ユニフォームの着こなしの違いとは?野球選手のパンツの種類(スタイル)解説
プロ野球選手のユニフォームの着こなしはさまざまだ。とりわけ、違いがわかりやすいのは彼らの足元。Twitterで「オールドスタイル」と画像検索すれば、それを愛するたくさんの野球ファンを見つけることができ、選手らの着こなしを楽しみにしている人の多さがわかるはずだ。そこで今回は、野球選手の足元の着こなしに焦点を当て、その違いを紹介していく。
ユニフォームの着方は大きくオールドスタイルとストレートスタイルに分けられる
上の画像のうち、オールドスタイルとは左から2つを指し、ストレートスタイルは右から3つを指している。どちらもよく見られるありふれたスタイルだが、どのような違いがあるのか。
◆オールドスタイル
まず、オールドスタイルとは、「膝より下の位置でストッキングとユニフォームの裾を折り込み、ストッキングを見せる履き方」を指し、以前はこのスタイルが主流だった。
このオールドスタイルは、「膝下までストッキングを露出させる」ショートスタイルと、「ショートスタイルより10cm程、ストッキングが短い」レギュラースタイルに分類できる。
オールドスタイルの選手は、パ・リーグで言うと北海道日本ハムの中島卓也選手、楽天の茂木栄五郎選手、千葉ロッテの荻野貴司選手、オリックスの福田周平選手などが代表的で、俊足を売りとする選手が愛用しているようだ。
◆ストレートスタイル
1990年代から見られるようになったストレートスタイルは、「ユニフォームの裾をストッキングに折り込まず、外に出す履き方」を指す。
ストレートスタイルも、「ユニフォームの裾部分をゴムで絞る」ロングスタイルと、「ユニフォームの裾を絞らない」正統派のストレートスタイル、「ユニホームの裾が、膝位置あたりから広くなっている」フレアスタイルに分類できる。
ストレートスタイルを着用しているパ・リーグの主な選手は以下の通りだ。
【北海道日本ハムファイターズ】
秋吉亮投手、上沢直之投手投手、近藤健介選手、中田翔選手、西川遥輝選手
【東北楽天ゴールデンイーグルス】
辛島航投手、岸孝之投手、松井裕樹投手、辰己涼介選手、ブラッシュ選手
【埼玉西武ライオンズ】
高橋光成投手、多和田真三郎投手、増田達至投手、金子侑司選手、森友哉選手、山川穂高選手
【千葉ロッテマリーンズ】
有吉優樹投手、石川歩投手、種市篤暉投手、益田直也投手
【オリックス・バファローズ】
増井浩俊投手、山岡泰輔投手
【福岡ソフトバンクホークス】
千賀滉大投手、森唯斗投手、周東佑京選手、デスパイネ選手
2つのスタイルによる違いとは。選手が語るその理由
こうしてみると、特に投手の中では、ストレートスタイルが人気なようだ。その理由を探るべく、桜美林大学で教鞭を執る若松健太氏が発足した草野球チーム「ジャンクベースボールクラブ」の選手ら29名にご協力いただき、アンケート調査を行った。
すると、パ・リーグの選手の中ではストレートスタイルが圧倒的人気を誇るのに対し、「ジャンクベースボールクラブ」所属選手の半数以上である17名が、オールドスタイルを着用しているという意外な事実が判明した。
さらに調査を進めると、多くの選手がオールドスタイルの選手について、「足が速そう。機敏そう」といった印象を持っている一方で、ストレートスタイルの選手に対して、「長距離打者が多い。足が長く見えるので体が大きく感じる」といった印象を持っていた。
その理由としては、「ストレートスタイルより涼しい」「慣れているから」「俊足に見せて、相手を警戒させたい」といったことが挙げられたほか、オールドスタイルを着用したことがある選手のうち19人が、その動きやすさを評価しており、やはりこの機動力がオールドスタイルの大きな魅力と言えそうだ。
ストレートスタイルを着用する選手からは、「怪我防止」「ストッキングの汚れ防止」といった実用性を評価した意見が聞かれたほか、「足が長く見える」「着こなしが楽」「プロ野球選手っぽい」などファッション性を評価する声も多く得られた。また、11人の選手が「オールドスタイルのゴムの締め付けが気になる」とも回答しており、これもストレートスタイルの人気を後押ししていると考えられる。
今回の調査では、それぞれのユニフォームの着こなしごとに長所や短所があり、試合を有利に進めるための思惑を持って、ユニフォームの着こなしを選んでいる選手がいることもわかった。プロ・アマを問わず、日によって着こなしを変えている選手も多く確認できたころから、どちらの着こなしを選ぶかは、選手のその都度のフィーリング次第と言えそうだ。しかし、その着方に注目すれば、選手それぞれの個性も感じられ、より一層プロ野球を楽しめるのではないだろうか。ぜひ今後の野球観戦の参考にしてみてほしい。
取材協力・ジャンクベースボールクラブ
“野球”を通じて「人生を豊かにする」ことを目的とし、現在は関東草野球リーグ、その他トーナメント大会を中心に活動する草野球チーム。
取材・文 今泉友香
イラスト 出内テツオ
プロ野球選手のユニフォームの着こなしはさまざまだ。とりわけ、違いがわかりやすいのは彼らの足元。Twitterで「オールドスタイル」と画像検索すれば、それを愛するたくさんの野球ファンを見つけることができ、選手らの着こなしを楽しみにしている人の多さがわかるはずだ。そこで今回は、野球選手の足元の着こなしに焦点を当て、その違いを紹介していく。
ユニフォームの着方は大きくオールドスタイルとストレートスタイルに分けられる
上の画像のうち、オールドスタイルとは左から2つを指し、ストレートスタイルは右から3つを指している。どちらもよく見られるありふれたスタイルだが、どのような違いがあるのか。
◆オールドスタイル
まず、オールドスタイルとは、「膝より下の位置でストッキングとユニフォームの裾を折り込み、ストッキングを見せる履き方」を指し、以前はこのスタイルが主流だった。
このオールドスタイルは、「膝下までストッキングを露出させる」ショートスタイルと、「ショートスタイルより10cm程、ストッキングが短い」レギュラースタイルに分類できる。
オールドスタイルの選手は、パ・リーグで言うと北海道日本ハムの中島卓也選手、楽天の茂木栄五郎選手、千葉ロッテの荻野貴司選手、オリックスの福田周平選手などが代表的で、俊足を売りとする選手が愛用しているようだ。
◆ストレートスタイル
1990年代から見られるようになったストレートスタイルは、「ユニフォームの裾をストッキングに折り込まず、外に出す履き方」を指す。
ストレートスタイルも、「ユニフォームの裾部分をゴムで絞る」ロングスタイルと、「ユニフォームの裾を絞らない」正統派のストレートスタイル、「ユニホームの裾が、膝位置あたりから広くなっている」フレアスタイルに分類できる。
ストレートスタイルを着用しているパ・リーグの主な選手は以下の通りだ。
【北海道日本ハムファイターズ】
秋吉亮投手、上沢直之投手投手、近藤健介選手、中田翔選手、西川遥輝選手
【東北楽天ゴールデンイーグルス】
辛島航投手、岸孝之投手、松井裕樹投手、辰己涼介選手、ブラッシュ選手
【埼玉西武ライオンズ】
高橋光成投手、多和田真三郎投手、増田達至投手、金子侑司選手、森友哉選手、山川穂高選手
【千葉ロッテマリーンズ】
有吉優樹投手、石川歩投手、種市篤暉投手、益田直也投手
【オリックス・バファローズ】
増井浩俊投手、山岡泰輔投手
【福岡ソフトバンクホークス】
千賀滉大投手、森唯斗投手、周東佑京選手、デスパイネ選手
2つのスタイルによる違いとは。選手が語るその理由
こうしてみると、特に投手の中では、ストレートスタイルが人気なようだ。その理由を探るべく、桜美林大学で教鞭を執る若松健太氏が発足した草野球チーム「ジャンクベースボールクラブ」の選手ら29名にご協力いただき、アンケート調査を行った。
すると、パ・リーグの選手の中ではストレートスタイルが圧倒的人気を誇るのに対し、「ジャンクベースボールクラブ」所属選手の半数以上である17名が、オールドスタイルを着用しているという意外な事実が判明した。
さらに調査を進めると、多くの選手がオールドスタイルの選手について、「足が速そう。機敏そう」といった印象を持っている一方で、ストレートスタイルの選手に対して、「長距離打者が多い。足が長く見えるので体が大きく感じる」といった印象を持っていた。
その理由としては、「ストレートスタイルより涼しい」「慣れているから」「俊足に見せて、相手を警戒させたい」といったことが挙げられたほか、オールドスタイルを着用したことがある選手のうち19人が、その動きやすさを評価しており、やはりこの機動力がオールドスタイルの大きな魅力と言えそうだ。
ストレートスタイルを着用する選手からは、「怪我防止」「ストッキングの汚れ防止」といった実用性を評価した意見が聞かれたほか、「足が長く見える」「着こなしが楽」「プロ野球選手っぽい」などファッション性を評価する声も多く得られた。また、11人の選手が「オールドスタイルのゴムの締め付けが気になる」とも回答しており、これもストレートスタイルの人気を後押ししていると考えられる。
今回の調査では、それぞれのユニフォームの着こなしごとに長所や短所があり、試合を有利に進めるための思惑を持って、ユニフォームの着こなしを選んでいる選手がいることもわかった。プロ・アマを問わず、日によって着こなしを変えている選手も多く確認できたころから、どちらの着こなしを選ぶかは、選手のその都度のフィーリング次第と言えそうだ。しかし、その着方に注目すれば、選手それぞれの個性も感じられ、より一層プロ野球を楽しめるのではないだろうか。ぜひ今後の野球観戦の参考にしてみてほしい。
取材協力・ジャンクベースボールクラブ
“野球”を通じて「人生を豊かにする」ことを目的とし、現在は関東草野球リーグ、その他トーナメント大会を中心に活動する草野球チーム。
取材・文 今泉友香
イラスト 出内テツオ
#西野七瀬[超话]#
【西野七瀬 『あな番』を乗り越え、少しはタフになれた】
【エンタウオッチング】
【自分でも驚いた卒業後の変化】
女優として活動する一方、ファッション誌『non-no』やイベント「Rakuten Girls Award」などでモデルとして活躍。『ライオンのグータッチ』(フジテレビ系)や『グータンヌーボ2』(関西テレビ)などのバラエティ番組にも継続して出演している。乃木坂46卒業後、これらの仕事の向き合い方に、変化はあるのか。
「モデルもバラエティも、もとから1人でのお仕事だったので、そこまで変化はないかもしれないです。変化ということでは、最近、『いい気が出てるね』とか『前とは全然違うね』とか言ってもらえることが増えました。自分でもなんとなく、そう感じていたんです。ちょっと明るくなったり、積極的に人に話しかけられるようになったりしたかなって。そんなふうになれるとは思ってなかったからうれしいし、それを人から言われると余計にうれしい。『やっぱり』みたいな感じになってます(笑)。
変わったきっかけは、やっぱり『あな番』が大きかったと思います。半年間も同じメンバーと取り組んでいたので、人と話すことに慣れたというか。それまでは自分で何重にも壁を作って、究極は挨拶以外しゃべらない、みたいなこともいっぱいあったんです。自分のことでいっぱいいっぱいで、他の方と話すことにもあまり興味がなかった。でも『あな番』の時に『舞台の本番中に、こんなハプニングがあって』とか役者さんの話を聞いていたら、『面白い』と思えて。そういうエピソードが、みなさんにあるわけじゃないですか? それを聞けるのはすごく楽しいことなんじゃないかと、25歳にして初めて気付きました(笑)。
あと、乃木坂46だったときのお仕事に対して、『握手会って、どんな感じなの?』とか『女の子同士で大変じゃないの?』とか、いろいろ聞いてもらえることも多かったんですよ。そういうなかで、『あれ? 人としゃべるのって楽しいぞ』と(笑)。それに気付けたっていうのが、この1年の変化として、すごく大きい気がします」
西野は卒業後、新たなファンを増やしている。株式会社アーキテクトが実施している「タレントパワーランキング」のアンケート調査によると、西野の認知度は18年11月度調査で32.1%だったが、卒業後の19年2月度に35.6%に上昇。『あなたの番です』が佳境に入った8月度には42.7%へとジャンプアップしている。特に伸び率が高いのが女性だ。18年11月度は35.6%だったが、19年8月度には49.3%と15%近くも伸ばし、50%に迫る勢いとなっている。グループ時代から応援してきた男性ファンに加え、女性のファンが増加していることがうかがえる結果だ。
今後は女優、モデル、バラエティタレント、声優などの選択肢が考えられるが、本人は、どの仕事に力を入れたいのか。
「えー、全部大切ですけど…お芝居、なのかなぁ…。お芝居をやっぱり、やっていきたいです。経験がない分、まだまだ知らないことだらけ。まだお芝居の世界では初心者だから、もっと力をつけたいし、いろんな役を経験したいです。例えば、大阪出身なので、大阪弁の役とかをやってみたいですね。大阪の人は明るくチャキチャキ、みたいなイメージがあると思うんですけど、私はそっちタイプではなくて。難しいんですけど、大人の関西弁の女の人を演じてみたいです」
西野の「女優力」には、どのようなものがあるのか。『あな番』の鈴間氏は「彼女にしかない独特の空気感が魅力」と語る。
「すごく派手でもないし、自己主張が強いタイプの女優さんでもないんですけど、独特のたたずまいでそこにいる。普通なようで普通じゃない空気感があるんです。それは持って生まれたものだと思うので、他の人にはマネできないと思います。
あと、ダンスをやっていたので、身体能力が高くて、身のこなしがキレイですよね。殺人シーンで黒島ちゃんがダダッと走ってターンする場面があって。そのリハーサルの時には、現場が『おおー!カッコイイ!』と盛り上がりましたね」(鈴間氏)
糸曽監督は「1番は、『根性がある』ということじゃないですか?」と話す。
「『コルボッコロ』では、多い時は何テイク録ったか分からないぐらい、リテイクを出したんです。でも絶対に『やめたい』と言わずにやり続けてくれました。諦めないことは、女優業だけなく、すべてにおいて大事だと思うんです。しかもリテイクするたびに言い方を換えてくる。手探りながらも、食らいつこうとするんですよね。その負けず嫌いな感じが、『コルボッコロ』の鈴という役にも合っていたと思います。
今回は20人くらい入れるブースに、1人で入ってもらって収録したんです。防音なので、中は完全に無音。孤独で、ずっといると怖いはずなんですよ。その中で延々台本を持って、真摯に向き合ってくれた。しかも僕が1つひとつのセリフにこだわったので、時間が予定よりオーバーしてしまったんですよ。昼から深夜までかかったのに、彼女は『最後までやりたい』とギリギリまで応えてくれました」(糸曽監督)
【西野七瀬 『あな番』を乗り越え、少しはタフになれた】
【エンタウオッチング】
【自分でも驚いた卒業後の変化】
女優として活動する一方、ファッション誌『non-no』やイベント「Rakuten Girls Award」などでモデルとして活躍。『ライオンのグータッチ』(フジテレビ系)や『グータンヌーボ2』(関西テレビ)などのバラエティ番組にも継続して出演している。乃木坂46卒業後、これらの仕事の向き合い方に、変化はあるのか。
「モデルもバラエティも、もとから1人でのお仕事だったので、そこまで変化はないかもしれないです。変化ということでは、最近、『いい気が出てるね』とか『前とは全然違うね』とか言ってもらえることが増えました。自分でもなんとなく、そう感じていたんです。ちょっと明るくなったり、積極的に人に話しかけられるようになったりしたかなって。そんなふうになれるとは思ってなかったからうれしいし、それを人から言われると余計にうれしい。『やっぱり』みたいな感じになってます(笑)。
変わったきっかけは、やっぱり『あな番』が大きかったと思います。半年間も同じメンバーと取り組んでいたので、人と話すことに慣れたというか。それまでは自分で何重にも壁を作って、究極は挨拶以外しゃべらない、みたいなこともいっぱいあったんです。自分のことでいっぱいいっぱいで、他の方と話すことにもあまり興味がなかった。でも『あな番』の時に『舞台の本番中に、こんなハプニングがあって』とか役者さんの話を聞いていたら、『面白い』と思えて。そういうエピソードが、みなさんにあるわけじゃないですか? それを聞けるのはすごく楽しいことなんじゃないかと、25歳にして初めて気付きました(笑)。
あと、乃木坂46だったときのお仕事に対して、『握手会って、どんな感じなの?』とか『女の子同士で大変じゃないの?』とか、いろいろ聞いてもらえることも多かったんですよ。そういうなかで、『あれ? 人としゃべるのって楽しいぞ』と(笑)。それに気付けたっていうのが、この1年の変化として、すごく大きい気がします」
西野は卒業後、新たなファンを増やしている。株式会社アーキテクトが実施している「タレントパワーランキング」のアンケート調査によると、西野の認知度は18年11月度調査で32.1%だったが、卒業後の19年2月度に35.6%に上昇。『あなたの番です』が佳境に入った8月度には42.7%へとジャンプアップしている。特に伸び率が高いのが女性だ。18年11月度は35.6%だったが、19年8月度には49.3%と15%近くも伸ばし、50%に迫る勢いとなっている。グループ時代から応援してきた男性ファンに加え、女性のファンが増加していることがうかがえる結果だ。
今後は女優、モデル、バラエティタレント、声優などの選択肢が考えられるが、本人は、どの仕事に力を入れたいのか。
「えー、全部大切ですけど…お芝居、なのかなぁ…。お芝居をやっぱり、やっていきたいです。経験がない分、まだまだ知らないことだらけ。まだお芝居の世界では初心者だから、もっと力をつけたいし、いろんな役を経験したいです。例えば、大阪出身なので、大阪弁の役とかをやってみたいですね。大阪の人は明るくチャキチャキ、みたいなイメージがあると思うんですけど、私はそっちタイプではなくて。難しいんですけど、大人の関西弁の女の人を演じてみたいです」
西野の「女優力」には、どのようなものがあるのか。『あな番』の鈴間氏は「彼女にしかない独特の空気感が魅力」と語る。
「すごく派手でもないし、自己主張が強いタイプの女優さんでもないんですけど、独特のたたずまいでそこにいる。普通なようで普通じゃない空気感があるんです。それは持って生まれたものだと思うので、他の人にはマネできないと思います。
あと、ダンスをやっていたので、身体能力が高くて、身のこなしがキレイですよね。殺人シーンで黒島ちゃんがダダッと走ってターンする場面があって。そのリハーサルの時には、現場が『おおー!カッコイイ!』と盛り上がりましたね」(鈴間氏)
糸曽監督は「1番は、『根性がある』ということじゃないですか?」と話す。
「『コルボッコロ』では、多い時は何テイク録ったか分からないぐらい、リテイクを出したんです。でも絶対に『やめたい』と言わずにやり続けてくれました。諦めないことは、女優業だけなく、すべてにおいて大事だと思うんです。しかもリテイクするたびに言い方を換えてくる。手探りながらも、食らいつこうとするんですよね。その負けず嫌いな感じが、『コルボッコロ』の鈴という役にも合っていたと思います。
今回は20人くらい入れるブースに、1人で入ってもらって収録したんです。防音なので、中は完全に無音。孤独で、ずっといると怖いはずなんですよ。その中で延々台本を持って、真摯に向き合ってくれた。しかも僕が1つひとつのセリフにこだわったので、時間が予定よりオーバーしてしまったんですよ。昼から深夜までかかったのに、彼女は『最後までやりたい』とギリギリまで応えてくれました」(糸曽監督)
1/17芥川賞に上田岳弘さん・町屋良平さん 直木賞は真藤順丈さん。
第160回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が16日、東京・築地の「新喜楽」で開かれ、芥川賞に上田岳弘(うえだたかひろ)さん(39)の「ニムロッド」(群像12月号)と町屋良平(まちやりょうへい)さん(35)の「1R(いちラウンド)1分34秒」(新潮11月号)の2作、直木賞に真藤順丈(しんどうじゅんじょう)さん(41)の「宝島」(講談社)が選ばれた。副賞は各100万円。贈呈式は2月下旬、東京都内で開かれる。▼2面=真藤さんの「ひと」
上田さんは1979年、兵庫県明石市生まれ。早大卒業後、法人向けソフトウェア販売のITベンチャーに参加し、現在は広報・販売担当の役員。2013年「太陽」で新潮新人賞を受けてデビュー。15年「私の恋人」で三島由紀夫賞、18年「塔と重力」で芸術選奨文部科学大臣新人賞。3度目の候補で芥川賞を射止めた。
受賞作は、ネットで仮想通貨の「採掘」を命じられた男が主人公。ビットコインや出生前診断などを採り入れながら、生産性や合理化が優先される現代社会で生きる意味を問う。
受賞会見で上田さんは「執筆を重ねるごとに、深く、広く読んでほしいと試行錯誤してきた。価値があるかどうかわからないものに、人間存在の根本があると思う」と話した。
町屋さんは83年、東京都台東区生まれ。現在は荒川区在住で、ペンネームは「町屋」の地名から。高校卒業後、フリーターなどを経て、現在は営業職の会社員。16年「青が破れる」で文芸賞を受賞しデビュー。昨年発表した「しき」は芥川賞と野間文芸新人賞の候補に。2度目で受賞が決まった。
受賞作は、負けが先行している21歳のプロボクサーの男が主人公の青春小説。過去の自分にとらわれていた主人公が、新しいトレーナーとの出会いを機に、肥大した自意識が薄れ、闘志が生まれるまでの内面の変化を描く。
町屋さんは「ボクシングの言葉で喜びを表すと?」と問われ、「TKO。がむしゃらに頑張っていたら終わっていた。今作は、思いをしっかり文章にのせることができた」と語った。
選考委員を代表して選評した奥泉光さんは、上田さんについては「大変な跳躍度と完成度の高さ、大きな世界観と日常をつなげる手際の良さ」、町屋さんについては「ボクシングのトレーニングを徹底して描く筆の迫力」がそれぞれ評価されたと話した。
真藤さんは77年、東京都品川区生まれ。08年「地図男」でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受けてデビュー。同年「庵堂(あんどう)三兄弟の聖職」で日本ホラー小説大賞など、四つの新人賞をそれぞれ別の作品で受賞。今回、初めての候補で直木賞に決まった。
受賞作の舞台は52~72年、ある英雄を失った米占領下の沖縄。米軍基地から食料などを奪う「戦果アギヤー」と呼ばれた若者たちの青春を活写する。小学校を直撃した米軍機墜落事故など、実際に起きた悲惨な事件・事故を盛り込みつつ、尊厳を踏みにじられながらも、沖縄の未来を考えてそれぞれの道を歩む3人の男女を描く。
真藤さんは「今は辺野古湾への土砂投入の件が注目されているが、沖縄には常にアクチュアルな、我々日本人が考えなければいけない問題がある。総合小説をやりたくて沖縄という器を借りました」と話した。
選考委員の林真理子さんは「平成最後の直木賞にふさわしい作品。非常な熱量で圧倒的な評価を集めた。ちゃちゃを入れる語りなど、突き抜けた明るさがあり、沖縄の戦後史を描くのに必要だった」と評価した。
第160回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が16日、東京・築地の「新喜楽」で開かれ、芥川賞に上田岳弘(うえだたかひろ)さん(39)の「ニムロッド」(群像12月号)と町屋良平(まちやりょうへい)さん(35)の「1R(いちラウンド)1分34秒」(新潮11月号)の2作、直木賞に真藤順丈(しんどうじゅんじょう)さん(41)の「宝島」(講談社)が選ばれた。副賞は各100万円。贈呈式は2月下旬、東京都内で開かれる。▼2面=真藤さんの「ひと」
上田さんは1979年、兵庫県明石市生まれ。早大卒業後、法人向けソフトウェア販売のITベンチャーに参加し、現在は広報・販売担当の役員。2013年「太陽」で新潮新人賞を受けてデビュー。15年「私の恋人」で三島由紀夫賞、18年「塔と重力」で芸術選奨文部科学大臣新人賞。3度目の候補で芥川賞を射止めた。
受賞作は、ネットで仮想通貨の「採掘」を命じられた男が主人公。ビットコインや出生前診断などを採り入れながら、生産性や合理化が優先される現代社会で生きる意味を問う。
受賞会見で上田さんは「執筆を重ねるごとに、深く、広く読んでほしいと試行錯誤してきた。価値があるかどうかわからないものに、人間存在の根本があると思う」と話した。
町屋さんは83年、東京都台東区生まれ。現在は荒川区在住で、ペンネームは「町屋」の地名から。高校卒業後、フリーターなどを経て、現在は営業職の会社員。16年「青が破れる」で文芸賞を受賞しデビュー。昨年発表した「しき」は芥川賞と野間文芸新人賞の候補に。2度目で受賞が決まった。
受賞作は、負けが先行している21歳のプロボクサーの男が主人公の青春小説。過去の自分にとらわれていた主人公が、新しいトレーナーとの出会いを機に、肥大した自意識が薄れ、闘志が生まれるまでの内面の変化を描く。
町屋さんは「ボクシングの言葉で喜びを表すと?」と問われ、「TKO。がむしゃらに頑張っていたら終わっていた。今作は、思いをしっかり文章にのせることができた」と語った。
選考委員を代表して選評した奥泉光さんは、上田さんについては「大変な跳躍度と完成度の高さ、大きな世界観と日常をつなげる手際の良さ」、町屋さんについては「ボクシングのトレーニングを徹底して描く筆の迫力」がそれぞれ評価されたと話した。
真藤さんは77年、東京都品川区生まれ。08年「地図男」でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受けてデビュー。同年「庵堂(あんどう)三兄弟の聖職」で日本ホラー小説大賞など、四つの新人賞をそれぞれ別の作品で受賞。今回、初めての候補で直木賞に決まった。
受賞作の舞台は52~72年、ある英雄を失った米占領下の沖縄。米軍基地から食料などを奪う「戦果アギヤー」と呼ばれた若者たちの青春を活写する。小学校を直撃した米軍機墜落事故など、実際に起きた悲惨な事件・事故を盛り込みつつ、尊厳を踏みにじられながらも、沖縄の未来を考えてそれぞれの道を歩む3人の男女を描く。
真藤さんは「今は辺野古湾への土砂投入の件が注目されているが、沖縄には常にアクチュアルな、我々日本人が考えなければいけない問題がある。総合小説をやりたくて沖縄という器を借りました」と話した。
選考委員の林真理子さんは「平成最後の直木賞にふさわしい作品。非常な熱量で圧倒的な評価を集めた。ちゃちゃを入れる語りなど、突き抜けた明るさがあり、沖縄の戦後史を描くのに必要だった」と評価した。
✋热门推荐