出典:烏亭焉馬著『花江都歌舞妓年代記』
拙者せっしゃ親方と申すは、お立合いの中うちにご存知のお方もござりましょうが、お江戸を発たって二十里上方にじゅうりかみがた、相州小田原一色町そうしゅうおだわらいっしきまちをお過ぎなされて青物町あおものちょうを登りへおいでなさるれば,欄干橋虎屋藤右衛門らんかんばしとらやとうえもん、只今は剃髪ていはつ致して円斎えんさいと名乗りまする。
元朝がんちょうより大晦日おおつごもりまで、お手に入れまするこの薬は、昔、珍ちんの国の唐人とうじん外郎ういろうという人、わが朝ちょうへ来たり、帝みかどへ参内さんだいの折からこの薬を深く籠こめ置き、用ゆる時は一粒いちりゅうずつ、冠かぶりの隙間より取り出いだす。依よってその名を帝みかどより、透頂香とうちんこうと賜たまわる。即ち文字もじには「頂いただき・透すく・香におい」と書いて、とうちんこうと申す。
只今はこの薬、殊ことの外ほか世上せじょうに弘ひろまり、方々ほうぼうに似看板にせかんばんを出いだし、イヤ小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のといろいろに申せども、平仮名をもって「ういろう」と致いたしたは親方円斎ばかり。もしやお立合いの中うちに熱海あたみか搭とうの沢へ湯冶とうじにお出いでなさるるか、又は伊勢いせ御参宮ごさんぐうの折りからは、必ず門違かどちがいなされまするな。お登りならば右の方かた、お下りなれば左側,八方はっぽうが八やつ棟むね、表が三みつ棟むね、玉堂造ぎょくどうづくり、破風はふには、菊に桐の薹とうの御紋を御赦免ごしゃめんあって系図正しき薬でござる。
いや最前さいぜんより 家名の自慢ばかり申しても、ご存知ない方には、正身しょうじんの胡椒こしょうの丸呑み、白河夜船しらかわよふね。さらば一粒いちりゅう食べかけて、その気味合いをお目にかけましょう。先まずこの薬をかように一粒いちりゅう舌の上にのせまして腹内ふくないへ納めますると、イヤどうも言えぬは、胃い・心しん・肺はい・肝かんがすこやかになって薫風くんぷう喉のんどより来たり。口中こうちゅう微涼びりょうを生ずるが如ごとし。魚鳥ぎょちょう・茸きのこ・麺類の食い合わせ、その外ほか万病まんびょう速効ある事、神かみの如ごとし。さてこの薬、第一の奇妙には、舌のまわることが、銭独楽ぜにごまがはだしで逃げる。ひょっと舌がまわり出すと、矢も盾もたまらぬじゃ。
そりゃそりゃそらそりゃ、まわってきたわ、まわってくるわ。アワヤ候のんどサタラナ舌したに、か牙げサ歯音しおん、ハマの二つは唇くちびるの軽重けいちょう、開合かいごうさわやかに、あかさたなはまやらわ、おこそとのほもよろお。一つへぎへぎに、へぎほしはじかみ、盆豆盆米盆牛蒡ぼんまめぼんごめぼんごぼう、摘み蓼たでつみ豆つみ山椒ざんしょう。書写山しょしゃざんの社僧正しゃそうじょう。粉米こごめのなまがみ粉米のなまがみこん粉米の小生こなまがみ、繻子しゅす・緋繻子ひじゅす、繻子・繻珍しゅっちん。親も嘉兵衛かへい子も嘉兵衛、親かへい子かへい子かへい親かへい。古栗ふるぐりの木の古切口ふるきりぐち、雨合羽あまがっぱか番合羽ばんがっぱか、貴様のきゃはんも皮脚絆かわぎゃはん、我等がきゃはんも皮脚絆。しっ皮袴かわばかまのしっぽころびを、三針みはりはり長にちょと縫うて、縫うてちょとぶんだせ。河原撫子かわらなでしこ・野石竹のぜきちく、のら如来、のら如来、三みのら如来に、六むのら如来。一寸いっすん先のお小仏こぼとけに、おけつまずきゃるな。細溝ほそどぶにどじょにょろり。京の生鱈なまだら奈良生学鰹ならなままながつお、ちょと四五貫目しごかんめ、お茶立だちょ茶立ちょ、ちゃっと立ちょ茶立ちょ、青竹あおだけ茶せんでお茶ちゃっと立ちゃ。
来るは来るは何が来る、高野の山のお杮こけら小僧、狸百匹たぬきひゃっぴき・箸百膳はしひゃくぜん・天目百杯てんもくひゃっぱい・棒八百本ぼうはっぴゃっぽん。武具馬具ぶぐばぐ、三みぶぐばぐ、合わせて武具馬具、六む武具馬具。菊栗きくくり、三菊栗、合わせて菊栗、六菊栗。麦むぎ、塵ごみ、むぎごみ、三みむぎごみ、合わせてむぎごみ、六むむぎごみ。あの長押なげしの長薙刀ながなぎなたは誰たが長薙刀ぞ。向こうの胡麻ごまがらは荏えのごまがらか真まごまがらか、あれこそほんの真胡麻殻まごまがら。がらぴいがらぴい風車かざぐるま。おきゃがれこぼし、おきゃがれ小法師こぼうし、ゆんべもこぼして又こぼした。たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりからちりからつったっぽ。たっぽたっぽ一干ちょうだこ、落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食われぬ物は、五徳ごとく・鉄灸てっきゅう金熊童子かなぐまどうじに、石熊・石持ち・虎熊・虎きす。中にも東寺とうじの羅生門には、茨木童子いばらぎどうじがうで栗五合ぐりごんごう、つかんでお蒸むしゃる、彼かの頼光らいこうの膝元去らず。
鮒ふな・金柑きんかん・椎茸しいたけ・さだめて後段ごだんな、そば切り、そうめん、うどんか愚鈍ぐどんな、小新発知こしんぼち。小棚こだなの 小下こしたの小桶こおけにこ味噌が、こ有るぞ、小杓子こしゃくしこ持ってこ掬すくってこ寄こせ、おっと合点がってんだ、心得こごえたんぼの川崎・神奈川・程が谷・戸塚は走って行けば灸やいとを摺すりむく三里ばかりか、藤沢、平塚、大磯がしや、小磯の宿しゅくを七つ起きして早天早々そうてんそうそう相州小田原とうちん香。隠れござらぬ貴賎群衆きせんぐんじゅの花のお江戸の花ういろう、あれあの花を見てお心を御和おやわらぎやという、産子うぶこ、這はう子に至るまで、此の外郎ういろうの御評判、御存知ないとは申されまいまいつぶり、角つの出せ棒出せ、ぼうぼうまゆに、臼うす・杵きね・すりばち・ばちばちぐわらぐわらぐわらと羽目を弛はずして今日こんにちお出いでの何茂様いずれもさまに、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息勢いきせい引っぱり 東方とうほう世界の薬の元締め、薬師如来やくしにょらいも照覧しょうらんあれと ホホ敬ってういろうはいらっしゃりませぬか。
拙者せっしゃ親方と申すは、お立合いの中うちにご存知のお方もござりましょうが、お江戸を発たって二十里上方にじゅうりかみがた、相州小田原一色町そうしゅうおだわらいっしきまちをお過ぎなされて青物町あおものちょうを登りへおいでなさるれば,欄干橋虎屋藤右衛門らんかんばしとらやとうえもん、只今は剃髪ていはつ致して円斎えんさいと名乗りまする。
元朝がんちょうより大晦日おおつごもりまで、お手に入れまするこの薬は、昔、珍ちんの国の唐人とうじん外郎ういろうという人、わが朝ちょうへ来たり、帝みかどへ参内さんだいの折からこの薬を深く籠こめ置き、用ゆる時は一粒いちりゅうずつ、冠かぶりの隙間より取り出いだす。依よってその名を帝みかどより、透頂香とうちんこうと賜たまわる。即ち文字もじには「頂いただき・透すく・香におい」と書いて、とうちんこうと申す。
只今はこの薬、殊ことの外ほか世上せじょうに弘ひろまり、方々ほうぼうに似看板にせかんばんを出いだし、イヤ小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のといろいろに申せども、平仮名をもって「ういろう」と致いたしたは親方円斎ばかり。もしやお立合いの中うちに熱海あたみか搭とうの沢へ湯冶とうじにお出いでなさるるか、又は伊勢いせ御参宮ごさんぐうの折りからは、必ず門違かどちがいなされまするな。お登りならば右の方かた、お下りなれば左側,八方はっぽうが八やつ棟むね、表が三みつ棟むね、玉堂造ぎょくどうづくり、破風はふには、菊に桐の薹とうの御紋を御赦免ごしゃめんあって系図正しき薬でござる。
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来るは来るは何が来る、高野の山のお杮こけら小僧、狸百匹たぬきひゃっぴき・箸百膳はしひゃくぜん・天目百杯てんもくひゃっぱい・棒八百本ぼうはっぴゃっぽん。武具馬具ぶぐばぐ、三みぶぐばぐ、合わせて武具馬具、六む武具馬具。菊栗きくくり、三菊栗、合わせて菊栗、六菊栗。麦むぎ、塵ごみ、むぎごみ、三みむぎごみ、合わせてむぎごみ、六むむぎごみ。あの長押なげしの長薙刀ながなぎなたは誰たが長薙刀ぞ。向こうの胡麻ごまがらは荏えのごまがらか真まごまがらか、あれこそほんの真胡麻殻まごまがら。がらぴいがらぴい風車かざぐるま。おきゃがれこぼし、おきゃがれ小法師こぼうし、ゆんべもこぼして又こぼした。たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりからちりからつったっぽ。たっぽたっぽ一干ちょうだこ、落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食われぬ物は、五徳ごとく・鉄灸てっきゅう金熊童子かなぐまどうじに、石熊・石持ち・虎熊・虎きす。中にも東寺とうじの羅生門には、茨木童子いばらぎどうじがうで栗五合ぐりごんごう、つかんでお蒸むしゃる、彼かの頼光らいこうの膝元去らず。
鮒ふな・金柑きんかん・椎茸しいたけ・さだめて後段ごだんな、そば切り、そうめん、うどんか愚鈍ぐどんな、小新発知こしんぼち。小棚こだなの 小下こしたの小桶こおけにこ味噌が、こ有るぞ、小杓子こしゃくしこ持ってこ掬すくってこ寄こせ、おっと合点がってんだ、心得こごえたんぼの川崎・神奈川・程が谷・戸塚は走って行けば灸やいとを摺すりむく三里ばかりか、藤沢、平塚、大磯がしや、小磯の宿しゅくを七つ起きして早天早々そうてんそうそう相州小田原とうちん香。隠れござらぬ貴賎群衆きせんぐんじゅの花のお江戸の花ういろう、あれあの花を見てお心を御和おやわらぎやという、産子うぶこ、這はう子に至るまで、此の外郎ういろうの御評判、御存知ないとは申されまいまいつぶり、角つの出せ棒出せ、ぼうぼうまゆに、臼うす・杵きね・すりばち・ばちばちぐわらぐわらぐわらと羽目を弛はずして今日こんにちお出いでの何茂様いずれもさまに、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息勢いきせい引っぱり 東方とうほう世界の薬の元締め、薬師如来やくしにょらいも照覧しょうらんあれと ホホ敬ってういろうはいらっしゃりませぬか。
《人世间——笼中鸟》
说到精神病,脑海里冒出来的形象总是疯癫、充满危险的。但是这部纪录片,让我们看到了真正的患有精神疾病的人是怎样的。他们大多说话有逻辑,少数甚至颇有些文学功底。片中有一句话“这里面只有两种人,一种是太笨的,一种是太聪明的。”心里除了难过还是难过。大家总是强调这精神病不是正常人,所以正常人该是如何的呢?是把爸爸抛弃在医院,多年不给医药费玩失踪的女儿?还是虽然身在医院无法照顾母亲,也时时刻刻牵挂的精神病患者?有的人或许正常但也不正常,有的人或许不正常但却正常。他们只是一群内心脆弱,没能经受住世间苦难的可怜人儿罢了。我到现在也没有办法去判断怎样才算正常,或许人世间的标准太严苛,有的人累了吧。希望我们能摆脱那些刻板印象,内心正视、平视他们。如果有幸顺利康复,回归社会。我们能做的就是用爱去温暖他们。天才在左,疯子在右。夹在中间的我们,请放下你的有色眼镜。
说到精神病,脑海里冒出来的形象总是疯癫、充满危险的。但是这部纪录片,让我们看到了真正的患有精神疾病的人是怎样的。他们大多说话有逻辑,少数甚至颇有些文学功底。片中有一句话“这里面只有两种人,一种是太笨的,一种是太聪明的。”心里除了难过还是难过。大家总是强调这精神病不是正常人,所以正常人该是如何的呢?是把爸爸抛弃在医院,多年不给医药费玩失踪的女儿?还是虽然身在医院无法照顾母亲,也时时刻刻牵挂的精神病患者?有的人或许正常但也不正常,有的人或许不正常但却正常。他们只是一群内心脆弱,没能经受住世间苦难的可怜人儿罢了。我到现在也没有办法去判断怎样才算正常,或许人世间的标准太严苛,有的人累了吧。希望我们能摆脱那些刻板印象,内心正视、平视他们。如果有幸顺利康复,回归社会。我们能做的就是用爱去温暖他们。天才在左,疯子在右。夹在中间的我们,请放下你的有色眼镜。
#走向我们的小康生活# 小黄花孕育脱贫致富大产业
“过去我这地里都种玉米,现在改种黄花了,可得好好打理呢,咱脱贫致富可就靠它了。”这几天,浑源县西留村乡车道口村农民乔建清每天都在黄花地里忙活,浇水、锄草、施肥……去年,在政策扶持下,老乔把家里的6亩地全种上了黄花,眼看着黄花苗一天天长大,老乔对未来的生活充满了希望。
忘忧花开分外香,黄花铺就致富路。近年来,大同市把黄花产业发展作为打赢脱贫攻坚战和振兴乡村的重大举措,全力打造脱贫致富“黄金产业”,走出一条区域化布局、规模化扩张、产业化运作、标准化生产、品牌化营销的发展之路。
小小黄花释放出了巨大的产业能量、价值能量和品牌能量,成为推动脱贫攻坚、调整产业结构、建设美丽乡村的新动能。
01
做足特色文章:昔日黄花菜变身“农家宝”
莫道农家无宝玉,遍地黄花是金针。黄花菜俗称“金针菜”,学名“萱草”,又称“安神菜”“忘忧草”,具有止血、消肿、镇痛、清热等功效,与香菇、木耳和竹笋并称“中国干菜四大珍品”。
“云州区种植黄花已有600多年历史,从明朝开始,云州区就有‘黄花之乡’美誉。”对自家黄花的种植历史,云州区黄花办主任安一平熟稔于心。
据安一平介绍,大同与湖南祁东、陕西大荔、甘肃庆阳并称全国黄花四大产区,而大同黄花拥有色泽金黄、角长肉厚、一花七蕊等独特上佳的品质,全国客商公认优于其他产区,产品在市场上一直供不应求。
其实,省政府很早就意识到大同黄花的发展潜力,1975年将该区确定为黄花生产基地县。但与其他三大产区相比,大同黄花发展一直不温不火。安一平道出了其中缘由:“受水地少、采摘劳力不足、晾晒场地不够、前三年没收益、冰雹和病虫害等困扰,长期以来,始终走不出‘小打小闹’的圈子,农民守着‘香饽饽’却过着穷日子。”
2011年,云州区委、区政府将黄花产业确定为“一区一业”主导产业,强力推进。
一切围绕黄花产业发展,一切服务黄花产业发展。几年间,云州区打出“组合拳”,成立黄花办和黄花协会,先后出台各类扶持政策21项,财政累计投入资金4.1亿元,开启了全程“保姆式”服务模式:建设高标准农田种黄花;给予农民每亩1000元补贴;黄花种到哪里,水利设施跟到哪里;新建晾晒场地、开放公共场地,解决晾晒难题;为黄花上保险,彻底解除农民后顾之忧;实施“黄花贷”,缓解资金不足问题……
一个个难题迎刃而解,农民种黄花热情升温,由过去“不想种”变为“争着种”。短短几年,云州区黄花种植面积从2011年的2万亩发展到如今的16万亩,盛产期黄花达7万亩,产值达7亿元,形成1个2万亩、8个万亩片区和109个专业村。
云州区还将黄花产业与生态旅游、文化康养等深度融合,投资3000多万元打造火山黄花田园综合体,建成火山天路、忘忧大道、忘忧农场、吉家庄旅游小镇,形成以黄花为媒的乡村旅游点23个,成为全市推动乡村振兴、发展休闲旅游业的成功典范。
02
采取超常举措:小黄花释放脱贫“大能量”
一株忘忧草,万户乐眉梢。每年7月盛夏时节,一片片金灿灿的黄花随风摇曳,忙碌采摘的农民脸上洋溢着丰收的喜悦,晾晒场里满是一笼笼蒸馏出来的黄花菜,仿佛黄金镶出来一样……
“我们村这几年共种植黄花1700亩,目前全部进入盛产期,村民们靠种黄花脱了贫、致了富,有的村民还在市里买了车和房,这可都是小黄花的功劳啊!”说起这几年种黄花脱贫致富的经历,云州区瓜园乡瓜园村党支部书记李成感慨万千。
安一平说,进入盛产期的黄花,亩均收入达万元,农民人均纯收入在6500元以上,目前全区已经实现农业人口人均1亩黄花的目标。
按照“公司+农户+基地”“村集体+合作社+产业”等模式,云州区鼓励农民流转土地获得租金、在合作社打工获取薪金、合作社分红获得股金,实现资源变资产、资金变股金、农民变股东“三变”。
云州区峰峪乡徐家堡村农民徐尚禄通过“三变”,每年收入3万多元。目前,云州区共成立黄花专业合作社95家,共吸纳7905名贫困社员,种植黄花2.8万亩。今年,该区投入2000万元,对50个黄花扶贫合作社流转的2.2万亩土地进行补贴。
2018年,正值脱贫攻坚爬坡要劲的关键时刻,大同市召开黄花产业发展大会,发出总动员令,要进一步提高思想认识,明确重点任务,采取超常举措,全力以赴把黄花产业做大做强做优,使之成为全市脱贫攻坚的主导产业。
“全市黄花产业发展大会的召开,将大同黄花产业推向了高质量、规模化发展的新阶段。会上出台的十项‘真金白银’扶持政策,为全市黄花产业做大做强注入了强劲动力。”该市农业农村局蔬菜办主任于天富说。
2019年,该市财政拿出1亿元专项扶持资金,重点扶持黄花加工龙头企业、黄花产业园建设、黄花种植补贴等。在此基础上,云州区投入4600万元,建设配套喷灌2.7万亩、共享冷库38个;天镇、阳高、浑源、广灵等县区对新发展黄花每亩分别给予1000元、900元或800元的补助……
利好政策犹如一针强心剂刺激黄花产业快速发展。去年,该市新增黄花种植面积6.3万亩,总面积达到23万亩。今年,全市要新栽黄花3万亩,使全市黄花总面积达到26万亩。
记者在去年编制的《黄花产业2019-2023年发展规划》中了解到,该市规划以云州、阳高、天镇、浑源、灵丘、广灵“六大片区”为重点,大力发展黄花产业,到2023年全市黄花总面积力争达到30多万亩。
03
叫响本土品牌:强力打造乡村振兴“大引擎”
在云州区兴农黄花科技有限公司车间里,工人们正在认真分拣黄花菜,一条条生产线正开足马力加快生产。2018年,该公司投资5000万元上马了黄花深加工流水线和产品研发中心,精心研制出黄花咀嚼片、食用酱和黄花泡菜等120道黄花菜品和产品,打造出独具特色的“黄花宴”,深受市场青睐。
近年来,该市共培育黄花龙头企业10多个,研制开发了不同系列的黄花产品:黄花菜品、冰鲜黄花、黄花系列饮料、黄花真空冷冻、黄花提纯、黄花洁颜面膜……一时间,黄花深加工和延伸产品纷纷面世。
目前,“大同黄花”商标已经通过了原产地保护认证,云州区已成为国家黄花种植和加工标准化示范区、国家级和省级出口食品农产品质量安全示范区、全国绿色食品原材料(黄花)标准化生产示范基地、全国农副产品百强区域品牌,“大同黄花”已成为一张亮丽的城市“名片”。
“随着全市黄花面积的不断扩大,从种植管理、采摘烘干、产品深加工、销售方式和渠道等方面也暴露出了一些问题。”采访中,安一平也直言点出了目前黄花产业发展中亟待解决的问题:新市场拓展比较慢,跟不上产业发展步伐;销售人才匮乏,缺乏走出去直销的魄力和胆识;晾晒和烘干条件有限、雇人采摘黄花良莠不齐,影响到整体质量;黄花本地消费拉动力不强;黄花深加工能力欠缺,黄花消化转化能力不够,黄花附加值有待提升……
记者在采访中了解到,大同市已经按照“市场运作、产业带动、科技支撑、人才保障”的发展模式,开始在黄花加工销售、品牌创建和产业融合等关键环节发力,促进黄花全产业链开发、全价值链提升。深化与中国农大、中国农科院、山西农大、省农科院等科研院校的合作,提升产业科技水平;深化与“京东”等电商公司的合作,建立黄花产业电子商务平台,打造“大同黄花”线上品牌。云州区近年来依托国家电子商务进农村示范县项目,共建成119个区乡村三级电子商务服务点。
4月13日,山西省政府第65次常务会议决定设立云州现代农业产业示范区。“这一利好消息来得太及时了,对于提高大同黄花的生产能力和市场竞争力、促进全市黄花产业提档升级非常重要。”安一平兴奋地告诉记者。
来源 山西日报
“过去我这地里都种玉米,现在改种黄花了,可得好好打理呢,咱脱贫致富可就靠它了。”这几天,浑源县西留村乡车道口村农民乔建清每天都在黄花地里忙活,浇水、锄草、施肥……去年,在政策扶持下,老乔把家里的6亩地全种上了黄花,眼看着黄花苗一天天长大,老乔对未来的生活充满了希望。
忘忧花开分外香,黄花铺就致富路。近年来,大同市把黄花产业发展作为打赢脱贫攻坚战和振兴乡村的重大举措,全力打造脱贫致富“黄金产业”,走出一条区域化布局、规模化扩张、产业化运作、标准化生产、品牌化营销的发展之路。
小小黄花释放出了巨大的产业能量、价值能量和品牌能量,成为推动脱贫攻坚、调整产业结构、建设美丽乡村的新动能。
01
做足特色文章:昔日黄花菜变身“农家宝”
莫道农家无宝玉,遍地黄花是金针。黄花菜俗称“金针菜”,学名“萱草”,又称“安神菜”“忘忧草”,具有止血、消肿、镇痛、清热等功效,与香菇、木耳和竹笋并称“中国干菜四大珍品”。
“云州区种植黄花已有600多年历史,从明朝开始,云州区就有‘黄花之乡’美誉。”对自家黄花的种植历史,云州区黄花办主任安一平熟稔于心。
据安一平介绍,大同与湖南祁东、陕西大荔、甘肃庆阳并称全国黄花四大产区,而大同黄花拥有色泽金黄、角长肉厚、一花七蕊等独特上佳的品质,全国客商公认优于其他产区,产品在市场上一直供不应求。
其实,省政府很早就意识到大同黄花的发展潜力,1975年将该区确定为黄花生产基地县。但与其他三大产区相比,大同黄花发展一直不温不火。安一平道出了其中缘由:“受水地少、采摘劳力不足、晾晒场地不够、前三年没收益、冰雹和病虫害等困扰,长期以来,始终走不出‘小打小闹’的圈子,农民守着‘香饽饽’却过着穷日子。”
2011年,云州区委、区政府将黄花产业确定为“一区一业”主导产业,强力推进。
一切围绕黄花产业发展,一切服务黄花产业发展。几年间,云州区打出“组合拳”,成立黄花办和黄花协会,先后出台各类扶持政策21项,财政累计投入资金4.1亿元,开启了全程“保姆式”服务模式:建设高标准农田种黄花;给予农民每亩1000元补贴;黄花种到哪里,水利设施跟到哪里;新建晾晒场地、开放公共场地,解决晾晒难题;为黄花上保险,彻底解除农民后顾之忧;实施“黄花贷”,缓解资金不足问题……
一个个难题迎刃而解,农民种黄花热情升温,由过去“不想种”变为“争着种”。短短几年,云州区黄花种植面积从2011年的2万亩发展到如今的16万亩,盛产期黄花达7万亩,产值达7亿元,形成1个2万亩、8个万亩片区和109个专业村。
云州区还将黄花产业与生态旅游、文化康养等深度融合,投资3000多万元打造火山黄花田园综合体,建成火山天路、忘忧大道、忘忧农场、吉家庄旅游小镇,形成以黄花为媒的乡村旅游点23个,成为全市推动乡村振兴、发展休闲旅游业的成功典范。
02
采取超常举措:小黄花释放脱贫“大能量”
一株忘忧草,万户乐眉梢。每年7月盛夏时节,一片片金灿灿的黄花随风摇曳,忙碌采摘的农民脸上洋溢着丰收的喜悦,晾晒场里满是一笼笼蒸馏出来的黄花菜,仿佛黄金镶出来一样……
“我们村这几年共种植黄花1700亩,目前全部进入盛产期,村民们靠种黄花脱了贫、致了富,有的村民还在市里买了车和房,这可都是小黄花的功劳啊!”说起这几年种黄花脱贫致富的经历,云州区瓜园乡瓜园村党支部书记李成感慨万千。
安一平说,进入盛产期的黄花,亩均收入达万元,农民人均纯收入在6500元以上,目前全区已经实现农业人口人均1亩黄花的目标。
按照“公司+农户+基地”“村集体+合作社+产业”等模式,云州区鼓励农民流转土地获得租金、在合作社打工获取薪金、合作社分红获得股金,实现资源变资产、资金变股金、农民变股东“三变”。
云州区峰峪乡徐家堡村农民徐尚禄通过“三变”,每年收入3万多元。目前,云州区共成立黄花专业合作社95家,共吸纳7905名贫困社员,种植黄花2.8万亩。今年,该区投入2000万元,对50个黄花扶贫合作社流转的2.2万亩土地进行补贴。
2018年,正值脱贫攻坚爬坡要劲的关键时刻,大同市召开黄花产业发展大会,发出总动员令,要进一步提高思想认识,明确重点任务,采取超常举措,全力以赴把黄花产业做大做强做优,使之成为全市脱贫攻坚的主导产业。
“全市黄花产业发展大会的召开,将大同黄花产业推向了高质量、规模化发展的新阶段。会上出台的十项‘真金白银’扶持政策,为全市黄花产业做大做强注入了强劲动力。”该市农业农村局蔬菜办主任于天富说。
2019年,该市财政拿出1亿元专项扶持资金,重点扶持黄花加工龙头企业、黄花产业园建设、黄花种植补贴等。在此基础上,云州区投入4600万元,建设配套喷灌2.7万亩、共享冷库38个;天镇、阳高、浑源、广灵等县区对新发展黄花每亩分别给予1000元、900元或800元的补助……
利好政策犹如一针强心剂刺激黄花产业快速发展。去年,该市新增黄花种植面积6.3万亩,总面积达到23万亩。今年,全市要新栽黄花3万亩,使全市黄花总面积达到26万亩。
记者在去年编制的《黄花产业2019-2023年发展规划》中了解到,该市规划以云州、阳高、天镇、浑源、灵丘、广灵“六大片区”为重点,大力发展黄花产业,到2023年全市黄花总面积力争达到30多万亩。
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叫响本土品牌:强力打造乡村振兴“大引擎”
在云州区兴农黄花科技有限公司车间里,工人们正在认真分拣黄花菜,一条条生产线正开足马力加快生产。2018年,该公司投资5000万元上马了黄花深加工流水线和产品研发中心,精心研制出黄花咀嚼片、食用酱和黄花泡菜等120道黄花菜品和产品,打造出独具特色的“黄花宴”,深受市场青睐。
近年来,该市共培育黄花龙头企业10多个,研制开发了不同系列的黄花产品:黄花菜品、冰鲜黄花、黄花系列饮料、黄花真空冷冻、黄花提纯、黄花洁颜面膜……一时间,黄花深加工和延伸产品纷纷面世。
目前,“大同黄花”商标已经通过了原产地保护认证,云州区已成为国家黄花种植和加工标准化示范区、国家级和省级出口食品农产品质量安全示范区、全国绿色食品原材料(黄花)标准化生产示范基地、全国农副产品百强区域品牌,“大同黄花”已成为一张亮丽的城市“名片”。
“随着全市黄花面积的不断扩大,从种植管理、采摘烘干、产品深加工、销售方式和渠道等方面也暴露出了一些问题。”采访中,安一平也直言点出了目前黄花产业发展中亟待解决的问题:新市场拓展比较慢,跟不上产业发展步伐;销售人才匮乏,缺乏走出去直销的魄力和胆识;晾晒和烘干条件有限、雇人采摘黄花良莠不齐,影响到整体质量;黄花本地消费拉动力不强;黄花深加工能力欠缺,黄花消化转化能力不够,黄花附加值有待提升……
记者在采访中了解到,大同市已经按照“市场运作、产业带动、科技支撑、人才保障”的发展模式,开始在黄花加工销售、品牌创建和产业融合等关键环节发力,促进黄花全产业链开发、全价值链提升。深化与中国农大、中国农科院、山西农大、省农科院等科研院校的合作,提升产业科技水平;深化与“京东”等电商公司的合作,建立黄花产业电子商务平台,打造“大同黄花”线上品牌。云州区近年来依托国家电子商务进农村示范县项目,共建成119个区乡村三级电子商务服务点。
4月13日,山西省政府第65次常务会议决定设立云州现代农业产业示范区。“这一利好消息来得太及时了,对于提高大同黄花的生产能力和市场竞争力、促进全市黄花产业提档升级非常重要。”安一平兴奋地告诉记者。
来源 山西日报
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