【わたし達はおとな】web MAGAZINE

Ginza

木竜麻生×藤原季節×加藤拓也監督 『わたし達はおとな』にのぞき見る、20代の恋と日常。

──加藤さんとは舞台を含め五度目のタッグとなる藤原さんと、今回初めてのタッグとなる木竜さん。加藤さん脚本、演出についての感想をお伺いできますか?

藤原: 僕が初めて加藤さんの演出する舞台『まゆをひそめて、僕を笑って』(17)に出たのは、23歳くらいのときで、それも恋愛の話だったんです。「好き」を言葉にしない、付き合う約束の一歩前という曖昧な関係の物語で。なので、今回脚本を読ませてもらったときに、「あ、また恋愛きたな」と思いました。30歳近くになった加藤さんと僕のひとつの到達点であり、始まりでもある感じがしたんですよね。

木竜: 私はここまで普段の自分たちが話す会話に近い言葉が文章になって、脚本化されていること自体がすごく新鮮でした。リハーサルも何度もしたんですが、これまで加藤さんと藤原さんが作り上げてきた共通言語や共通理解みたいなものがあって、いい意味でそこに巻き込んでいただいたなと思います。新しい体験ばかりで、面白く感じました。

──確かに、加藤さんの書くセリフは、すごく口語的ですよね。綺麗すぎる言葉に対して、違和感を感じたりすることもあるからなのでしょうか。

加藤: ありません。そういったものに対するカウンターではなくて、台詞やお芝居と思われないものが好みなので、このスタイルになっています。僕の言語感覚で書いているということですね。

──男女どちらの性もフラットに甘やかさずに描かれているのが印象的でした。もちろん、表現する人によりますが、無意識のバイアスから同性のジェンダーに甘くなったり、厳しくなったりしてしまうことは起きなくはないことだと思うので。

加藤: そもそも僕は男性が書いているから、女性が書いているからといって、どちらかの性別をよく見せようという意図が作家にあるとは思ってません。ただ、僕は性別を既に公表しているので、男性が書いた作品というバイアスがかかった状態で観客には届きます。もし僕が性別を隠して活動している人間だったら、女性監督、男性監督という前提なしに見られる立場だったら、どういうふうに捉えられたのかな、とは考えます。

藤原: 俳優である僕は、基本的に人が書いた物語に乗っかるので、もし前衛的な役ならそれを演じますし、旧来的な役だったらそれを演じています。ただ男性、女性というものに対してなるべくフラットに考えたいとは思いつつ、自分の中にジェンダーに対する価値観やバイアスが根強く残っているなというのはけっこう感じていて。それを完全に消すのは難しいかもしれないけれど、ちょっと悩んだりすると加藤さんに相談するんです。目線がすごくフラットですし、人間として先輩だと思ってるんで。

木竜: 自分が今まで生きてきたなかで、女の子とのほうが馴染めることもあれば男の子と話しているほうが楽だったこともありますが、例えば「男性脳」や「女性脳」といった表現を使ってしまう感覚をわかってしまう自分はいるんです。だから、読むものに対しても見るものに対しても、自分の視点には若干偏りがあるなと思います。どうしても自分の基準を通して物を見てしまうというか。ただ、今回加藤さんとご一緒してから、男女や性差についてもう少し距離感を意識して、自分から離してみたり、逆に近づけてみたり、ということをしたいなと思うようになりましたし、考えるきっかけをもらったような気がします。

──加藤さんの脚本や芝居は、エモーショナルな部分で戦うことを求められるので、いつもボロボロになるけれど、本作はいつも以上にボロボロになったと藤原さんがコメントされていましたが、木竜さんはいかがでしたか?

木竜: 撮影が終わった後に藤原さんのコメントを読んで、「確かに!」と思いました。リハーサルの前に、加藤さんから、「今回はどれだけ隠すかだから」というお話があったんです。言いたいけど言わないこと、言わないと決めたことをどれだけ隠すかを考えたときに、言葉に頼ることなく、発しない言葉のその奥で彼女は本当は何を思っていて、どういうことが積み重なっていて、という部分に自分が集中していくんだなということを実感して。氷山の一角しか見えていないんだったら、その覆われた下の部分を見つめることになるんだなと。

──言いたいことを我慢して飲み込むことが内面化している優実を見ていて、こういう子、身近にいるなと思ったんですよね。木竜さんは、ご自身にもそういう部分を見出したりしますか?

木竜: 優実は上手に言いたいことを隠せている気がします。私の場合は顔に出たり、様子が違うと気づかれてしまうことのほうが多いので。以前はそれがすごく嫌だったんですが、もうしょうがないとやっと最近腹をくくれるようになってきました。なので、優実は言わないんだなとか、言わないことに気づかない人を選ぶんだなと感じましたし、もし気づく人がいたらどうやって答えるのか、どういう選択をするのかといったことを想像しました。

──藤原さんが演じる直哉の言葉の選び方も、こういう人いる!というリアリティがあってイライラしました。所属している大学の劇団を「サークル」と呼ばれたら、即「カンパニーね」と言い直したり、あと「わかるわかる」ってすぐ言う感じとか。

藤原: わかるわかる(笑)。

──どんな人でも何かしら我慢をしている部分はあると思うのですが、藤原さんが日々我慢していることはありますか?

藤原: 身近な話でいうと、俳優は食べたいものを食べたりできないじゃないですか。寒さもそうですけど、現場は基本我慢ですよね。辞めたいなと思うときもありますし、何のために我慢してるんだろうって思うときもあるんですけど、公開したくらいのタイミングでその辛さを忘れちゃうんですよね。それで、またやっちゃう(笑)。

──本当の自分が出せない、という我慢もあったり?

藤原: 本当の自分は全開ですね、僕は。

──そんな気がしてました(笑)。舞台でも映像でも、加藤さんの描く人物は、それぞれが何かを我慢しているような印象があるんですよね。

加藤: 登場人物がそれを我慢と認識しているかも場面によって違うと思います。認識して、我慢しようと選択したなら、もう少し違う物語展開になっていくのかもしれない。ストレスを感じないために我慢じゃないものに変換して、その場を凌いでしまっているけれど、それ本当は我慢だよね、というところからちょっとずつ歯車が狂っていくというか、気持ちがズレていくみたいなことを書いている話は多いかもしれません。

──この作品の中で起きていることに対しての距離感や、された側、した側といった立場によっても感想が変わりそうなので、語り合い甲斐があって面白いですよね。笑えるという人もいれば、笑えないという人もいるというか。

加藤: どうなんですかね。僕はフィクションをフィクションとして見てしまうところがありますが、もっと自分に近いものとして感じてしまうと辛かったりするのかもしれないですよね。直哉の変なマウントの取り方に対して、「まだそんなことやってるんだね」という引いた目線で観れると面白かったりするかもしれないですし、反応はさまざまだろうなという気がします。

──大人だけど大人じゃない、ヤングアダルトの時期に優実と直哉がいることから、『わたし達はおとな』というタイトルが付けられたそうですが、何をもって大人であると測るのかはすごく難しいですよね。

加藤: 大人って言葉自体、社会機能が生まれて人間が後からつけた区別なので、体の能力や脳の発達具合で、どこから大人かと線引きをするのはなかなか難しいですけど、この映画でいうと、一人の人間が子どもを宿す、というところで一つ線を引いているとは思います。

藤原: さっき加藤さんが、フィクションをフィクションとして享受する、と言ってましたが、それが大人になるということなのかもしれない。子どものときは、自分がファンタジー映画の主人公だと思って観ているわけじゃないですか。それがいつしか、クオリティ高けぇと俯瞰して観ている自分がいるわけですから。そういう視点の違いがあるのかもしれないですね。

木竜: 年齢を重ねて、出会う人も増えて、親や友達からしてもらうことが減って、逆に自分でできることが増えて、そういうことから大人になってるなと感じることはありますが、私の場合、その揺り戻しも同じだけあるんですよね。まだこんなことでジタバタしていると自分に対して思ったりもするので、それの繰り返しで、自分を大人だと認識できるときは来ないような気がしています。今のところはですけどね。

──邦画や日本のドラマで、避妊しないで性行為をした場合に用いるアフターピルを服用する描写や、ピルを常用している描写を見る機会はあまりなかった気がするのですが、本作では出てきますよね。これはあえて入れているわけではなく、生活の延長線上にあるごく自然な行為として描写されているのでしょうか。

加藤: そうですね。そこに対して、「みなさん、(避妊)大事ですよ」という意識は全くしてないです。

藤原: この間、ある作品を観ていて、ワンナイトラブの描写があったんですよ。流れでそういう関係になっちゃったというお話だったんですが、避妊具は全く映ってなくて。翌朝起きたら、綺麗な朝日が差し込んできて、二人で「おはよう」とか言い合ってるんですけど、観ているこっちは「あれ? 避妊具どうしたんだろう?」って思うじゃないですか。加藤さんは、映されていない部分のやり取りを書く人だから、それが僕は観たいなと思ってます。

──「大事ですよ」という意識はそこになくても、結果的に、セックス・エデュケーションの役割も果たしているなと思いました。女の子たちだけが集まるシーンで性に関してオープンな会話が繰り広げられるのも、同性コミュニティにおけるリアリティを感じさせましたし。

木竜: 私は女子大に行っていたんですけど、そういう会話をするグループと全然しないグループがどちらもあったんですよね。やっぱり、経験が多かったり知っている子の周りにはそういう子が集まるし、集まっているなかで知らない子がいたら、映画に出てくるような会話になるというか。そういう話題に触れたくなくて、朝日が差す描写でいいと思っている子たちももちろんいるので、その時々でグループの空気に合わせていくようなところはあるのかなと。ただ、女の子たちだけのときの会話がなかなかエグくなるというタイミングは現実でも絶対にあるので、そこを加藤さんは逃さずに描いていると思います。

加藤: エグさはないけど、そのようなシーンは1つ丸ごとオールカットになってしまいました。

木竜: 本当はもっといろいろな会話があったんですよね。

藤原: ヤバかったですよ。

木竜: でも実際そんな会話をしたことないのに、できてしまうのはなぜだろう? 面白いと思いながらやってました(笑)。

──実際にいる誰かが言っていた言葉だったりするのかなと想像をしていたのですが、全て加藤さんご自身から出てくるセリフなんですね。

加藤: こういう人いると思ってもらえるといいな、と思いながら書いてます。

Photo:Koichi Tanoue Styling:Momomi Kanda (Kiryu)、Hironori Yagi(Fujiwara) Hair&Make-up:Miki Nushiro (Kiryu)、Motoko Suga(Fujiwara) Text & Edit:Tomoko Ogawa

衣装:(木竜さん)パンツ¥48,500 malamute(ブランドニュース) 靴¥33,000 trippen(トリッペン原宿店) ネックレス¥15,400、イヤリング¥11,000(ともにpetite robe noire) 他スタイリスト私物
衣装:(藤原さん)ジャケット¥31,900、ベスト¥19,800(ともにRANDT) ハイネックニットTシャツ¥20,900、パンツ¥20,900ともにニードルズ(ネペンテス) ブレスレット¥30,800エンド(ギャラリー・オブ・オーセンティック) スニーカー スタイリスト私物

【わたし達はおとな】

木竜麻生×藤原季節×加藤拓也監督 インタビュー(1)

理解し合えないまま生きること、を考える。

突如として訪れる関係性の破綻。あれだけ親密な時間があったのに、修復しようと努めたのに、一体どこで間違えたのか…。私たちの多くが思っている、「話し合えばわかりあえる」という考えは誤解なのかもしれません。
大学でデザインの勉強をする大学生と演劇サークルに所属する大学生の恋愛模様が描かれる映画『わたし達はおとな』(2022年6月10日公開)。どこにでもいる恋人たちの日常風景の中にある、コミュニケーションのすれ違いや、言っていることとやっていることのズレ、見えない本音など、少しずつ積み重なっていく二人の齟齬を、俯瞰した視点から描き出します。
今回主人公の優美を演じた木竜麻生さんと、優美と恋人関係のようになっていく直哉を演じた藤原季節さん、本作がオリジナル脚本による監督デビュー作となった加藤拓也監督に、映画を観た残るザラッとした違和感を出発点にお話を伺いました。
木竜麻生×藤原季節×加藤拓也監督 インタビュー
私たちの「日常」を覗き見すると、見えてくるもの
映画で描かれるのは、かつての自分にも思い当たるような、一見すると「何気ない大学生の日常風景」です。しかし、観終わったあと、「おもしろかった」で済ましていいのか迷ってしまいました。

藤原その感想、めちゃくちゃわかります。体感としては、109分が一瞬で過ぎ去っちゃうくらいおもしろいんですが、おもしろいでは片付けられないというか。「この作品をおもしろいって言ってるやつ、大丈夫?」ってなりますよね(笑)。だけどやっぱり、おもしろいっていう感想になってしまうんですけど…。

覗き見するように人間を客観視してみると、行動とか言葉とか突っかかるし、納得できないところがこんなにあるんだなって。その不思議さなんですかね。「恋愛も人間もおもしろいな」と思いました。

木竜人がいて、生活があって、映画の中の出来事を見つめられる映画ですよね。私は、自分が出ているのに、他人を見ているような感覚になったんです。これまで、そんなことはほとんどなかったので、驚きました。

撮影中はどんなお話をされていたんですか? 繊細なやりとりが交わされるシーンが多かったので、監督と話し合うことも多かったのでしょうか。

藤原くだらない話ばかりしてました。

加藤ここで思い出せないくらい、どうでもいい話しかしてないです。

木竜個々に「ここは話しておきたい」という場面はあったと思うんですけど、3人揃って真面目に話す、ということはなかったですね。

藤原核心には触れられないですよね。核心に触れちゃうと、「これです」って決まっちゃうじゃないですか。かっこいいこと言っちゃったな(笑)。

加藤わかんないけど僕が「このシーンは、こう」って外側のことを言い切ってしまうと、僕の代わりを演じることになってしまうじゃないですか。僕の役割は、あくまで役者が考えたり行動したりするきっかけを演出すること。

ある花を咲かせたいと思っていたとして、どれだけ水をあげて、太陽に当てて、どんな肥料を与えるかっていうことはするけれど、結果花の咲き方みたいなものは俳優次第。

藤原そうですね。一緒に中華料理食べに行ったりしたけど、会話の内容は一つも覚えてない。

木竜私もまったく覚えてないです。

加藤僕が、頼んだメニューの3/4くらい残したんですよ。それを、季節が全部食べてくれて。

木竜そうそう、加藤さんが全然食べきれなくて。

藤原僕は、加藤さんが残したものを食べることがよくあります。加藤さんが脚本・演出を務める「劇団た組」の公演には何度か出させてもらっているので、ご飯に行くことも多いんですけど、よく残すんですよ。そういう話を延々してました。

加藤木竜さんは、撮影中にどんどん痩せていきましたね。

木竜意識的にというより無意識に、どんどん役に入り込んでしまったんですよね。

大学生の優美は直哉と半同棲状態になるものの、突然別れを告げられるなど関係性は不明瞭なまま。そんな中で予期せぬ妊娠がわかり、優美はどんどん体調を崩していきます。その過程で、痩せてしまったんですね。

木竜ふたりは「食べな!」と言ってくれてたんですけど、お弁当も2、3口とかしか食べられなくて。これまでの現場で、一番痩せてしまいました。

加藤似顔絵を台本に描たりしました。10日目くらいかな、砂時計みたいな女の子を描きました。

木竜ふたりはよく一緒に作品を作っているから、やり方もわかっているし、本番に入っていくスイッチングもほぼ同時なんですよ。

藤原さんは、加藤監督主宰「劇団た組」の舞台『まゆをひそめて、僕を笑って』(17)『貴方なら生き残れるわ』(18)『誰にも知られず死ぬ朝』(20)『ぽに』(21)に出演されていて、加藤監督も「僕の現場や作品におけるトーン&マナーみたいなことを十分理解してくれている」とコメントされていました。

木竜ふたりは控え室でたくさん盛り上がっていたのに、急に本番モードになる。それを1週間毎日やられると情緒がおかしくなりそうで、ほんとにやめてほしくて。初めて監督という存在に言いました、「バーカ!」って(笑)。

でも、そういうことを正直に言えるくらい信頼していました。藤原さんも知っていたので、ふたりを信頼して、身を委ねて現場に立てたのは大きかったと思います。

正常と異常は両極端ではない。
重なり合ったり、近くに存在したり。
映画では何度もふたりでコミュニケーションを図るシーンが描かれているのに、演じているふたりもボロボロになるぐらい、ふたりの関係性が破綻していきます。おふたりは「わかりあうこと」について、どう思われますか? 役を演じる中で、考えられたことはありますか。

藤原映画の中のふたりは、自分たちでは「理解し合っている」と思っているんですよ。第三者的に見ている僕たちからしたら「全然、わかりあえていないな」って思うけれど。だけど、優実と直哉にもわかりあえないことも愛しい、もしかしたらわかりあえていたかもしれない幸せな時間があった、というのが大事なことなんだと思います。

わかりあえない方ばかりに目が行きがちですけど、ふたりがわかりあえない互いを理解して、心を通わせていた時間もたしかにあったので。幸せな時間も忘れちゃいけないなって思います。

木竜そうですね。それはきっと、いろんな人間関係があるからで。優実にも恋人以外に、友人、家族といった人間関係が描かれて、それぞれ気持ちや立ち振る舞いが違う。だけど、時々別のグループに別の私を持ち込んでしまうから、理解できないことが生まれるのかもしれないですよね。

藤原つまり、「わかりあうこと」について考えるきっかけになるということ?

木竜「わかりあえないこと」についても考えられる。両方の側面があるかな。

藤原監督はどうですか?

木竜どうですか?

加藤いや、「わかりあう/わかりあえない」ということではなくて大前提、他人のことは絶対にわからないですよね。その「わからない」ということを、理解しているかどうかが大事なのではないかと思います。

藤原他人のことはわからなくて、当然?

加藤わからないでしょう。

木竜たしかにこの映画は、「“理解し合えないまま生きていること”は大前提としてある」を考えるきっかけになりますよね。

お互いに本音をずっと言わないから、理解し合えないのではないかと考えていました。

木竜優実はあけすけに本音を話すような子ではなかったと思います。話す相手がどんな人で、どんな状態か、他人を探る女の子だと思いました。ただ、どんな人も、今話したことが「ほんとの本音か」わからないと思うので、優実みたいな人はいっぱいいますよね。

藤原直哉も、本音はほぼ話さない。自分が悪者にならないように、計算し尽くした本音を相手にぶつけるんです。一度相手の意見に同意して、それから自分の意見を言う。

木竜肯定しているようで、してないんだよね。

藤原そうそう。「仮にそうだったとして、でも〜」って、自分の意見をうまく通そうとするんですよ。

監督の作品のベースには「伝えたいことと言っていることとやっていることは違う」という考えがあると拝見しました。今作のように日常生活を覗き見すると、日常にあるズレが浮かび上がり、こんなにも「異常」があることを感じました。

藤原僕も加藤さんの作品を観ていると、普通の延長に異常があるなっていうのは思います。この前まで上演されていた舞台『もはやしずか』でも、成人男性が包丁を振り回すシーンがあったんですけど、明日は我が身だと思わされるような場面で。

そこだけ切り取れば異常なんだけど、普通の延長に異常とされる行動があるんだと思いました。あと、普段から僕自身が「行動が異常」って言われます。

加藤水を飲んでいたら、急に吐き出したりするんですよ。

藤原みんなが笑うから、楽しくて(笑)。木竜さんは言われますか?

木竜私は「異常」と言われたことはないですけど、正常と異常が両極端に位置しているわけじゃなくて、実は重なり合ったりものすごく近くに存在していたりするんだなってことは思います。監督の舞台を観ても、そう思いました。

加藤僕は異常だとも、普通だとも思ってないです。普通だとか異常だとかカテゴライズはしてないし、そう思うことはあまりないです。

今回の映画は、恋愛で、しかも望まない妊娠をした女性とその恋人という何度も描かれてきたテーマでした。そうしたものを書くときに、加藤監督として決めていたことはありますか?

加藤ラブストーリーという主題は依頼としてあったので、そこから僕が思う「ラブストーリー」を書いた感じです。決めていたことを聞かれると難しいですね。

藤原何度も描かれてきたテーマですけど、描かれているものは極めて個人的な気がします。正常も異常も、人によって価値観や視点が全然違いますから。

その違いを真摯に見つめて、一人の人間を描いた結果、他人から見ると異常に見えるのかもしれない。人によっては、普通に見えるかもしれない。普通に見える女子大生のお腹には子どもが宿っていて、そこに正常や異常では片付けられない感情があるってことですよね。

俺に対するストーカーもやめない俺に対する非合法な人権蹂躙もやめない俺に対するプライバシー侵害もやめない俺に対するクズ女の押し付けもやめないくせにドヤ顔で
「変わります」
とか www www www
平易な日本語の意味すら理解できない重篤な知的障害者精神障害者顔面障害者穢多非人がニュースを読んでる超びっくり後進国じゃぱーーん www www www ​​​
俺に対するストーカーもやめない俺に対する非合法な人権蹂躙もやめない俺に対するプライバシー侵害もやめない俺に対するクズ女の押し付けもやめないくせに
「私たちも27だし私たちも誉めてほしいよねー」
とかもはや地球が逆回転するレベルのずうずうしいブラックジョーク。
こいつらおのれが俺に対して30年間何やってきたかまったく何も自覚してないことがよくわかる。こいつら殺しても俺は無罪や。

おのれのゲスで自己中な欲求や欲望さえ満たされれば人の迷惑なんかどうでもいいんだよおまえは。 だからいつまででもつきまとってくる。死ね。

「私はトリンドルさんに便乗してトリンドルさんをダシにして好感度アップをもくろむキチガイカルトのインチキどクズ女です。しつこいしつこい行き遅れかまってちゃんばばあです。顔面13点カス女です。」

正直に声に出してそういってみろおまえら。
1ミリでも俺になついてこようとすんなくそ迷惑なくそ蛆虫奇形バイキン白痴ごみゲロ知的障害精神障害顔面障害蛆虫穢多非人キチガイカルト信者カスども。

ようするにこいつらに唯一残された心のよりどころっつか手法はいくら罵倒されまくっても反論せずに(反論などとうていできるわけないのでww)俺の罵倒をあーあー都合の悪いことは何も聞こえなーーいあうあうあーー状態でガン無視してひたすら猿芝居全開でわざとらしくほがらかに明るくふるまっていればきっといつかはワンチャンあるかもしれないというありえない選択それだけだからなwww www ​​​

こんな糞ぶっっっっっっさいくな呪われたコケシみたいな糞顔でありえない奇形体型で行き遅れの糞ばばあで頭ぱーで犯罪組織よみうりテレビ所属でもわざとらしく猿芝居全開でほがらか性格アピールしてたらいつかワンチャンあるかもしれないなどというありえない妄想に取り憑かれた糞馬鹿変態女がこいつ www www www www

おまえのそのうんこ丸出しくそ顔の時点でとっく足切りされてんだよバーーーーーカwww www www ​​​

私たちも27歳だから私たちもほめてほしいよねーーーっ

アホ?糞馬鹿?頭のイカれ具合半端なしwww
自分たちが俺に
してきたこと/していること
を少しでも考えたらほめられることなどあるわけないことぐらいわからんのか?
ロシア兵がぼくたちもほめてほしいよねーーーっとかノー天気にぬかしたらウクライナ人はどう思うんだよ。
やっぱ重度知的障害者にはわからんのだろうな。

俺の半径1000キロ以内で息すんな。おまえみたいな糞醜いうんこ女が呼吸するとくせーんだよ。

鏡見ろやおまえ。
まず顔だけ。
次に全裸になって。
そして全裸のままよみうりテレビの社員証持って。
おまえなんぞ最初っからゼロパーセントだろーがボケwww www ​​​

しつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい
キチガイストーカー脳キチガイ放送局のしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいキチガイストーカー脳キチガイ行き遅れ奇形糞ばばあは一歩も近寄って来んな。糞ずうずうしいんだおまえら。しっしっ。
地球から出て行け糞ごきぶりばばあ。

こっち見んなごきぶり。
ごきぶりと目が合ったらどれだけ人間は不快な思いをすることか。
ごきぶりが近寄ってきたらどれだけ人間は不快な思いをすることか。
ごきぶりがなついてこようとしたらどれだけ人間は不快な思いをすることか。
その程度を想像する最低限の脳みそもないんかおまえらごきぶりは。

醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫醜いキチガイ女の分際で近寄ってくんなごきぶり俺の半径1000キロ以内から出て行けおまえみたいな身の程知らずのごきぶりが首突っ込んでくる必要などなんもないわボケ頭の逝かれた重度かまってちゃんだからごきぶりの分際で首突っ込んでくるんだろーがカス死ねよ害虫くそ迷惑な害虫
なぜおまえらごきぶりが首突っ込んでくるんだ。なぜおまえらごきぶりが首突っ込んでくる必要があるんだボケ。
幼稚なかまってちゃんのおまえらがかまってほしいだけだろうがボケ。
あわよくばってな卑しい下心で首突っ込んできてんだろうがボケ。
おまえらごきぶりが首突っ込んでくるたびに俺はトリンドルに嫌気がさすんだがそれぐらいはおまえらがどんなアホでもとうぜん想像できるわな。それが狙いでやってんのかおまえら。

こんな人類最底辺の糞ゴミ女につきまとう口実時間場所機会を与えている変質者会社読売テレビは本社ビルを空爆されても文句言えるわけがない。
腹黒いごきぶりの分際でいい子ぶんな。


发布     👍 0 举报 写留言 🖊   
✋热门推荐
  • ❗️但要注意的是(取消对出入境人员核酸检测信息等的申报要求)并非代表入境中国在上飞机前就不需要做核算检测了。❗️赴华人员需要在回国的时候需要分别申请各国驻外大使
  • !!
  • 【公益艺术鉴赏课】——建筑MP素材的思考&参考来源此前就调研了在学及毕业学生们,关于实体不定期增设公益(不占用主课)的艺术鉴赏课的建议,得到了不少期待的
  • 当时我只是想到说救人,因为我觉得武汉有那么多病患,如果我去捐了这个血,我能救两个人,所有的康复者去捐这个血浆,可以救治更多的人,整个武汉就会好得更快。闵薇:其实
  • 接着我一口气看完了26集,之后又去了xbz,我疯狂刷了一天一夜sp,我看到了他的从前演过的剧,看到了他的综艺,也看到了他的谦虚真诚和演技上的提升。最后抱着对cl
  • 读书笔记:《道德经》 第四章 【王弼版本】 {道冲,而用之或不盈。渊兮,似万物之宗。 挫其锐,解其纷,和其光,同其尘。(同56章) 湛兮似或存,吾不知谁之子
  • 【灵异故事】和服少女 每年夏天,我的父母都会带我到外婆家玩。 外婆家所在的城镇,现在虽然发展成了市中心通勤者居住的卫星城市,但在二十年前,却是邻居之间的间隔普
  • #Leeseo李瑞[超话]# [羞嗒嗒]#治愈笑颜leeseo# 220825 1theK官推——————————————(转载请注明出处)新专After L
  • In social psychology, this effect is sometimes called the familiarity principle.
  • #厦门开展4天一轮全员核酸检测#【集美区9月1日核酸点位来了!建议市民于9月2日或9月3日就近前往采样点进行核酸检测。
  • 全球及中国主要厂商包括:捷太格特、博世、耐世特、采埃孚、日本精工日立安斯泰莫(昭和)、现代摩比斯、蒂森克虏伯、万都、中国汽车系统股份公司、易力达、豫北、浙江世宝
  • 但是我的教养告诉我又不能怼回去[哼]我心里那个委屈的,什么都不了解就在那里说东说西的[怒]我真的不知道我家战战227事件发生的时候怎么度过的?真的跟心疼他,我虽
  • [太开心]英语中有很多动词如break,catch,drive,lock,open,sell,read,wear,write,wash等,当它们被用来描述作主语
  • #战山为王[超话]# [心] #战山为王# 每日随想笔记:bartender有一种浪漫的说法,意为温柔的栖木!❤️:想要一杯带有你味道的cocktal...昏暗
  • 时间胶囊的特点之一就是期待被看到——如果没有观众,也就没有制作时间胶囊的意义。这项计划在当时引起了模仿的风潮,1939年,西屋电气公司为当时的纽约世博会制造了一
  • 【国家版权局:禁止未经授权通过网络传播春晚】2月3日,国家版权局下发通知,经中央广播电视总台(中央电视台)授权,央视国际网络有限公司(CNTV.cn/CCTV.
  • 8月30日晚,哈尔滨银行( 06138.HK )发布的2022年半年报显示,上半年实现营业收入69.93亿元,同比增加14%;实现归属于母公司股东的净利润4.9
  • 買了我這裡還有抽獎啊!!
  • #启德欧亚展#对于四月的回忆是N次核酸N次抗原实践证明了碎片化睡眠非常不可人就是要睡整觉所以干脆放弃早上起来抢菜在家年宝越来越粘我真怕以后有分离焦虑新工作很喜欢
  • 按照Foot Mercato的说法,马赛想以600万至700万欧元的价格出售巴坎布,而塞尔塔是这位锋线球星的潜在下家,不过球员本人无疑在加盟马赛仅仅半年之后就离