【请问 索达吉堪布 | 为什么要听传承,有什么用? 我只喜欢听课,自己买一本书看不行吗?】
问:
为什么念传承?念传承要花很长时间。我只喜欢听课,自己买一本书看就行了,为什么要听个传承?听传承有什么用?我始终不理解这样的道理。
索达吉堪布:
我想这个疑问可能很多人也有,我应该在这里做一个简单的解释。
传承很重要,比如说我们自己买一本《中观根本慧论》的书来看,也完全可以,但是为什么要听传承呢?大家也知道,佛陀宣讲的佛法是一代一代一脉相传的,这是一个方面的原因。另一个原因,我前两天也说了,就是我们自己要传给别人的话,最好是有传承,有了传承以后,他的加持、他的智慧、他的能量自然而然得到,这是一种情况;还有一种情况,其实这个传承,它是一种声音,比如说我今天传《中观根本慧论》,我们这里有100个人,100个人都已经听到了这个声音,那么这100个人当中的某个人又传到下一代、又传到下一代……这样的话,每一个上师也好,高僧大德也好,成就者也好,他最开始的这种声音一直传到我们,那么这种力量跟我们仅仅看一本书相比,还是有很大的差别。
你们想想,比如麦彭仁波切造完《中观庄严论释》之后,给大家传讲,这种声音一直传到我们耳边,这种声音的力量,或者说是加持,或者说是物质,它直接传到我们,那我们获得的加持和觉悟完全都是不相同的。可惜的是,我们藏传佛教当中有些大德的作品已经失传了,没有传承了。比如我们现在编辑的藏地一些伏藏大师、大德的作品,他的弟子没有能力传下去了,所以原来是有传承的,后来就失传了。失传之后,不管是灌顶也好、里面的讲解也好,只是我们自己学一学而已,但是这个完全是不相同的。就像我们自己学开车跟有师父教是完全不同的。
现在这样通过直播,我觉得传承完全能够得到,但通过录音,包括光盘,我们不敢说传承完全能得到,但也不敢说得不到。我以前也分析过,比如说,我今天讲课的声音通过麦克风,转换成一种数字信号,然后释放出来。其实你们很多人耳边听到的并不是我原来的声音,它是通过处理之后,释放、重现,最后你听到了。录音也好、光盘也好,实际上是把原来的声音记录以后进行处理,然后保存在某一个载体上面,当它释放的时候,按照物理学的角度,其实和原来的声音是一模一样的,所以你可以听到原来的声音。但是,如果只要听到这种声音就完全算是传承的话,那我们的传承就不严谨。所以,一般来讲,如果要给别人传的话,一定要当面或现场得到的传承是很好的。因此,希望大家以后应该对传承也要重视。
也许你听传承的时候,听不懂里面的内容是什么意思,但是这种声音一直到你的阿赖耶识上,实际上就是从龙猛菩萨一直到现在,这个声音一直没有间断过。按印度人的说法,他们认为声音是永恒的,可以一直传下去。比如说,原来龙猛菩萨的声音历代传承,传到某个上师,然后这个上师传到你耳边的时候,就变成你的一种能量。你到晚年的时候,传给别人的话,原来这个声音的相续一直没有变过,它的声波转化成一种声音来一直传下去。
我们也是经常为了得一个传承翻山越岭。我以前讲过吧,我跟一个堪布为了听《功德藏》的传承,跑到一百多公里以外的地方,听两三个小时的传承,然后又回来。我们每天也很忙,一个月去两次,好像接近两年吧,一直这样子。
所以,我们对传承要很重视。当然,你们对包括加持、灌顶等佛教的一些教理不是特别明白的时候,有一些怀疑也是情有可原的。所以以后还是应该多了解一下传承的重要性。
——索达吉堪布《中观根本慧论》传承及略释(2)
(2017.03.02第101次UC开示)
问:
为什么念传承?念传承要花很长时间。我只喜欢听课,自己买一本书看就行了,为什么要听个传承?听传承有什么用?我始终不理解这样的道理。
索达吉堪布:
我想这个疑问可能很多人也有,我应该在这里做一个简单的解释。
传承很重要,比如说我们自己买一本《中观根本慧论》的书来看,也完全可以,但是为什么要听传承呢?大家也知道,佛陀宣讲的佛法是一代一代一脉相传的,这是一个方面的原因。另一个原因,我前两天也说了,就是我们自己要传给别人的话,最好是有传承,有了传承以后,他的加持、他的智慧、他的能量自然而然得到,这是一种情况;还有一种情况,其实这个传承,它是一种声音,比如说我今天传《中观根本慧论》,我们这里有100个人,100个人都已经听到了这个声音,那么这100个人当中的某个人又传到下一代、又传到下一代……这样的话,每一个上师也好,高僧大德也好,成就者也好,他最开始的这种声音一直传到我们,那么这种力量跟我们仅仅看一本书相比,还是有很大的差别。
你们想想,比如麦彭仁波切造完《中观庄严论释》之后,给大家传讲,这种声音一直传到我们耳边,这种声音的力量,或者说是加持,或者说是物质,它直接传到我们,那我们获得的加持和觉悟完全都是不相同的。可惜的是,我们藏传佛教当中有些大德的作品已经失传了,没有传承了。比如我们现在编辑的藏地一些伏藏大师、大德的作品,他的弟子没有能力传下去了,所以原来是有传承的,后来就失传了。失传之后,不管是灌顶也好、里面的讲解也好,只是我们自己学一学而已,但是这个完全是不相同的。就像我们自己学开车跟有师父教是完全不同的。
现在这样通过直播,我觉得传承完全能够得到,但通过录音,包括光盘,我们不敢说传承完全能得到,但也不敢说得不到。我以前也分析过,比如说,我今天讲课的声音通过麦克风,转换成一种数字信号,然后释放出来。其实你们很多人耳边听到的并不是我原来的声音,它是通过处理之后,释放、重现,最后你听到了。录音也好、光盘也好,实际上是把原来的声音记录以后进行处理,然后保存在某一个载体上面,当它释放的时候,按照物理学的角度,其实和原来的声音是一模一样的,所以你可以听到原来的声音。但是,如果只要听到这种声音就完全算是传承的话,那我们的传承就不严谨。所以,一般来讲,如果要给别人传的话,一定要当面或现场得到的传承是很好的。因此,希望大家以后应该对传承也要重视。
也许你听传承的时候,听不懂里面的内容是什么意思,但是这种声音一直到你的阿赖耶识上,实际上就是从龙猛菩萨一直到现在,这个声音一直没有间断过。按印度人的说法,他们认为声音是永恒的,可以一直传下去。比如说,原来龙猛菩萨的声音历代传承,传到某个上师,然后这个上师传到你耳边的时候,就变成你的一种能量。你到晚年的时候,传给别人的话,原来这个声音的相续一直没有变过,它的声波转化成一种声音来一直传下去。
我们也是经常为了得一个传承翻山越岭。我以前讲过吧,我跟一个堪布为了听《功德藏》的传承,跑到一百多公里以外的地方,听两三个小时的传承,然后又回来。我们每天也很忙,一个月去两次,好像接近两年吧,一直这样子。
所以,我们对传承要很重视。当然,你们对包括加持、灌顶等佛教的一些教理不是特别明白的时候,有一些怀疑也是情有可原的。所以以后还是应该多了解一下传承的重要性。
——索达吉堪布《中观根本慧论》传承及略释(2)
(2017.03.02第101次UC开示)
#夜蝶族长海外情报局#
【ライブレポート】武田舞彩、約10ヵ月ぶりのワンマンで見せたSSWとしての覚悟「振り返ってばかりだと前に進めない」
武田舞彩が、約10ヵ月ぶりとなるワンマンライブ<改めまして、武田舞彩です>を5月29日にヤマハ銀座スタジオにて開催した。
武田は、2018年の初夏に2年間のロサンゼルス留学期間を経て帰国。その間に所属していたグループの解散などがあり、帰国後はソロとして芸能活動を再開。さらなる飛躍を目指して2019年4月にはサンミュージックへ移籍。この日は、本人にとってもファンにとっても待望の事務所移籍後初のワンマンライブであった。
開演時間となり、静寂の中で暗転したステージに姿を見せた武田舞彩が、未来のために“自己投資”したというテイラーのアコースティックギターを抱えてマイクスタンドの前に立つ。スポットライトが彼女の姿を浮かび上がらせての1曲目は、留学中に初めて作曲したという「Say You Love Me」。サンタモニカで行っていたストリートライブの生配信で初披露され、帰国後のソロ活動でも歌ってきた彼女のファンにとっては耳馴染みのある楽曲からライブはスタートしていく。
“元気ですかー! みなさん、私が誰だかわかりますか? 武田です!”と、“知ってるから来てるんだよ!”など思わずツッコミを入れたくなるようなトークで笑いを起こす。そして、これからシンガーソングライターとしての活動を本格化させるにあたって、この日のライブには数多くの新曲を用意していることを明かし、観客から起こっていた笑い声をそのまま驚きの声へと変化させた。
“去年はいろいろありまして、去年に私の人生が詰まっていたというか。行き詰まっていた部分もあったし、悩んだところもあったんですけど、振り返ってばかりだと前に進めないし。頭の片隅に戻りたいなって気持ちもあったんですけど、自分が前に進むために書いた曲です”と、夢を持って上京した頃の気持ちを歌詞にシンクロさせた「東京」や、苦楽をともにしてきた仲間たちとの別れなど激動の2018年に感じたさまざまな感情を“自分が前に進むために”言葉とメロディに変えた「サヨナラ、僕の青春。」。そして、夢に向かって一緒に頑張ろうと誓っていた人が亡くなるという出来事がきっかけとなって生まれた「あなたの呼吸が止まる前に」を解説とともに1曲ずつ披露する。弾き語りというスタイルの特徴を活かし、彼女は自身の歌声だけでなく、奏でたギターの音の1つひとつでも曲の世界観を描いていた。
昔から観てきたファンにとってこの日のステージは、彼女の成長にも気づかされるものでもあった。初期の頃よりギターストロークは安定し、最初に披露された「Say You Love Me」など、本人もパフォーマンスしながら楽しむ余裕すら生まれていた。また中盤では、エド・シーラン「Thinking Out Loud」や、スタンダードナンバー「Can't help Falling Love」のカバーを彼女なりの解釈と表現をもとに、ロサンゼルス仕込みの流暢な英語で歌い上げる。言葉を丁寧に音に乗せた武田のハスキーなボーカルは、まさにエド・シーランがオーディエンスに対してそうであるように、詰めかけた彼女のファンの耳を通して心に直接触れ、そして陶酔させていく。
ライブ後半も相棒のギターを抱えて、武田舞彩の荒々しい一面を綴った「茄子」や、未来への決意や想いを馳せた「ジャーニー・ガール」、「NEW WORLD」といったオリジナル曲を歌唱する。アイドル界屈指の美少女と言われた彼女が、新曲「茄子」で並べた“いかつい言葉”の数々は、ファンにも大きなインパクトを与えたのだろう。予定外だったアンコールでも再びこの曲を歌ってほしいという声が上がっていたほどだった。
シンガーソングライターとしてやっていくと決めたからといって、アイドルの頃からすべてをガラリと変えたかと言うとそうではない。“いつかは<コーチェラ・フェスティバル>に出たい”と壮大な夢を語る一方で、“フルート奏者の姉とユニットを組むとしたらユニット名は?”という問いでは“フルーチェ”と安直な名前を口にした質問コーナー。もしくは、話している時に“はい”と言ってしまう癖を矯正するために、“はい”というたびに腹筋することを課されていることを告白しながら、無意識に“はい”と何度も言ってしまって1人頭を抱えたり、弾き語りのワンマンライブはステージ上に1人で寂しいからと、家からクマの人形をステージ上に連れてきていたりといった姿は、昔となんら変わらない。
ただ、誰かに作ってもらった綺麗な服を誰かに着せてもらうのではなく、たとえそれが不格好だったとしても、自分の着たい服を自分で糸から紡ぎ、自分の意志で着る。それが今の武田舞彩であり、観客からのクラップや歓声を交えて全12曲を披露した。彼女のシンガーソングライターとしての本格始動を告げる、記念すべきワンマンライブとなった。
【ライブレポート】武田舞彩、約10ヵ月ぶりのワンマンで見せたSSWとしての覚悟「振り返ってばかりだと前に進めない」
武田舞彩が、約10ヵ月ぶりとなるワンマンライブ<改めまして、武田舞彩です>を5月29日にヤマハ銀座スタジオにて開催した。
武田は、2018年の初夏に2年間のロサンゼルス留学期間を経て帰国。その間に所属していたグループの解散などがあり、帰国後はソロとして芸能活動を再開。さらなる飛躍を目指して2019年4月にはサンミュージックへ移籍。この日は、本人にとってもファンにとっても待望の事務所移籍後初のワンマンライブであった。
開演時間となり、静寂の中で暗転したステージに姿を見せた武田舞彩が、未来のために“自己投資”したというテイラーのアコースティックギターを抱えてマイクスタンドの前に立つ。スポットライトが彼女の姿を浮かび上がらせての1曲目は、留学中に初めて作曲したという「Say You Love Me」。サンタモニカで行っていたストリートライブの生配信で初披露され、帰国後のソロ活動でも歌ってきた彼女のファンにとっては耳馴染みのある楽曲からライブはスタートしていく。
“元気ですかー! みなさん、私が誰だかわかりますか? 武田です!”と、“知ってるから来てるんだよ!”など思わずツッコミを入れたくなるようなトークで笑いを起こす。そして、これからシンガーソングライターとしての活動を本格化させるにあたって、この日のライブには数多くの新曲を用意していることを明かし、観客から起こっていた笑い声をそのまま驚きの声へと変化させた。
“去年はいろいろありまして、去年に私の人生が詰まっていたというか。行き詰まっていた部分もあったし、悩んだところもあったんですけど、振り返ってばかりだと前に進めないし。頭の片隅に戻りたいなって気持ちもあったんですけど、自分が前に進むために書いた曲です”と、夢を持って上京した頃の気持ちを歌詞にシンクロさせた「東京」や、苦楽をともにしてきた仲間たちとの別れなど激動の2018年に感じたさまざまな感情を“自分が前に進むために”言葉とメロディに変えた「サヨナラ、僕の青春。」。そして、夢に向かって一緒に頑張ろうと誓っていた人が亡くなるという出来事がきっかけとなって生まれた「あなたの呼吸が止まる前に」を解説とともに1曲ずつ披露する。弾き語りというスタイルの特徴を活かし、彼女は自身の歌声だけでなく、奏でたギターの音の1つひとつでも曲の世界観を描いていた。
昔から観てきたファンにとってこの日のステージは、彼女の成長にも気づかされるものでもあった。初期の頃よりギターストロークは安定し、最初に披露された「Say You Love Me」など、本人もパフォーマンスしながら楽しむ余裕すら生まれていた。また中盤では、エド・シーラン「Thinking Out Loud」や、スタンダードナンバー「Can't help Falling Love」のカバーを彼女なりの解釈と表現をもとに、ロサンゼルス仕込みの流暢な英語で歌い上げる。言葉を丁寧に音に乗せた武田のハスキーなボーカルは、まさにエド・シーランがオーディエンスに対してそうであるように、詰めかけた彼女のファンの耳を通して心に直接触れ、そして陶酔させていく。
ライブ後半も相棒のギターを抱えて、武田舞彩の荒々しい一面を綴った「茄子」や、未来への決意や想いを馳せた「ジャーニー・ガール」、「NEW WORLD」といったオリジナル曲を歌唱する。アイドル界屈指の美少女と言われた彼女が、新曲「茄子」で並べた“いかつい言葉”の数々は、ファンにも大きなインパクトを与えたのだろう。予定外だったアンコールでも再びこの曲を歌ってほしいという声が上がっていたほどだった。
シンガーソングライターとしてやっていくと決めたからといって、アイドルの頃からすべてをガラリと変えたかと言うとそうではない。“いつかは<コーチェラ・フェスティバル>に出たい”と壮大な夢を語る一方で、“フルート奏者の姉とユニットを組むとしたらユニット名は?”という問いでは“フルーチェ”と安直な名前を口にした質問コーナー。もしくは、話している時に“はい”と言ってしまう癖を矯正するために、“はい”というたびに腹筋することを課されていることを告白しながら、無意識に“はい”と何度も言ってしまって1人頭を抱えたり、弾き語りのワンマンライブはステージ上に1人で寂しいからと、家からクマの人形をステージ上に連れてきていたりといった姿は、昔となんら変わらない。
ただ、誰かに作ってもらった綺麗な服を誰かに着せてもらうのではなく、たとえそれが不格好だったとしても、自分の着たい服を自分で糸から紡ぎ、自分の意志で着る。それが今の武田舞彩であり、観客からのクラップや歓声を交えて全12曲を披露した。彼女のシンガーソングライターとしての本格始動を告げる、記念すべきワンマンライブとなった。
阿房宫赋
唐代:杜牧
六王毕,四海一。蜀山兀,阿房出。覆压三百余里,隔离天日。骊山北构而西折,直走咸阳。二川溶溶,流入宫墙。五步一楼,十步一阁;廊腰缦回,檐牙高啄;各抱地势,钩心斗角。盘盘焉,囷囷焉,蜂房水涡,矗不知其几千万落。长桥卧波,未云何龙?复道行空,不霁何虹?高低冥迷,不知西东。歌台暖响,春光融融;舞殿冷袖,风雨凄凄。一日之内,一宫之间,而气候不齐。(不知乎 一作:不知其;西东 一作:东西)
妃嫔媵嫱,王子皇孙,辞楼下殿,辇来于秦。朝歌夜弦,为秦宫人。明星荧荧,开妆镜也;绿云扰扰,梳晓鬟也;渭流涨腻,弃脂水也;烟斜雾横,焚椒兰也。雷霆乍惊,宫车过也;辘辘远听,杳不知其所之也。一肌一容,尽态极妍,缦立远视,而望幸焉。有不见者,三十六年。(有不见者 一作:有不得见者)
燕赵之收藏,韩魏之经营,齐楚之精英,几世几年,剽掠其人,倚叠如山。一旦不能有,输来其间。鼎铛玉石,金块珠砾,弃掷逦迤,秦人视之,亦不甚惜。
嗟乎!一人之心,千万人之心也。秦爱纷奢,人亦念其家。奈何取之尽锱铢,用之如泥沙?使负栋之柱,多于南亩之农夫;架梁之椽,多于机上之工女;钉头磷磷,多于在庾之粟粒;瓦缝参差,多于周身之帛缕;直栏横槛,多于九土之城郭;管弦呕哑,多于市人之言语。使天下之人,不敢言而敢怒。独夫之心,日益骄固。戍卒叫,函谷举,楚人一炬,可怜焦土!
呜呼!灭六国者六国也,非秦也;族秦者秦也,非天下也。嗟乎!使六国各爱其人,则足以拒秦;使秦复爱六国之人,则递三世可至万世而为君,谁得而族灭也?秦人不暇自哀,而后人哀之;后人哀之而不鉴之,亦使后人而复哀后人也。
唐代:杜牧
六王毕,四海一。蜀山兀,阿房出。覆压三百余里,隔离天日。骊山北构而西折,直走咸阳。二川溶溶,流入宫墙。五步一楼,十步一阁;廊腰缦回,檐牙高啄;各抱地势,钩心斗角。盘盘焉,囷囷焉,蜂房水涡,矗不知其几千万落。长桥卧波,未云何龙?复道行空,不霁何虹?高低冥迷,不知西东。歌台暖响,春光融融;舞殿冷袖,风雨凄凄。一日之内,一宫之间,而气候不齐。(不知乎 一作:不知其;西东 一作:东西)
妃嫔媵嫱,王子皇孙,辞楼下殿,辇来于秦。朝歌夜弦,为秦宫人。明星荧荧,开妆镜也;绿云扰扰,梳晓鬟也;渭流涨腻,弃脂水也;烟斜雾横,焚椒兰也。雷霆乍惊,宫车过也;辘辘远听,杳不知其所之也。一肌一容,尽态极妍,缦立远视,而望幸焉。有不见者,三十六年。(有不见者 一作:有不得见者)
燕赵之收藏,韩魏之经营,齐楚之精英,几世几年,剽掠其人,倚叠如山。一旦不能有,输来其间。鼎铛玉石,金块珠砾,弃掷逦迤,秦人视之,亦不甚惜。
嗟乎!一人之心,千万人之心也。秦爱纷奢,人亦念其家。奈何取之尽锱铢,用之如泥沙?使负栋之柱,多于南亩之农夫;架梁之椽,多于机上之工女;钉头磷磷,多于在庾之粟粒;瓦缝参差,多于周身之帛缕;直栏横槛,多于九土之城郭;管弦呕哑,多于市人之言语。使天下之人,不敢言而敢怒。独夫之心,日益骄固。戍卒叫,函谷举,楚人一炬,可怜焦土!
呜呼!灭六国者六国也,非秦也;族秦者秦也,非天下也。嗟乎!使六国各爱其人,则足以拒秦;使秦复爱六国之人,则递三世可至万世而为君,谁得而族灭也?秦人不暇自哀,而后人哀之;后人哀之而不鉴之,亦使后人而复哀后人也。
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