事を運ぼうと決心した。 戸口から家の内をかえり見ると、しだいに悲しみが胸の中に煮えたってくる。
 其日馬牛嘶 其日 馬牛嘶(いなな)き、  
新婦入青廬    新婦は青廬に入る。  
菴菴黄昏後 菴菴(あんあん)たり 黄昏の後、  
寂寂人定初    寂寂(せきせき)たり 人定まるの初め。  
我命絶今日 我が命は今日絶えん、  
魂去尸長留    魂去りて尸(し)は長く留まらん。  
攬裙脱絲履 裙を攬りて糸履を脱ぎ、  
舉身赴清池    身を挙げて清池に赴く。  
府吏聞此事 府吏 此の事を聞き、  
心知長別離    心に知る 長(とこしえ)の別離なるを。  
徘徊庭樹下 庭樹の下に徘徊し、  
自掛東南枝    自(みずか)ら東南の枝に掛る。
その結婚の当日、馬がしきりに鳴いた。いよいよ蘭芝は、花嫁用の仮小屋に入った。 夕暮が深まり、暗闇が迫る頃、人々が寝静まったころである。 「私の命はきょうで終り、魂は飛び去り、屍だけが残されるのだ」と思いつつ、蘭芝はスカートのすそをつまみあげ、 絹のくつを脱ぐと、池に身を投じた。 その知らせを聞くと、焦仲卿は、これが永の別れと知り、庭の樹の下をさまよったのち、東南に伸びた枝に首をくくった。
(馬牛)牛はつけたりの字でここでは単に馬。(青廬)青布の幔幕をめぐらした仮小屋。
 兩家求合葬 兩家 合葬を求め、  
合葬華山傍    華山の傍に合葬す。  
東西植松柏 東西に松柏を植え、  
左右種梧桐    左右に梧桐を種(う)う。  
枝枝相覆蓋 枝枝(しし) 相覆蓋(あいふくがい)、  
葉葉相交通    葉葉(ようよう) 相交通(あいこうつう)す。  
中有雙飛鳥 中に双飛鳥(そうひちょう)有り、  
自名為鴛鴦    自(みずか)ら名づけて鴛鴦(えんおう)と為す。  
仰頭相向鳴 頭を仰いで相向って鳴き、  
夜夜達五更    夜夜 五更(ごこう)に達す。  
行人駐足聽 行人 足を駐(とど)めて聽き、  
寡婦起傍徨    寡婦 起きて傍徨す。  
多謝後世人 多謝す 後世の人、  
戒之慎勿忘    之を戒めて 慎みて忘るること勿かれ。  
焦家と劉家は双方とも、合葬したいと申し出、ここに二人は華山のふもとに合葬された。 墓の東西には松と柏、左右に梧桐を植えた。枝と枝は覆い重なり、葉と葉は入り混じった。 その中に一対の鳥がいる。「エン」「オウ」と鳴き交わすところから「鴛鴦」と名付けられた。 いつも首を挙げて向き合って鳴き、明け方まで鳴きつづけるのであった。 その声に、道行く人は足をとめて聞き入り、夫を亡くした女は床から起き出し、周囲を歩きまわる。
後世の方がたに申し上げたい、どうか、これを戒めとして、お忘れにならぬように。
(自名為鴛鴦)鳥は自らその名を呼ぶという。(多謝)くれぐれも申し上げる。
 


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