【逆行而上、主动出击……通州战“疫”一线,这些温暖故事格外动人!】
4月28日15时至29日15时,北京市新增本土新冠肺炎病毒感染者34例,其中,通州区新增8例……
在这场与新冠肺炎抗击的战“疫”中,有太多慷慨激昂的战斗场景,一个个忙碌的身影振奋人心,一幕幕感人画面在瞬间定格,在这个危急时刻,他们站在第一线,扛起所有人的希望和生机,也是这些温暖的瞬间,化作了点点星光,驱散阴霾。
梨园镇:封控后的12小时里,处处暖人心!
2022年4月28日,梨园镇大方居小区报告了1人初筛阳性,根据疫情防控相关规定,将333号楼划定为封控区,整个大方居南区、北区(除333号楼外)为管控区……
封控一小时,梨园派出所民警耐心地为居民解答防疫政策, 现场,民警帮忙接过生活物资放到老人的小推车上。
封控两小时,居委会开始忙碌起来,大家各司其职,为居民答疑解惑。
封控后三小时,流调工作进入准备阶段,社工们穿上防护服整装待发,保供点开放了,生活物资平价、新鲜、货量足,居民可以现场下单购买。社区工作人员维持着现场秩序,红马甲志愿者出动,向居民宣传疫情防控政策,配送服务开始,若社区居民有需求,生活物资可直达楼门口。
入夜,核酸检测开始了。居民志愿者维持现场秩序,大方居北区社区志愿者周淑清引导居民加入疫情防控楼门群,以便居民及时获知防疫咨询。有位带着孩子的年轻妈妈拎不动生活物资,社区工作人员放下手中工作,积极协助解决,由保安师傅帮忙拎东西很安心。两位热心居民来到社区委员会,帮忙电话核实居民信息,正在逐渐上手。一位没有透露姓名的女孩为坚守到深夜的安保人送上热好的寿司,小李想留下他的姓名,被女孩婉拒。
第二天清晨,正常生活一如既往……
杨庄街道:平凡人的坚守筑起防疫“钢铁长城”
2225户4000余人的靓景明居社区社区,核酸检测秩序井然,各项生活保障有条不紊。居民互帮互助,甚至主动请缨加入‘战斗’,献计献策、提供心理支持服务,更有不少居民为志愿者送来饮料和暖宝等慰问品,转身就跑不留名……
“周老师,我这边见红了,有宫缩……”深夜,社工周羽丹微信里的收到一条让人揪心的信息。
周羽丹赶紧停下手头的活,第一时间与其电话沟通,并让孕妇家属收拾去医院的衣物用品,在杨庄街道和各相关部门的联动下,仅40分钟顺利将该孕妇送往通州妇幼保健院待产。
“谢谢周老师,要不是您帮忙,我真就把孩子生家里了。我已在通州妇幼顺利生下一个孩子,感谢感谢”,凌晨4:46分,周羽丹收到了这位新妈妈的微信,居委会里忙碌了一夜无眠的社工们欢呼起来。
而在京贸南区社区里,对于即将成为二孩爸爸邢义、主动延期婚礼陈志强、准妈妈曹嘉奕3位年轻社工来说,本是值得无限憧憬和期盼的好日子,可突如其来的疫情,让这甜蜜美好中掺杂了些许微苦,虽略有遗憾,但他们舍小家为大家,用行动彰显了青年担当。
物业保安化身大白配送员、防护服的遮挡下不知名貌的“白衣战士”、疫情背后默默奉献的台账哥,这些人是父母、是伴侣、是子女,他们坚守各自岗位、履行自己的职责,他们只是疫情下的平凡天使,也是义无反顾奔赴抗疫战场的战士。
中仓街道:逆行而上,临时先锋队直面战“疫”
4月28日,中仓街道新华园社区北人家园小区出现一例核酸阳性病例,按照疫情防控有关规定,中仓街道北人家园实行了临时封控,车辆、人员“只进不出”。一场与疫情“短兵相接”的战“疫”正在进行……
疾风知劲草,危难见担当。为加强临时封控小区人员力量,中仓街道7位“85后”年轻干部组成的“青年先锋队”集结出征,逆行而上,赴临时封控小区支援。
“上下同欲者胜,风雨同舟者兴”,瓜果米蔬保供充足、防疫行动果断有力、生活服务暖心到位......街道党工委选派包片领导迟世生同志赶赴社区支援封控管理,与工作人员、社区居民一起同心抗疫。
北人家园小区大门外设置了临时买菜点,居民正在排队买菜
社工、志愿者们全部在岗,全力做好核酸检测、人员信息摸排、社区物资供应、居民答疑解惑等工作,建立完善孕妇、高龄老人等特殊人群专项台账,随时关注动态,切实解决涉疫群众生活的后顾之忧。
街道对临时封控小区落实环境消杀,垃圾清运等保障工作。同时,为及时服务新华园社区其他小区,街道抽调干部成立了新华园社区临时服务站,为其他小区居民提供服务。
人同心,则力同向;力同向,则战必胜。虽然不能出家门、不能出小区,小区居民的生活并未受到太多影响,无论大人、孩子都以积极乐观的心态,面对“宅”家的生活,一位居民说“虽然管理力度很严,但是我们状态还是很放松的,该干活干活,该生活生活”,很多居民自愿报名加入志愿者队伍,大家一起用行动传递爱的温度和力量。
这是一场没有硝烟的战争
一个谁也不能够置身事外的战场
疫情肆虐,病毒无情,人间处处有真情。
我们铭记、感恩这些平凡人
并致敬他们的不平凡举动!
4月28日15时至29日15时,北京市新增本土新冠肺炎病毒感染者34例,其中,通州区新增8例……
在这场与新冠肺炎抗击的战“疫”中,有太多慷慨激昂的战斗场景,一个个忙碌的身影振奋人心,一幕幕感人画面在瞬间定格,在这个危急时刻,他们站在第一线,扛起所有人的希望和生机,也是这些温暖的瞬间,化作了点点星光,驱散阴霾。
梨园镇:封控后的12小时里,处处暖人心!
2022年4月28日,梨园镇大方居小区报告了1人初筛阳性,根据疫情防控相关规定,将333号楼划定为封控区,整个大方居南区、北区(除333号楼外)为管控区……
封控一小时,梨园派出所民警耐心地为居民解答防疫政策, 现场,民警帮忙接过生活物资放到老人的小推车上。
封控两小时,居委会开始忙碌起来,大家各司其职,为居民答疑解惑。
封控后三小时,流调工作进入准备阶段,社工们穿上防护服整装待发,保供点开放了,生活物资平价、新鲜、货量足,居民可以现场下单购买。社区工作人员维持着现场秩序,红马甲志愿者出动,向居民宣传疫情防控政策,配送服务开始,若社区居民有需求,生活物资可直达楼门口。
入夜,核酸检测开始了。居民志愿者维持现场秩序,大方居北区社区志愿者周淑清引导居民加入疫情防控楼门群,以便居民及时获知防疫咨询。有位带着孩子的年轻妈妈拎不动生活物资,社区工作人员放下手中工作,积极协助解决,由保安师傅帮忙拎东西很安心。两位热心居民来到社区委员会,帮忙电话核实居民信息,正在逐渐上手。一位没有透露姓名的女孩为坚守到深夜的安保人送上热好的寿司,小李想留下他的姓名,被女孩婉拒。
第二天清晨,正常生活一如既往……
杨庄街道:平凡人的坚守筑起防疫“钢铁长城”
2225户4000余人的靓景明居社区社区,核酸检测秩序井然,各项生活保障有条不紊。居民互帮互助,甚至主动请缨加入‘战斗’,献计献策、提供心理支持服务,更有不少居民为志愿者送来饮料和暖宝等慰问品,转身就跑不留名……
“周老师,我这边见红了,有宫缩……”深夜,社工周羽丹微信里的收到一条让人揪心的信息。
周羽丹赶紧停下手头的活,第一时间与其电话沟通,并让孕妇家属收拾去医院的衣物用品,在杨庄街道和各相关部门的联动下,仅40分钟顺利将该孕妇送往通州妇幼保健院待产。
“谢谢周老师,要不是您帮忙,我真就把孩子生家里了。我已在通州妇幼顺利生下一个孩子,感谢感谢”,凌晨4:46分,周羽丹收到了这位新妈妈的微信,居委会里忙碌了一夜无眠的社工们欢呼起来。
而在京贸南区社区里,对于即将成为二孩爸爸邢义、主动延期婚礼陈志强、准妈妈曹嘉奕3位年轻社工来说,本是值得无限憧憬和期盼的好日子,可突如其来的疫情,让这甜蜜美好中掺杂了些许微苦,虽略有遗憾,但他们舍小家为大家,用行动彰显了青年担当。
物业保安化身大白配送员、防护服的遮挡下不知名貌的“白衣战士”、疫情背后默默奉献的台账哥,这些人是父母、是伴侣、是子女,他们坚守各自岗位、履行自己的职责,他们只是疫情下的平凡天使,也是义无反顾奔赴抗疫战场的战士。
中仓街道:逆行而上,临时先锋队直面战“疫”
4月28日,中仓街道新华园社区北人家园小区出现一例核酸阳性病例,按照疫情防控有关规定,中仓街道北人家园实行了临时封控,车辆、人员“只进不出”。一场与疫情“短兵相接”的战“疫”正在进行……
疾风知劲草,危难见担当。为加强临时封控小区人员力量,中仓街道7位“85后”年轻干部组成的“青年先锋队”集结出征,逆行而上,赴临时封控小区支援。
“上下同欲者胜,风雨同舟者兴”,瓜果米蔬保供充足、防疫行动果断有力、生活服务暖心到位......街道党工委选派包片领导迟世生同志赶赴社区支援封控管理,与工作人员、社区居民一起同心抗疫。
北人家园小区大门外设置了临时买菜点,居民正在排队买菜
社工、志愿者们全部在岗,全力做好核酸检测、人员信息摸排、社区物资供应、居民答疑解惑等工作,建立完善孕妇、高龄老人等特殊人群专项台账,随时关注动态,切实解决涉疫群众生活的后顾之忧。
街道对临时封控小区落实环境消杀,垃圾清运等保障工作。同时,为及时服务新华园社区其他小区,街道抽调干部成立了新华园社区临时服务站,为其他小区居民提供服务。
人同心,则力同向;力同向,则战必胜。虽然不能出家门、不能出小区,小区居民的生活并未受到太多影响,无论大人、孩子都以积极乐观的心态,面对“宅”家的生活,一位居民说“虽然管理力度很严,但是我们状态还是很放松的,该干活干活,该生活生活”,很多居民自愿报名加入志愿者队伍,大家一起用行动传递爱的温度和力量。
这是一场没有硝烟的战争
一个谁也不能够置身事外的战场
疫情肆虐,病毒无情,人间处处有真情。
我们铭记、感恩这些平凡人
并致敬他们的不平凡举动!
3种危害全家的浴室风水
1.生抒长疮的马桶
根据中国传统家相学的原理,马桶的方向不可和套宅的方向一致,比如套宅大门的方向朝南,那么当人坐在马桶上的时候,如果面也向着南方,就是犯了马桶与套宅同向的忌
2.水火不容型浴厕
许多风水学流派都认为,浴厕不宜设在套宅的南方,其实这也和八卦方位有关。南方为离卦,五行属火,而浴厕五行属水,将属水的浴厕设在属火的南方,是浴厕的水克制了火地,如同人的八字冲克流年太岁,所以也是不吉的。
3.影响健康的封闭型浴厕
一些住宅的浴厕是全封闭的,没有窗户,只有排气扇,而且排气扇也并不是经常开启。按照家相学的看法,浴厕中一定要有窗,最好是阳光充足,空气流通,道理很简单,让浴厕中的浊气更容易排出,保持空气的新鲜。如果完全封闭,又缺少通风设备,对家人健康肯定是不利的,使用一些空气清新剂,只是改变了空气的味道,对空气质量的改善毫无意义。
#好运# #日常迷信# #情感分析#
1.生抒长疮的马桶
根据中国传统家相学的原理,马桶的方向不可和套宅的方向一致,比如套宅大门的方向朝南,那么当人坐在马桶上的时候,如果面也向着南方,就是犯了马桶与套宅同向的忌
2.水火不容型浴厕
许多风水学流派都认为,浴厕不宜设在套宅的南方,其实这也和八卦方位有关。南方为离卦,五行属火,而浴厕五行属水,将属水的浴厕设在属火的南方,是浴厕的水克制了火地,如同人的八字冲克流年太岁,所以也是不吉的。
3.影响健康的封闭型浴厕
一些住宅的浴厕是全封闭的,没有窗户,只有排气扇,而且排气扇也并不是经常开启。按照家相学的看法,浴厕中一定要有窗,最好是阳光充足,空气流通,道理很简单,让浴厕中的浊气更容易排出,保持空气的新鲜。如果完全封闭,又缺少通风设备,对家人健康肯定是不利的,使用一些空气清新剂,只是改变了空气的味道,对空气质量的改善毫无意义。
#好运# #日常迷信# #情感分析#
熊本地震からきょうで6年 生活の再建が引き続き課題
2022年4月14日 12時27分 熊本地震
270人以上が犠牲となった一連の熊本地震で、最初に震度7の揺れを観測した地震が発生してから14日で6年です。震度7を2回観測した益城町などでは、いまだに90人余りが仮設住宅で暮らしていて、依然として生活の再建が課題となっています。
熊本県によりますと、6年前の熊本地震では、熊本市や益城町など40の市町村で合わせて19万8255戸の住宅が全半壊するなどの被害が出て、災害関連死を含めて276人が犠牲となりました。
熊本県内では16市町村110か所におよそ4300戸の仮設住宅が整備され、民間の賃貸住宅を活用した「みなし仮設」も含め、地震のよくとしは、最も多い2万255世帯、4万7800人が仮設住宅での生活を余儀なくされました。
その後、被災者の住まいの確保が進み、仮設団地は、3月末には益城町と西原村の2か所になり「みなし仮設」を含む仮設住宅で生活する被災者は37世帯95人となりました。
熊本県による益城町の区画整理は終わるまであと5年以上かかる予定で、被災者の中には仮設住宅での生活が続く人がいて、依然として生活再建が課題となっています。
熊本県は「被災者の最後の1人が住まいを再建するまで支援を継続していきたい」としています。
【益城町 いまも80人余りが仮設住宅】
熊本地震から6年となる中、震度7の揺れを2回観測し大きな被害を受けた益城町では、区画整理事業などの影響で今も80人余りが仮設住宅などでの暮らしを余儀なくされています。
地震発生当時、益城町では道路が狭く入り組んでいたり住宅が倒壊したりして場所によっては救急車などの緊急車両がすぐに入れませんでした。
このため中心部の28.3ヘクタールで狭い道路を造り直し、宅地や公園などを新たに整備する区画整理事業が続いています。
しかし、3月末現在、
▽完成した宅地は全体の19%、
▽土地の引き渡しができたのは318人の地権者のうち20%余りの70人にとどまっていて、県によりますと、事業が完了するのは6年後の令和10年3月末の予定です。
また、町の中心部を通る幹線道路、県道熊本高森線のおよそ3.1キロを4車線化する拡幅工事も行われていて、4年後の令和8年3月末に完了する予定です。
こうした公共事業などの影響で、益城町によりますと地震から6年たった今もなお32世帯83人が仮設住宅などでの暮らしを余儀なくされているということです。
【益城町では】
大きな被害を受けた益城町では更地になった場所に朝から花が供えられていました。
町内に住む80代の女性は、「地震のことを思い出していました。色々まだ出来ないことがたくさんあります。大変でした」と話していました。
また、通学途中の女子高校生は、「熊本地震は横揺れで怖かったです。毎日が怖くて怯えているような状況でした。以前は少しの揺れでも怖がっていましたが、今は大丈夫になりました。復興に向けて町の人たちに頑張ってほしいです」と話していました。
【益城町の仮設住宅では】
益城町の仮設住宅「木山仮設団地」では人の出入りの少ない静かな朝を迎えました。
益城町ではピーク時の2017年には、18の仮設団地に3900人あまりが生活していましたが、現在は「木山仮設団地」の1か所に集約され、先月末の時点で16世帯48人が暮らしています。
益城町の自宅が全壊し、現在も仮設住宅に住んでいる70代の男性は「自宅のあった場所が区画整理の対象で、事業が進まないためここに住まざるをえない。営んでいた自動車整備の工場も被災し、お金もたまらないため、再建のめどは立っていない。娘夫婦に心配をかけたくない思いが強く行政にはもっとやる気を出して事業を進めてほしい」と話していました。
益城町の自宅が全壊して妻と娘、それに孫と4人で木山仮設団地に暮らしている林清治さん(83)は「6年たって思い返してみると、仮設住宅に来てからは脳梗塞にもなってあまりいいことがなかったなと思います。ただ、ようやく町内の元の場所に家を再建するめどがたったので、また家族いっしょの家で暮らすのが今から楽しみです」と話していました。
2022年4月14日 12時27分 熊本地震
270人以上が犠牲となった一連の熊本地震で、最初に震度7の揺れを観測した地震が発生してから14日で6年です。震度7を2回観測した益城町などでは、いまだに90人余りが仮設住宅で暮らしていて、依然として生活の再建が課題となっています。
熊本県によりますと、6年前の熊本地震では、熊本市や益城町など40の市町村で合わせて19万8255戸の住宅が全半壊するなどの被害が出て、災害関連死を含めて276人が犠牲となりました。
熊本県内では16市町村110か所におよそ4300戸の仮設住宅が整備され、民間の賃貸住宅を活用した「みなし仮設」も含め、地震のよくとしは、最も多い2万255世帯、4万7800人が仮設住宅での生活を余儀なくされました。
その後、被災者の住まいの確保が進み、仮設団地は、3月末には益城町と西原村の2か所になり「みなし仮設」を含む仮設住宅で生活する被災者は37世帯95人となりました。
熊本県による益城町の区画整理は終わるまであと5年以上かかる予定で、被災者の中には仮設住宅での生活が続く人がいて、依然として生活再建が課題となっています。
熊本県は「被災者の最後の1人が住まいを再建するまで支援を継続していきたい」としています。
【益城町 いまも80人余りが仮設住宅】
熊本地震から6年となる中、震度7の揺れを2回観測し大きな被害を受けた益城町では、区画整理事業などの影響で今も80人余りが仮設住宅などでの暮らしを余儀なくされています。
地震発生当時、益城町では道路が狭く入り組んでいたり住宅が倒壊したりして場所によっては救急車などの緊急車両がすぐに入れませんでした。
このため中心部の28.3ヘクタールで狭い道路を造り直し、宅地や公園などを新たに整備する区画整理事業が続いています。
しかし、3月末現在、
▽完成した宅地は全体の19%、
▽土地の引き渡しができたのは318人の地権者のうち20%余りの70人にとどまっていて、県によりますと、事業が完了するのは6年後の令和10年3月末の予定です。
また、町の中心部を通る幹線道路、県道熊本高森線のおよそ3.1キロを4車線化する拡幅工事も行われていて、4年後の令和8年3月末に完了する予定です。
こうした公共事業などの影響で、益城町によりますと地震から6年たった今もなお32世帯83人が仮設住宅などでの暮らしを余儀なくされているということです。
【益城町では】
大きな被害を受けた益城町では更地になった場所に朝から花が供えられていました。
町内に住む80代の女性は、「地震のことを思い出していました。色々まだ出来ないことがたくさんあります。大変でした」と話していました。
また、通学途中の女子高校生は、「熊本地震は横揺れで怖かったです。毎日が怖くて怯えているような状況でした。以前は少しの揺れでも怖がっていましたが、今は大丈夫になりました。復興に向けて町の人たちに頑張ってほしいです」と話していました。
【益城町の仮設住宅では】
益城町の仮設住宅「木山仮設団地」では人の出入りの少ない静かな朝を迎えました。
益城町ではピーク時の2017年には、18の仮設団地に3900人あまりが生活していましたが、現在は「木山仮設団地」の1か所に集約され、先月末の時点で16世帯48人が暮らしています。
益城町の自宅が全壊し、現在も仮設住宅に住んでいる70代の男性は「自宅のあった場所が区画整理の対象で、事業が進まないためここに住まざるをえない。営んでいた自動車整備の工場も被災し、お金もたまらないため、再建のめどは立っていない。娘夫婦に心配をかけたくない思いが強く行政にはもっとやる気を出して事業を進めてほしい」と話していました。
益城町の自宅が全壊して妻と娘、それに孫と4人で木山仮設団地に暮らしている林清治さん(83)は「6年たって思い返してみると、仮設住宅に来てからは脳梗塞にもなってあまりいいことがなかったなと思います。ただ、ようやく町内の元の場所に家を再建するめどがたったので、また家族いっしょの家で暮らすのが今から楽しみです」と話していました。
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